第3話 7

《――警告! 躯体保護の為、対応兵装を緊急顕現します!》


 目前に迫ったティアちゃんのロジカル・ウェポンに対抗して、<近衛騎士>さんが<皇女之剣アーク・セイヴァー>を顕現する。


 わたしは鞍房コクピットに固定され、面が付けられて、強制的に合一スフィアリンクさせられた。


 直後、身体を襲う衝撃。


 景色がグルグルと回って、わたしは身体――騎体が宙に跳ね上げられたのだと悟った。


《――敵性体、ソーサル・スキルを喚起。

 ――対応を!》


 防御用の兵装リストが表示され、しつこく明滅する。


 近衛騎士システムが勝手に体勢を整えて、ティアちゃんの騎体を視界中央に捉える。


 ――着地。


 騎体の周囲で、高く土砂が噴き上がった。


 その向こう――黒の騎体は周囲に紫電をまとった光球を無数に浮かべていて。


『すごいすごい! さすがステラちゃん!

 ロジカル・ウェポンも使えるんだ?

 えへへ、お揃いだねっ!』


 ティアちゃんの声色は、心底嬉しそう。


 まるでお手玉でもするように、黒の騎体の周囲に光球を旋回させている。


『ロジカル・ウェポンが使えるんだから、きっとこれも耐えてくれるよねっ?』


 光球が放たれた。


 弧を描き、無秩序に飛来する光球に、警告がより激しく明滅する。 


《――対処をっ!》


「――ああ、もううっさいっ!!」


 繰り返される<近衛騎士>さんの警告に怒鳴って、わたしは腰の長剣――<暴竜レッド・タイラント>を抜き放つ。


 迫りくる光球がロックされ、対応する順番が数字で示された。


「――なんでっ!? なんでなのさ、ティアちゃんっ!!」


 紅の刃を振るい、わたしはティアちゃんに訴える。


 異星種起源の遺物から鍛え上げられた晶剣は、ティアちゃんが放った光球――ソーサル・スキルをすべて斬り裂いても、ビクともしない。


『――へえ、ステラちゃん、面白いモノ持ってるんだね!

 そんなところも、ティアと一緒だ!』


 と、黒の騎体は腰の左右に手を伸ばし、剣ほどの長さの棒を掴み取る。


 それは胸の前で合わされると、先端に暗黄色の結晶が形成されて、長大な槍となった。


『んふふ、パパがティアに造ってくれた<月神ムーン・ハウリング>っていうんだよ!」


 両手でクルクルとその結晶槍を旋回させて、ティアちゃんの騎体は舞うように身をひねる。


 辺りはまるで豪雨のようで。


 ぬかるんだ地面に、けれどティアちゃんの動きは淀みない。


 きっとあの子も、事象改変をしているんだろう。


《――敵性体、兵装解析完了。

 ――該当記録なし……異星種起源素材の独自オリジナル兵装と推測

 ――類似兵装――<暴竜レッド・タイラント>》


 ……本当にお揃いってわけね。

 

《――警告。

 ――当該地域を制御していた重力場が消失しつつあります。

 ――エリア名:ローダイン浮遊湖の一斉落着まで、あと……》


 視界の隅でカウントダウンが始まる。


 ……時間がない。


 このままじゃ、ティアちゃんのでこの辺りは大災害だ。


「――ティアちゃん、先に謝っておくね」


 決してティアちゃんを倒したいとか、そんなつもりはないんだ。


 ……でもね。


「わたしはエリス様の近衛だから」


 あの人が困る事は、許すわけにはいかない。


「ティアちゃんのお父さんが、なにを考えてティアちゃんにそうさせてるのか知らないけれど……」


 両手に握る、紅刃に力を込める。


『あはっ! ステラちゃん、やっとやる気になってくれたぁ!』


 ティアちゃんが駆る、黒の騎体も晶槍を構えた。


 ……対人戦なんて、おじいちゃんとの訓練を除けば、クラウフィードと海賊達との二回だけ。


 そして、槍の相手なんて初めてだ。


 ――それでも。


 今、ここでティアちゃんを止めないと、取り返しのつかない事になる気がしたんだ。


 ――だから。


「……ティアちゃん、わたしはね……」


 呟きながら、右足を前に。


《――ソーサルリアクター、高稼働》


 胸の奥から鈴を転がしたような音が連続する。


《――事象境界面への干渉を開始》


「――やられたら、絶対にぜったい、やりかえす女よっ!」


 あとの事なんか知るかっ!


 とにかくあの子を騎体から引きずり出してから考える!


 わたしは叫び、地を蹴った。


 ぬかるんだ地面が抉れて、泥の柱が左右に噴き上がる。


 空気が断ち割れて、水蒸気の輪が広がった。


 振るった紅刃が黄槍に受け止められて、迸った衝撃波に黒の騎体の背後の森が吹っ飛ぶ。


『――あはははっ!! すごいすごーいっ!

 危なかったぁっ! さすがステラちゃんっ!』


 耳を打つティアちゃんの声はひどく楽しそうで。


『でもでも、もっとできるでしょうっ!? もっと遊ぼっ!』


 刃が弾かれ、ティアちゃんがお返しとばかりに槍を旋回させる。


 わたしは身をひねって、その攻撃を受け流し。


 わたし達は二合、三合と攻撃を交わし合う。


 駆け抜ける衝撃波に、土砂柱が吹き上がり、森の木々が弾け飛んだ。


 視界の隅で、カウントが一分を切る。


 ……ティアちゃんは強い。


 近衛の――ハイソーサロイドの力を持つわたしでも、攻め切れない。


「――でも、それは騎体勝負の話でしょうっ!?」


 ティアちゃんの攻撃を弾いた瞬間、わたしは剣を捨てて、さらに一歩を踏み出す。


 両手で黒のロジカル・ウェポンの腕を拘束。


 そして、合一スフィア・リンクを解除。


 鞍房コクピットのハッチを蹴り開けて。


「――目覚めてもたらせっ!」


 コマンドを唄いながら、腰の後からレイガンを引き抜く!


