足音
小学校高学年の頃だったでしょうか。友達の家でお泊まり会が行われることになりました。同じ集落、同じ住宅街、なんなら自宅の斜め向かいという近所も近所でしたが、友達の家に泊まれるというだけで楽しみでした。
我が家でも両親を説得に説得を重ね、ようやくお泊まりの許可が出たこともあって、当日はテンションが上がりっぱなしだったのを覚えています。友達の家に集まって、皆で映画を見たりトランプをして遊んだりと、日が傾いてもなお遊んでもいいという状況にはしゃぎ続けていました。
ただ、不思議なことにその友達の家では奇妙な音がよく響いておりました。友達の家は二階建てでしたが、全員が一階にいるのにも関わらず何度も二階を歩き回る足音を聞いたのです。私だけではなく、その場にいた子供たちはほぼ全員それを認識していました。が、誰もそれに対して言及することはありませんでした。ただ時折する足音の度に、私を含めた誰かが天井を見上げることは多々ありましたが。
多少なりとも怖さはありましたが、折角友達の家に泊まりで遊びにきているのだという楽しさの方が勝っていたので、帰ろうという気持ちになることはなりませんでした。ただ、トイレに行くときはあまりにも怖かったので、誰かしらについてきてもらっていました。
緩やかに夜が更け始めてきた頃、トイレに立ったとある子が私に「一緒についてきてほしい」と頼んできました。ちょうどその時はテレビゲームをしている最中で、代わる代わるコントローラーを貸し回していて手が空いていたのが私くらいだったので、それ故に声をかけたのだろうと思い、私は二つ返事で「いいよ」と返してその子のトイレについていきました。
リビングに比べると少し薄暗い廊下の突き当たり、その子のトイレの前でぼんやりとリビングの喧騒に耳を傾けていると、不意にぎし、と音がしました。もちろん上からです。
はじめは家鳴りだろうかと見上げていましたが、何度もぎしぎしと歩き回る音に変わる頃にはそれがまた先程の足音だと気付き、緊張から息を潜めてしまいました。やはり何かいるんだ、そう思いながら足音に視線を向けていると、急にトイレの扉が開きました。
「終わった?」
「うん」
「…………」
「あれさ、」
「あれ?」
「男の人だよね」
トイレから出てきたその子が、ふとそんなことを言ったのに私は驚いてしまいました。はじめて足音を聞いてからずっと私はこの足音は男の人のものなんじゃないかと思い続けており、更に他の子も同じようなことを言っていたからです。彼女もまた、あの足音が男の人のものだと認識していたようでした。
誰かが言い出したからではなく、その場にいた全員が共通認識としてあの足音が男の人のものだと思っていたなら。あれはただならぬものではないんじゃないか、そう思い背筋が寒くなった私に彼女は畳みかけるように言いました。
「今日、Aちゃんのお父さん、帰ってこないみたいだよ。お泊まり会するからって」
Aちゃんというのは、今回の主催者でありこの家に住む友達のことです。どうやら、Aちゃんのお父さんは今日のお泊まり会のために気を使って一晩帰らないのだという話でした。娘とその友達たちが水入らずで遊んでくれればという気遣いからなのだとは思いますが、それはつまるところこの家には男が他にいないという事実でもありました。何せAちゃんは一人っ子なので、年の離れた兄などはいないのです。
ではあれは、誰なのでしょうか。それを口にすると何かいけない気もして、そうなんだ、と彼女の言葉に細々と言葉を返すことしかできませんでした。トイレから戻ったリビングは変わらず明るく騒がしいままで、ここから離れることが更に怖く思いました。
結局その後、私たちの身に何かが起こることはなく。足音の正体も勿論分からぬまま、お泊まり会は無事終了することとなったのでした。
ただ、後日談として話せることがあるとするならば。
あの日の夜中、皆が居間で寝静まった後トイレに行こうとした別の友達が、二階に繋がる階段の踊り場付近で、見知らぬ男が頭だけ出して階段下を覗き込むように見ていたという話はありましたが。
ただそれが本当の話なのか、その友達が見た夢なのか、恐怖から来る作り話なのかは、定かではありません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます