第8話 恋人の仮押さえ 【過去3】
「まどろっこしいのが苦手でさ、ズバッと言うね……。ゆうきが好き、わたしと付き合って!」
気になっている女の子から告白されて嬉しくないわけがない。
胸が高鳴るのを抑えられなかった。
でも、それは一瞬だけ。すぐに疑念が浮かび、頭の中を埋め尽くす。
「ごめん、その前に一ついいかな?」
「えっ、うん……」
俺の返答に
「トー君のことは?」
その言葉を聞いた途端、エーちゃんはぱっと明るくなった。
「そっか、それね。うん、いーのいーの。トー君と決めたから」
「トー君と決めた?」
「そそ。実は少し前にトー君と話し合ったんだよね。お互いに誰を好きかって」
「そうなんだ」
「それでね、わたしはゆうきが、トー君はカレンが気になっていると分かったの」
「トー君がカレンを……」
なんとなく気づいてはいた。
最近のトー君がカレンを見る目にそういう色が含まれていると。
カレンの方はどうだろうか。こちらは態度からは分からなかった。
ただ、2人でいる時にカレンからトー君の話題が出ることが増えていた。
「で、トー君と共同戦線を張ることにしたの。同時に告白をしようってね」
「なるほど……。あれ、ってことは―――」
「今頃トー君もカレンに告白しているね」
「……そっか」
カレンも告白をされているのか……。
あいつは受けるだろうか?
唐突に、カレンが告白をOKして顔を
なんとなしに胸がざわついた。
この感情は上手く表現できない。
悲しみ、怒り、失望、嫉妬……どれも合っているようで違くもある。
強いて言うなら―――寂しさ、かな。
「それで―――どうなの?」
「どう、って?」
「へ・ん・じ」
「ああ、そっか……」
「あー、ダメっぽいなぁ……」
俺の素っ気ない態度に、エーちゃんが顔を曇らせていく。
―――正直に言うと、どちらでもいいと思った。
エーちゃんに惹かれているのは事実。一緒にいると楽しかった。
だから恋人になれば、もっと楽しい日々になるのではないか。
そう思う気持ちもある。
でも、カレンにも惹かれていた。
幼い頃からずっと一緒だった大切な存在。
昔からなんとなく思っていた。恋人ができるとしたら、それはカレンかなと。
むしろ、それ以外の相手を想像できなかった。つい最近までは。
―――結局、告白を断ることにした。
2人に対するあやふやな気持ちのまま告白を受け入れても、エーちゃんを悲しませる結果になると思ったから。
それに、今の関係が心地良かった、というのが本音ではある。
告白を受け入れても断っても今までの関係に変化はあるだろうが、まだ断った方が影響が小さいだろうから。
「ごめん。今の関係が好きでさ……付き合うことはできない」
「―――そっか。ごめんね、急に」
「いや、こっちこそごめん」
「謝らないでよ」
「…………」
「そこは『ごめん』ってもう一回言ってよ。突っ込めないじゃん」
「―――ごめん」
「だから謝らないでって言ったでしょ! ―――ふふっ、ありがと」
「どういたしまして」
「いえいえ」
重苦しい空気がほんの少しだけ和らぐ。
エーちゃんは、涙を浮かべながら無理やりに笑顔を作っていた。
その配慮に、申し訳なさとありがたさを感じる。
「あーダメだったか。勝算アリって思ったんだけどなぁ~」
「…………」
「あ、嫌みじゃないよ、ごめんごめん。でもさ、もう少しだけ粘ってもいい?」
「諦めないってこと?」
「そそ。チャンスをくれないかな? 例えば、お試し期間を設けるとか」
「うーん」
「ノーチャンスなの? わたしってそんなに魅力無い?」
「いや……そんなことは無いよ」
「じゃあ、アピールする機会を頂戴! そろそろ夏休みだし、デートしようよ」
「高校受験の夏期講習とかあるじゃん」
「息抜きも必要だって!」
笑顔を浮かべたエーちゃんが、明るい声でぐいぐいとくる。
その勢いに押されながらも、俺はふと気づいてしまった。
―――エーちゃんの手が震えている。
なけなしの勇気を振り絞っての行動なのかもしれない。
そう思うと、これ以上強く拒絶するのはためらわれた。
「それにさ、トー君とカレンが付き合うことになってたらさ、寂しいじゃん」
たしかにその通りだと思った。
俺はエーちゃんの告白を断ったけど、あっちの告白がどうなったかは分からない。
今の関係を変えたくないという想いは、俺の独りよがりな願いでしかない。
だから―――。
「いいよ。夏休みの終わりまで……たまに会ったりしようか」
「やった! 恋人のお試し期間ってことだよね?」
「いや、お試しとはいえ付き合うのは―――」
「じゃあ、恋人の仮押さえ予約で!」
「なにそれ?」
「ゆうき物件の
「お試しで付き合うのと何が違うの?」
「仮押さえは契約前だから付き合っていることにはなりませーん。しかも、キャンセル料も掛かりませーん。便利でしょう?」
「よく分からないけど……まあいいよ。よろしくエーちゃん」
「うん、よろしくね! わたし頑張るから! 後で連絡するね、じゃあ」
そう言って、エーちゃんは涙をぬぐい、上を向いて去っていった。
その日の内に、トー君のカレンへの告白の結果を知る。
結果は―――カレンが断った。
――――――――――――――――――――
トー君とその隣にいる女の子のあとを追いかける。
少なくても中学卒業までは、トー君とエーちゃんは付き合っていた。
まだ卒業してから2か月余り。
もう別れたのか? あるいは浮気?
あの2人とは卒業後は連絡を取っていない。高校も別だし疎遠になっている。
だからもう関係ない、と割り切ってもいいのだが、気になって尾行してしまった。
トー君の数字は2で、相手は付き合っていたエーちゃんと、あと誰か。
手を繋いでいる隣の女の子だろうか。彼女の数字は1。
2人は駅の中に入っていった。
改札を通り抜けたことから、このまま電車に乗るみたいだ。
さすがに電車に乗ってまで尾行する気はないので、ここで終わりにする。
「あのカップルを追いかけていたのね」
「うわっ、びっくりした! まだ付いてきたのか」
物陰に隠れてトー君たちを見送った俺は、突然後ろから声を掛けられる。
振り向くと、ナンパされていた女性がここまで追いかけてきていた。
「あの女の子が気になるの?」
「いや、男の方」
「えっ?」
「えっ?」
「あっ……うん、ワタシ帰るね」
「ちょっと待って! 違います、違いますよー」
「いいと思うよ、否定しない。世間的にもどんどん理解されていくべきだと思うし。頑張れ、応援しているよ!」
スタイルの良いお姉さんは、こちらにサムズアップをすると走り去った。
―――――
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