『――あはっ! そう来るんだっ!?』


 銃口を向ける先は、黒の騎体のリンカーコア――頭部だ。


「吼えろっ! <純白の旋風ピュア・ゲイル>ッ!!」


 白の光条が放たれて。


『でも、それはダメだよ、ステラちゃん!』


 光条は、確かに黒の騎体の面を割り砕いた。


 ――けれど。


『ティアには、そういうの通じない。ステラちゃんだって、そうでしょう?』


 面の下の素体が……あらわになった牙が、光線を受け止めていた。


 抗うように、ビチビチとうねる純白の光条を――


『――えいっ!』


 ――黒の騎体が首を捻って振り回す。


「――――ッ!?」


 わたしの身体が引きずられて、そのまま宙を舞った。


 地面に叩きつけられて、泥が跳ね上がる。


「――ぐぅッ!?」


 衝撃に視界が真っ赤に染まって星が飛び、肺の中の空気をすべて吐き出して、わたしは泥の地面を転がった。


『ん~、いいセン行ってるんだけど、ステラちゃん。

 惜しいなぁ。けーけん不足なのかなぁ?』


 そう呟いたティアちゃんは、<皇女之剣アーク・セイヴァー>の拘束を振りほどき、頭上高く槍を掲げた。


『せっかくお友達になれると思ったのに。

 ……残念だなぁ』


 心からそう思っているような声色。


『でも、ここまでだね。

 ――ばいば~い!』


 晶槍が振り下ろされる。


 身構えたその瞬間。


『――まあ、待ちなさい。ティア』


 不意に響いた、場違いな男性の――軽い声。


 振り下ろされた晶刃が、わたしを斬り裂く寸前で止まる。


 気づけば、わたしの目前にホロウィンドウが開いていて。


 投影されているのは、額に三つ目を持った、巨躯の中年男性。


 白衣をまとった彼の肩は、左右が二つに分かれていて、そこから一対ずつ太い腕が伸びていた。


 四腕の異形ミュータント


 ――騎士の知識で、そういう種属が存在することは識っていたけど、実際に見るのは初めてだ。


『はじめましてだ、帝国最新の近衛よ。

 私は……ん? そういえば、今はなんと名乗っていたのだったか……』


 ホロウィンドウの中で、その異形は腕組みをしながら頭を掻き、アゴをさする。


『パパ、ティア、覚えてる!

 ドクターサイコって、前に来たお客さんは呼んでたよ』


 ティアちゃんが楽しげな口調で言って。


『そ~うそう。そうだった。

 サイコと呼んでくれたまえっ!』


 やけに芝居がかった口調で、その異形は四本腕を左右に広げて、そう名乗った。


 それからホロウィンドウごと、ティアちゃんの方を振り返り。


『愛しい娘、ティア? おつかいは無事に済ませたのかい?』


『うん! ちゃんと言われたとおり、量子転換炉クォンタムコンバーターに登録した!』


 ティアちゃんの返事に、異形は満足げにうなずく。


『それなら、そろそろ帰っておいで。

 リズが流星イルカの良い肉を仕入れてきてね。ティアは、アレのハンバーグが好きだったろう?』


『――好きっ!

 ……でも、ステラちゃんはそのままで良いの?』


 黒のロジカル・ウェポンの――鋭利な牙だけが並ぶ無貌のかおが、わたしに向けられる。


 ホロウィンドウの中で、異形は哂った。


『ティアの方が強いと証明されたからね。

 いつでも倒せるなら、相応しい場で行うべきだよ』


 わたしは痛みを堪えて、上体を起こした。


「……あんた、いったいなにが目的なの?」


 途端、ホロウィンドウの中で、サイコを名乗った異形は。


「ヒトの進化さ!」


 愉悦の表情を浮かべて、そう断言した。


『――かつてソーサルリアクターによって、人類がソーサル・スキルを得たように!

 私が望むのは、それに匹敵するような……新たなヒトの段階さっ!』


『その為に、この星のメインスフィアが必要なんだよねっ!』


 彼の言葉を肯定して、ティアちゃんが無邪気に笑い声をあげる。


『より進化したティアが、帝国近衛であるキミを討ち倒したなら、それは帝国はおろか既知人類圏ノウンスペース中に轟くだろう!

 ――だから……』


 異形は、ホロウィンドウの中からわたしを見据えて、口元に酷薄な笑みを浮かべた。


『今はキミを生かしておいてあげるよ。

 ……次こそはちゃんと、ティアを楽しませておくれよ?』


 そう言い残して、ホロウィンドウが消失する。


『――ってワケだから、ステラちゃん。

 ティア、ご飯食べに帰らないと』


 黒のロジカル・ウェポンの左手の甲が真紅に輝く。


『目覚めてもたらせ、トランスポーター!』


 そのコマンドに応じて、騎体の周囲に複雑な幾何学模様が描き出された。


『じゃ、また遊ぼーねっ! ばいば~い!』


《――敵性体、超長距離転移を確認》


 黒の騎体が、燐光を残して消失し。


《――エリア名:ローダイン浮遊湖、落着します》


 カウントダウンはゼロになった。

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