第15話 くっ、殺せっ!


 ある土曜の午後、俺とカレンはオシャレなカフェにいた。

 お店は横文字がズラリと並んで舌を噛みそうな名前。

 なんでも最近テレビか何かで紹介された話題のカフェらしい。

 オープンテラスの端っこ。落ち着いた席に通され、2人でくつろいでいた。



「ゆうき、そろそろね」

「なんだいきなり」

「あの日がそろそろなの」

「生理か」


 バキッ


「殴るわよ」

「もう殴られたよ」

「ゆうきがそう思うんならそうなんだろう、ゆうきん中ではな」

「解釈の違いとかじゃねーから」

「男っていつも屁理屈をこねるわね。それで、あの日―――分かるでしょう?」


 やべぇ……なんだ!? 何の日だ? さっぱり分からん


「ああ……あの日か……。あ、あれだよな」

「うん、もうじきね。楽しみにしているわ」


 記念日か? なんかあったか……。

 さっぱり思いつかないから、さぐりを入れるか。


「今は6月だし、な?」

「うんうん」

「今月の話―――だよ、な?」

「ふふっ、冗談は顔だけにして」

「ひでえよ」

「私の大切な日じゃん」


 カレンの大切な日、だ……と……。


「―――ヒントもらってもいいか? 勘違いするなよ。念のためだ念のため」

「しょうがないなぁ~。じゃあ、ヒント! 私の生まれた日よ」

「誕生日かよ!? ズバリそのまんまじゃねーか」

「誕生日プレゼント、期待してもいいのよね?」

「はえーよ! カレンの誕生日って4ヶ月も先だろうがっ」


 今6月! カレンの誕生日は10月22日!


「今年は準備が必要でしょう」

「は? なんでだよ」

「だって……アルバイトしてるじゃん」

「むしり取る気かよ」

「給料4ヶ月分のプレゼント、ってひびき―――いいよね♪」

「婚約指輪よりなげーよ」

「はあ? 婚約指輪なめんなよ?? 学生ごときのはした金で愛を語らないで!!」

「ずびません」


 おもむろにカレンがスマホを取り出すと、こちらに画面を見せてくる。


「これを見て♪」

「あん? なんだこれ」


 画面に映し出されていたのは―――ルイ・ヴィ〇ンの財布だった。


「見たわね? ねっ? ねっ?」

「だからなんだよ」

「見た、わよね?」

「見たよ。だからなんなんだ!」

「ゆうきはミタ、わよね?」

「しつけーな。ああ見たよ! 物陰どころか正面から見たわ!」


 何度も確認すると、カレンは満足したようにスマホをしまう。


「誕生日プレゼント、楽しみだなぁ~」

「これを買えだとぉ!? 高校生の幼馴染に買わせるモンじゃねーぞ!」

「あくまで参考資料よ」

「参考でいいんだな? 他の財布でもオーケー?」

「ゆうきが許せるなら」

「は?」

「ゆうきが別のプレゼントを買う時を想像してみて。その時、必ず頭に浮かぶわ! あのルイ・ヴィ〇ンの財布をね!!」


 たしかにバッチリと見てしまった。

 ガラはオーソドックスなモノグラムで、形状は長財布タイプ。

 あれって10万くらいしないか? 知らんけど。 


「それがどうした」

「他の安物で済まそうとしたら、ゆうきはちょっと嫌な気分になるわ! 愛するカレン様に妥協したプレゼントをするってね!!」

「だれが愛するカレン様だ」

「今後ヴィ〇ンを見かけるたびに思い出すわ! カレン様にプレゼントしなかった俺はクズ野郎だってね!!」

「まったく思わん」

「寝る前にも必ずフラッシュバックするわ! 後悔して寝れなくなればいい!!」

「のび太君なみに寝つきはいいぞ」

「きみはじつにばかだな」

「いや、そのりくつはおかしい」




 高校に入学したと思ったら、もう6月の下旬。梅雨明けも間近。

 いよいよ夏を感じるシーズンになろうとしていた。


 俺とカレンは相変わらずの関係。

 長年の幼馴染らしく付かず離れずのちょうどいい距離。

 あるいは、ちょっとだけもどかしい距離。

 一度だけ、俺たち2人の関係が大きく変わろうとしたことがある。

 それは去年の夏休み。

 まあ、結局変わらなかった。いい意味でも悪い意味でもな。


 ―――さて、今年はどんな夏休みになるのだろうか。

 期待と不安を胸に……とりあえず、寝不足だからあくびをしよう。



「ふあぁぁぁぁああ」

「きっしょ」

「何を言う。かわいさしかなかったが?」

「あくびがかわいいのはヒロインだけよ」

「子供のあくびもかわいいだろうが」

「うわっ……ゆうきって、そっち系?」

「頭ピンクコヨーテかよ。あっ、またあくびが……ふあぁぁぁぁああ」

「やめてよ、私まであくびが移るわ……ふああぁぁぁぁああ」


 カレンが口元を抑えながらあくびをする。

 スキだらけのリラックスした表情に、少しだけ見惚れてしまった。

 当のカレンは、まるでこちらのせいだ!と言わんばかりに、ジト目で睨んでくる。


「…………」

「…………」

「なんか言いなさいよ」

「ん? ねむそーだな」

「かわいい、って言いなさいよ」


 顔を真っ赤にしたカレンが、下を向きながら言う。

 こっぱずかしい奴だ。ばーか、ばーか。


「は? カレンは美人系だろ」


 言った途端、カレンが顔をガバッと上げて嬉しそうに目を細める。

 ウケを狙ったつもりだが―――やばっ、俺も恥ずかしくなってきた。


「…………」

「…………」

「まあ、許してあげるわ。ギリギリよ。ギリギリ許す」

「そりゃどーも」

「―――ゆうきも、男らしくなってきたわ」

「ん? どういう意味だ」

「か、かっこ……ぃぃ」

「カッコウ?」

「ホーホケキョ」

「それウグイスな」

「くっ、殺せっ!」


 カレンは素で間違えたらしく、最後のツッコミは余計だったようだ。

 罰としてカフェの代金を支払わされることが多数決により決まる。

 この2人だけの多数決において、俺の投票権は無かった。

「なぜ俺に投票権が無いんだ!」と抵抗する全俺。

「ゆうきには人権も無いわ」と語る某幼馴染系女史。


 どんな男にだって、人権はあるんだからねっ!






 帰り道の途中、カレンが明日の予定を聞いてくる。明日は日曜日だ。


「明日は山田太郎のバンドのライブだぞ。カレンも来るか?」


 一応カレンの分のチケットは貰ってある。

 結局、全部のチケットはさばけなかったらしい。カレンの分はタダだ。


「興味ない」

「デスヨネー」


 すまん太郎。お前のアオハルに俺はトゥギャザーしてやるからよぉ!







 ―――――


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