第3話 6

 逆巻く水柱から降り注ぐ飛沫が、浮遊湖の周囲に虹を描き出す。


 飛び交う飛竜がそれを潜ったりして、まるで遊んでいるよう。


 滝の音と寄せるさざなみをBGMに、わたしとティアちゃんはのんびりと湖を歩いてた。


「パパが言うにはね、湖のそばに石碑があるんだって。

 ティア、そこに行かないと行けないの」


 繋いだ手を振りながら、ティアちゃんが告げる。


「本当はパパと一緒に来たかったんだけど、お仕事で忙しいみたいでね。

 だから、ティア、ひとりで来る事になっちゃったんだぁ……」


 ティアちゃんはお父さんが大好きなんだろう。


 しょんぼりと肩を落としてる。


「ティアちゃんのお父さんって、なにしてる人?」


「パパのお仕事? 研究者さんって言うのかな? よくわかんないけど、いろいろと調べたり作ったりしてるみたい」


 科学者さんなのかな?


「ティアちゃんはお父さんの事、大好きなんだ?」


「うん! ティア、パパの事大好きっ!

 いろんなところに連れてってくれるし、いろんな玩具もくれるし!」


 途端、ティアちゃんは満面の笑みを浮かべてうなずく。


「でも、時々、むつかしいお話するのは、ちょっとだけ苦手かなぁ」


 ペロリと舌を出して、いたずらっぽく微笑むティアちゃんは、すごく可愛い。


 そうしてふたりで湖畔を進んで行くと、ティアちゃんが目指す石碑が見えてきた。


 木々が切り拓かれて、草原のようになっていて、その中央にその石碑はあった。


「やったぁ! 見つけたよ!」


 ティアちゃんが両手を挙げて喜ぶ。


 黒曜石にも似た黒の半透明でできていて、高さはに2メーターくらい。


 横幅はわたしとティアちゃんが並んだくらいだろうか。


 中央に透明な珠が埋められていて、一定間隔でほのかに光を放ってる。


 珠が光るたびに石碑全体に虹色の線が走って、まるで鼓動のようにも見えた。


「――なんだろ、これ? 碑文とかも特にないみたいだし……」


 これに関する情報は、騎士の知識にもなかった。


 首をひねるわたしに、ティアちゃんは微笑みを浮かべる。


「パパが言うにはね、これ、この星のメインスフィアへの直通端末なんだって」


「――え!?」


 ――その瞬間。


 トン、と。


 ティアちゃんはひどく無造作にわたしの胸を押した。


 ただそれだけなのに。


「――ぐぅっ!?」


 衝撃と共に、すごい勢いで景色が前に流れた。


《――攻撃感知。躯体保護の為、戦闘体勢に移行。

 ――演算処理の高速化を開始》


 <近衛騎士>さんが警告を発しながら、ソーサル・リアクターを活性化させる。


 気づけばわたしの身体は湖に突っ込んでいて。


《――事象界面に干渉》


 足に力を込めて、


 わたしが立てた水しぶきが湖面に落ちて、水面を激しく波立たせた。


「――ティアちゃんっ!?」


 強化された視覚が、ティアちゃんを捉える。


 彼女はこちらに構わず、石碑の中央にある珠に触れていた。


 珠に触れたその左手の甲には、楕円形をした紅い結晶体。


《――量子分解反応を確認》


「――量子転換炉クォンタムコンバーターッ!?」


 しかも帝国製じゃない。


 騎士の知識にもない、管理外品だ。


 ティアちゃんの量子転換炉クォンタムコンバーターに分解されて、珠が消失する。


 ――まるでそれに呼応するように。


 湖の中央で浮遊湖目がけて昇っていた水柱が細く、弱くなって行く。


 そして、逆に頭上の浮遊湖から湖水が雨のように降り注ぎ始めた。


 異常事態だ。


 わたしは水面を蹴って、ティアちゃんの元へと駆けた。


「ティアちゃんっ!」


「すごいすごいっ! さすが帝国近衛だね!

 ステラちゃん、もう事象改変できるんだ?」


「ティアちゃん、お願いだから珠を戻して。

 このままじゃ、この辺りが水浸しになっちゃう!」


 もしこのまま、浮遊湖がまるまる落ちてくるのだとしたら。


 ……大洪水だ。


 わたしはティアちゃんを見据えたまま。


『セバスさん、緊急事態です。ローダイン浮遊湖落下の可能性あり。

 ――至急、周辺地域に避難勧告をお願いします!』


 ローカルスフィア経由で、セバスさんにメッセージを送った。


「レイチェルさん達だって、巻き込まれるかもしれない。

 ねえ、ティアちゃん。変なイタズラはやめよう?」


 なおも説得を試みるわたしに、けれどティアちゃんはきょとんとした表情を浮かべた。


「やだなぁ、ステラちゃん。

 ティアはイタズラなんてしてないよ?

 最初からね、ティアのもくてきは、ここのアクセスポートだったんだよ」


 紅い楕円結晶のついた手で口元を押さえ、彼女はクスクスと無邪気に笑う。


「パパがね、おつかいして来てって言ったんだ。

 ティア、はじめてだったけど、ちゃんとできそう」


「――お父さんが!?」


 研究者だという彼女の父親は、なんの目的でこんなことを?


「それでね、パパ言ってたの。

 ティアと同い年で帝国近衛になった子がいるから、おつかいがちゃんとできたら、その子と遊んでも良いって。

 ――帝国近衛って、ステラちゃんの事だよね?」


 ティアちゃんは、胸の前で左手を握ってうつむく。


「ティアね、ずっとずっと一緒に遊んでくれる子が欲しかったんだぁ。

 でも、ティアがちょっと本気を出すと、みんな壊れちゃうの……」


 その声色は、本当に残念そうなもので。


 けれど、顔をあげた彼女は、すぐに笑顔を浮かべた。


「でも、ステラちゃんは近衛騎士だもんね! パパが言ってたよ! 近衛騎士は強いから、ティアと遊んでも壊れないって!」


 握られた手の甲で、楕円結晶が紅く輝く。


《――量子転換反応

 ――敵性体が兵装を顕現させようとしています》


 <近衛騎士>さんの警告がうるさい。


 あの子は――ティアちゃんは……そんなんじゃない!


「ねえ、ステラちゃん……」


 ティアちゃんの背後に、魔芒陣のように複雑な幾何学模様が描き出される。


 そこから染み出すように、巨大な影が出現し、やがて実像を結ぶ。


《――敵性体、ロジカル・ウェポンを顕現》


 黒地に脈打つように艶めかしい真紅のラインが走る装甲。


 額冠のようなデザインの頭部から伸びる放熱素子のたてがみは、ティアちゃんに合わせたような紫で。


 女性的な曲線を描くそれは、胸甲を開いてティアちゃんを呑み込む。


 無貌だった面に白銀のかおが描き出されて。


『――遊ぼっ!』


 ひどく無邪気な声が、わたしの耳を強く打った。

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