第4話 童貞王に俺はな―――るワケねえだろ!


 高校に入学して一月ひとつきと少し。

 ようやくクラスメイトとも打ち解け合い、あだ名で呼ばれる関係性も築ける頃。

 放課後になると―――ほら、新たな友人たちからあだ名で挨拶される。


「じゃあなー童貞王」「やめろ」

「バイバイ童貞王」「だからやめろって」

「また会♪ 童貞♪」「いんを踏むな、やめろおおお」


 昼休みの一件以来、俺は童貞王と呼ばれるようになってしまった。

 これ、イジメかぁ!? 


 クラスの女子連中が俺をチラチラと見ながら内緒話で盛り上がっている。

 その内の幾人いくにんかは、熱っぽい視線を送ってきているような気もする。

 最も熱い視線、もといガン見してくる女子と目が合う。

 視線が交差すると、その子は「ふふっ」と笑みを浮かべた。

 その妖艶な微笑ほほえみに、俺の胸がドキリと―――はしなかった。

 この子の数字は8。うん、君が最高数値ナンバーワンだ! このクラスでな。

  


「ドンマイ童貞王。ほれ、これがお前のワン〇ースだ」


 隣の席の山田太郎から、ブックカバーの付いた本を渡される。


「なんだよこれ……って、エロ本じゃねーか!? 学校に持ってくんなよ!」


 エロ本を投げ返す。もちろんカバーを外して。


「おい馬鹿やめろ!」


 キャッチできずに床に落ちたエロ本を慌てて回収する太郎。

 床に落ちた際に、本のタイトルが目に入る。


「『お兄ちゃんどいて、そいつとヤレない!』」

「タイトルを読み上げるな!」

「どんだけ性癖こじれてんだよ」

「オレのバイブルブラックだ!」

「ただの黒歴史だろ」



 太郎が必死にそのエロ本の良さを語り始めようとしたタイミングで、カレンから声を掛けられる。


「ゆうき、じゃなかった童貞王。帰るわよ」

「わざわざ言い直すなよ」

「そんなことより、どういうこと? 説明はあるんでしょうね」

「…………」


 一見、いつもと変わらない笑顔を向けるカレン。

 でも、幼馴染の俺には分かる。

 目が笑ってない。相当キレてる。

 怒ったカレンには逆らわない方がいい。経験則から得たまなびだ。

 今の俺がするべきこと―――それは、すべてにイエスと答えろ!


「もちろん聞かせてもらえるよね?」

「サーイエッサー」

「じゃあ、ス〇バで新作のフラペチーノが飲みたいなぁ~」

「サーイエッサー」

「スコーンも食べたい。ゆうきのおごりでね」

「……あれって口の中がパサパサになるだけだろ(ボソッ」

「へえー、じゃあ飲み物はグランデサイズに変更ね。まだ何か言いたいことある?」

「くっ……サーイエッサー」

「よろしい。まあ、ゆうきの分は私が払うから。早く行きましょう」


 あれっ、カレンってなんだかんだ言って優しい、とか思った?

 違う違う、違いまーす。よくある手口っス。

 勝手に俺の飲み物が、のショートサイズのドリップコーヒーに決まります!

 そうしてという既成事実を作ることで、一方的なおごりじゃないと言い張るためのテクニックである。



 カレンと一緒に教室を出る直前、近くの席からつぶやき声が聞こえてきた。


「本堂ゆうき君がドーテー……ありえない……」


 名前を呼ばれた気がしたので振り向くと、そこには小柄な女の子が独りでブツブツと何かを呟いていた。


 長めの前髪で目を隠したメガネっ子。

 艶のある黒髪を三つ編みにしている。

 透き通るような白肌だが、小柄で猫背なため存在感が薄い。

 クラスでも目立たないタイプの女の子。げんに俺は名前を知らない。

 それどころか、こんな子いたっけ? というレベル。



「ゆうき、どうしたの?」

「いや、なんでもない」

「そ、じゃあ行こう」

「だな」


 俺は気を取り直して、カレンと一緒に学校を後にした。




 ――――――――――――――――――――




 校舎を出て電車に乗り、地元の最寄り駅に着いた。


 駅前にあるコーヒーショップに到着すると、注文を受け取り席に着く。

 いている時間帯だったので、2×2のソファー席を選ぶ。

 2人掛けソファーをそれぞれ1人で独占し、カレンが対面に座る。


 カップに口をつけるカレン。

 その口元は、薄い桜色のようにほのかなあかみがさしていた。

 自然と目が離せない、みずみずしくプルプルとした唇。

 それは生来のものなのか、口紅あるいはリップクリームによるものなのか。

 美容だとかコスメなどの知識に乏しい俺には判別がつかなかった。



「あっ、これ美味しい。今回の新作は当たりね」

「そっか、よかったな」


 支払わされたレシートから、カレンが頼んだ商品を確認してみる。


「マンゴー抹茶チョコミントフラペチーノ!?」

「おすすめよ」

「個性のぶつかり稽古けいこじゃねーかっ!」

「味のショッピングモールよ」

「テナント同士、喧嘩しまくりだろ」

「違いを受け入れ共存する、人類のテーマよ」

「争いの歴史が無くならないわけだ」


 ああ言えばこう言う。これが俺たちのいつもの関係。

 この関係に少しだけ変化を求めたい気持ちもある。

 でも、最初の一歩が難しい。

 笑われたら? 引かれたら? 拒絶されたら?


 幼馴染とは、アドバンテージであると共に、抜け出せない底なし沼でもあった。



「じゃあ、飲んでみる? どーぞ」


 マンゴー抹茶チョコミントフラペチーノを、こちらに向ける。

 マンゴー抹茶チョコミントフラペチーノから、ストローが伸びている。

 マンゴー抹茶チョコミントフラペチーノのストローの先が、少し濡れていた。

 マンゴー抹茶チョコミントフラペチーノがゆっくりと近づいてきて―――。


「やかましいわ!」

「へっ?」

「なんでもない」

「いらない?」

「……いる」

「ん」


 結構、美味いな。

 偏見を持たずに何でもチャレンジする、これ大事!



 カレンがスコーンを半分ほど食べた後、唐突とうとつに話題を変えてきた。


「さて、そろそろ裁判を始めましょうか」

「は?」

「ゆうきが有罪か死刑かを決める裁判よ」

「その2択!?」

「被告人ゆうき、嘘偽うそいつわりなく答えなさい」

「なんもやってねえよ!」

「判決を言い渡します」

「異議あり!」


 弛緩しかんした空気の中、くだらないやり取りをする。


 でも、今回は違った。


 ここでカレンが爆弾を放り込んできたのだ。



「で、なんで童貞なんて嘘ついたの?」






 ―――――


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