第6話 気まずいってレベルじゃねぇぞ!


 コーシーショップを出て、カレンと家路につく。

 別れぎわ、カレンが切なそうに言う。


「家まで送って」

「ここで十分だろ」

「いーや、私の家まで送って」

「だから十分だろ」

「別れた後、もし私に何かあったら、ゆうきは一生後悔するわ!」

「俺たち同じマンション! カレン5階で俺3階! なんも起きねえよ!」

「ダメ、行かないで!」

「HA☆NA☆SE」


 腕を引っ張られ、エレベーターから降りられない。

 引っ張られてない方の腕で必死に「開」ボタンを押し続ける。

 エレベーターを3階で停めたまま、不毛な引き留め合戦が続いていた。


「この薄情者! 朴念仁ぼくねんじん! 唐変木とうへんぼく!」

「口、悪すぎだろ」

「今度ゲームでアンタを死体撃ちしてやるわ」

「マナーも悪いな」

「ゆうきの5歳の頃の全裸写真、ネットに晒すわよ」

「ショタ向けリベンジポルノやめて」

「送ってくれたら私の部屋に入れてあげるから」

「……別に」

「えっ……嫌、なの?」

「はっきり言っていいか?」

「……うん」

「行ってもいいけど、すぐにトイレ借りるぞ。ちな、デカい方」

「早く出てって! マンション住民の皆様に迷惑かけないで!」


 最後はエレベーターから押し出される。

 引き留めていたのはそっちだろうが!

 振り返ると、扉が閉まりきるまでカレンが「閉」ボタンを連打し続けていた。






 家に帰ると、母さんが出迎えてくれる。


「おかえりなさい」

「ただいま、母さん」

「今日アルバイトだったの?」


 高校に入ってすぐにアルバイトを始めた。

 まだ試用期間中だからシフトは少ないが、いずれ忙しくなるだろう。


「違うよ。カレンと一緒だった」

「あらあらまあまあ、そうなのぉ~。頑張りなさい♪」


 頬に手を当てニヤニヤする母さん。

 常日頃つねひごろから「娘も欲しかった」と言うだけあって、カレンを気に入っている。

 カレンもうちの母さんと気が合うようで、カレンの母親と3人で出かけるほど。

 いつの間にか、うちの母さんへの呼び方が「おばさま」から「お義母かあさま」へと変わり、最近は「お姉さま」になった。最後が意味不明だが。


「そろそろかしらね」

「何が?」

「孫よ」

「段階飛ばし過ぎ! 付き合ってもねーよ! そしてまだ高校生!」

「あらやだ、息子がこんなヘタレだなんて……本当にパパの子かしら」

「やめろおおおおおお」


 冗談になってねーからっ!

 無邪気に笑う母さんの頭の上の数字―――2を見ながら戦々恐々せんせんきょうきようとする。

 母親の経験人数なんて知りたくない、知りたくない、知りたくなーい。


「なに慌ててんのよ。冗談よ」

「はぁはぁ……。そういうのはやめてくれ」

「まったくもう、私が愛しているのはパパだけよ。だって私はパパとしか―――」

「うわあああああああああああああああああ」

「な、なに? どうしたのよ」


 それ以上言うな! 気まずいってレベルじゃねぇぞ!

 優しい噓とかいらないから!!


「ああ、そういうことね。さっきのは嘘よ。実はもう一人愛している人がいるの」

「ここでカミングアウト!? 今さら白塗しろぬりなんて無理筋むりすじだぞ、この狂人がっ」

「もう一人は―――ゆうき、あなたよ」

「母さん……」

「ゆうき……」


 あれっ、なんかいい感じに終わったけど……まあいいか!




 ――――――――――――――――――――




 今日は日曜日。学校もバイトも無い。

 お昼まで惰眠だみんむさぼっていた俺は、思いつくままに家を出る。


 少し前に手に入れたヘンテコな能力、『相手の経験人数が見える』。


 有効活用できる方法なんて思い付かない。

 むしろ、知りたくもない事実を突きつけられる。

 能力のオンオフが出来ず、見たくなくても見えてしまう。


 ただ、人間観察にはもってこいな能力なのかもしれない。

 低俗な週刊誌が売れているように、人間だれしも下世話げせわな部分はある。


 試しにいろんな人の経験人数を暴いてみよう。

 そんな軽い気持ちで、駅前の商店街に足を向けることにした。




 昼間とはいえ休日なだけあって、商店街は人であふれていた。


 行く当てもなくブラブラと商店街を歩く。

 道行く人々の経験人数をさりげなく確認していく。


 お金持ちっぽいおじさん(84) ―――そういうお店、通ってます?

 超イケメン男子(0) ―――お前、絶対いい奴だろ。

 ご老人の男性(0) ―――真のおとこだと言わざるを得ない。

 美女(1)と野獣(1)カップル ―――映画化決定!

 初々ういういしそうなカップル(男0)(女15) ―――強く生きろ!

 チャラ男(42)に肩を抱かれる気の弱そうな女性(0) ―――純愛であれ!

 おじさま(23)と手を繋ぐ、若い美女(9) ―――親子カモ。似テナイケド。

 


「この世界、腐ってるよおおおおおお」


 商店街の中心で不条理を叫ぶ。



 ふと、視線の先にナンパされている女性がいた。


「ねえねえカノジョ~、オレと茶シバキにいかな~い?」

「古っ」

「いいじゃん、いこうよぉ~」

「あのっ、やめてください。困ります」


 こういう場面を見ると、女性って大変だよなって思う。

 まあ人通りも多いし、万が一の事態にはならないだろう。

 にしても、あんなナンパで成功するわけないのに―――。


「本当にちょっとだけ! お願いします! どうか、ぜひ! 土下座するから!」

「―――仕方ないわね。ちょっとだけですよ」


 うそーん。成功するのかよ!? 土下座が決め手なの??

 ナンパ男の誘いに応じて、2人で並んで歩きはじめる。

 鼻の下を伸ばすナンパ男。女性もまんざらでもない様子。


 2人とすれ違う瞬間、女性と目が合った。

 すると、何かに気づいたように女性の目が大きく見開かれる。


「あっ、本堂ゆうき君……だよね?」







 ―――――


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