第3話 8
「――ステラがっ!?」
セバスからその報告を受けた時、わたくしは意識が遠くなりかけたわ。
それでも耐えられたのは、ステラの容態が気になったから。
「それで、ステラは!? どういう状態なの!?」
ホロウィンドウの中でセバスが重々しい面持ちで首を振る。
『ローダイン浮遊湖の崩落地点のすぐそばにいらっしゃった為、現在、意識不明です』
それでもステラの事前連絡を受けて、パークのスタッフが急行して救助に当たったから、命に別状はないと聞いて、わたくしは安堵の息をつく。
……よかった。
あの子になにかあったら、わたくしは平静じゃいられない。
座っていたソファの背もたれに身を預け、わたくしは深呼吸。
熱くなった頭を落ち着かせて、ホロウィンドウの中のセバスを見る。
「――被害状況は?」
『まず来園者様二名――ステラ様がご案内なさっていた方々ですな――が崩落に巻き込まれましたが、冒険者用宿泊所に避難した為に、お二人共無事でした』
ローダイン湖周辺の宿泊所は、お祖父様の代にあの辺りの重力制御に事故が起きてから、バリアフィールドが発生できるようにしてある。
ステラの警告を受けて、セバスが即座にバリアを発生させた事により、浮遊湖崩落で発生した津波から宿泊所は守られたそうだ。
「そう。お客様のケアはしっかりお願いね」
わたくしの言葉に、セバスは会釈をひとつ。
『また、浮遊湖崩落によりローダイン湖は面積が拡大。周囲の森林地帯は湖に呑まれましたが、幸い近隣の人里は無事です』
これもお祖父様の功績ね。
過去の重力制御事故の教訓から、ローダイン浮遊湖のそばには村や街を造らないようにしてきたのだから。
「
『はい。標準時で三日後には生成されるとの回答でした。
もちろん、パーク内外への情報操作も並行して行っております』
セバスの対処は万全で、わたくしは改めて安堵した。
さて、そうなると。
「――問題は今回の犯人の目的ね……」
わたくしの言葉に、セバスはうなずく。
『ステラ様のローカルスフィアから
ただいま、転送致します』
と、グローバルスフィア経由でわたくしのローカルスフィアに、ステラの記憶映像が送られてくる。
お客様のひとりとしてやってきた幼女――ティアとの出会い。
楽しげな旅程。
そして……不意に訪れる衝突。
「……ステラが……負けたというの?」
ティアという幼女がいくら
光学兵器を受け止めるなんて、まるで騎士そのものだ。
「管理外品の
わたくしがセバスに尋ねると、彼は首を振ってそれを否定した。
『それならば入園時のチェックでわかったはずです。
確認させましたが、その子供はあくまでソーサロイドだそうです』
疑問を抱きながら、わたくしはステラの記憶の続きを再生する。
そして、ティアの強さの原因を理解した。
「ドクターの呼称……マッドサイエンティストが父親……」
――マッドサイエンティスト。
それはこの
宇宙の法と人類の安寧の為に活動するキャプテンの対極。
自身の欲望――好奇心を満たすためならば、法など容易く踏みにじり、他者は実験体としか認識していないような連中だ。
恐らくティアは、マッドサイエンティストになんらかの肉体強化――改造を受けているのだと思われるわ。
騎士に匹敵する能力も、それならば納得できる。
日々、研究に打ち込むマッドサイエンティストの中には、<大戦>期の技術や知識――いわゆる
「セバス、このドクターサイコについて調べは?」
『現在調査中です。ただ、ログを見ますに頻繁に名前を変えている可能性があり、今のところなにも情報が得られておりません』
思わず舌打ちしてしまったわ。
とはいえ、そう簡単に行方を捉えられるなら、彼らはキャプテンと並べられるほどに恐れられてはいない。
『ただ……』
セバスがアゴに手を当てながら切り出す。
『先日捕らえた海賊の首領――ゴルドーの記憶にも、マッドサイエンティストと接触を持った痕跡が見られます』
「そうなの!?」
『ええ。ですが、その記憶部分に強固なジャミングが施されておりまして、姿や名称、接触時そのものの記憶はブロックされておりました。
部下との会話から、接触を持ったと推測ができるだけなのですが……』
現在、手がかりを求めて、ゴルドーに施されたジャミング除去も並行して進めているらしい。
「……海賊達は、洗礼の宝珠にウィルスを流し込んだのよね?」
『そうですな』
洗礼の宝珠は司る機能こそ違うものの、アクセスポートという点では、今回ティアが強奪したものと同じシロモノよ。
ウィルスによって、自身の技術でアクセスポートに干渉できるかを調べ、可能とわかったから、今回はアクセスポートそのものの入手に乗り出した。
そう考えれば辻褄が合うように思える。
「……
『ゴルドーの背後にいたマッドサイエンティストが、ドクターサイコならば、クラウフィードが引き起こした事件は、アクセスポートに干渉できるかの実験だったと考えられますな』
セバスもまた、同じ結論に辿り着いたらしい。
「……なら、もうひとつを狙ってくるわね?」
登録された管理権限者――わたくし以外が
わたくしが不在の時は、ファンタジーキンダム国王のダストンが洗礼の宝珠を、魔王のヴァルドスが常闇の宝珠と名付けられたアクセスポートを持ち寄って、合議の上で
マッドサイエンティストの頭脳ならば、その構造はすぐに解析されることでしょうね。
『ただちに各地の環境制御用アクセスポートをロックさせた上、警備に当たらせます』
洗礼の宝珠と常闇の宝珠、そして今回ティアに持ち去られたローダイン湖のアクセスポート以外に、ファンタジーランド内には、あと二ヶ所、環境制御用のアクセスポートを配置している場所がある。
今回のように、普段は警備など配置していない、それらの場所が狙われる可能性は決して低くない。
警備の配置変更を詳細に指示しながら、わたくしはさらに思考を巡らせる。
ドクターサイコは、ヒトの進化が目的と言ったわ。
その為に、
……だとしたら。
ドクターサイコはファンタジーランドの――
それはサーノルド王室のごく限られた者しか識り得ない情報のはずなのに。
もし、わたくしの想像が正しければ、それは確かにヒトの進化に繋がるかもしれない。
けれど、それは同時に
そもそもそんなこと本当に可能なの?
圧縮教育で大量の知識を修めていても、こんな時は凡人並みの自分の頭が恨めしく思える。
いえ、そもそもマッドサイエンティストの考えを理解しようというのが間違いね。
彼らは独自の判断基準で行動する
一種の災害のようなものだ。
わたくし達はわたくし達ができる事で、それに抗うしかないのよ。
すっかり冷め切った紅茶を一気に飲み干し、わたくしはソファから立ち上がる。
「お父様に掛け合って、増援を出してもらうわ。
わたくしは明日には帰るから、セバス、それまでパークを頼むわよ!」
『――かしこまりました』
ホロウィンドウの中でセバスがお辞儀する。
わたくしはその声を背中に受けながら、部屋を後にしたわ。
向かうはお父様――サーノルド王の執務室。
まずは増援の件でお父様を説き伏せないといけない。
わたくしは拳を握り締めて自分に気合を入れると、廊下を歩き始めた。
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ここまでが3話となります~。
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