第3話 5

「――うん。明日には予定通り、目標地点に到着できると思う」


 直結回線でローカルスフィアに届く通信に、彼女はうなずきで応える。


「ん? 大丈夫! ちゃんと手順は覚えてる。準備も万全だから任せて!」


 彼女は通信の向こうにいる人物に、親愛の微笑みを浮かべて応えた。


「――新しい帝国近衛? そんなの関係ないよ。

 うん。だって……」


 彼女は微笑みに自信の色を滲ませて、はっきりと答える。


「――パパの技術は銀河一なんでしょう?」





 その日、わたし達は宿場町に宿を取った。


 宿と言っても、冒険者――来園者専用の宿だから、それぞれの個室には転送ポートが設置されていて、宇宙港の近代的なホテルで休むこともできるんだけど、レイチェルさん達はせっかくだからと、そのまま個室の方で宿泊を選んだみたい。


 当然、ご飯も宿の一階にある食堂で、みんなで取ったんだけど、ティアちゃんだけは一日歩いて疲れたのか、早めに部屋に戻ってた。


 レイチェルさんとマリエさんはといえば、出された料理に『自然食だー』って喜んでたのが印象的だった。


 翌朝、わたし達は乗合馬車に乗って、ローダイン浮遊湖を目指した。


 徒歩でまるまる一日かかる距離も、乗合馬車なら半日ほど。


 朝早くに出発した馬車はゆっくりと休憩を挟みながら進み、お昼をやや過ぎた頃に目指していたローダイン王立森林保護区に到着した。


「――ふっわあぁぁぁぁ……」


 保護区入り口で馬車を降りた途端、ティアちゃんは空を見上げて歓声をあげる。


「……これは――」


「圧巻だね……」


 レイチェルさんとマリエさんも、上空を見上げて言葉を無くしてる。


「わたしも来るのは初めてですけど、すごいですねぇ……」


 ――ローダイン浮遊湖。


 その名の通り、宙に浮かんだ湖だ。


 青い空の上に、巨大な水球が浮かんでる。


「ここからじゃまだ見えないですけど、真下にあるローダイン湖からは逆巻く滝があって、浮遊湖に流れ込んでるそうですよ」


「見たい見たい! ほら、みんな、出発~!」


 レイチェルさんがわたしとティアちゃんの手を取って、林道を歩き始める。


 ほどなくして林道は途切れて、わたし達は湖畔へとたどり着いた。


 ローダイン湖は国内最大の湖で、こうして畔に立っても、向こう岸が見えないほど大きな湖だ。


 その中央から、巨大な水柱が渦巻きながら空へと昇っている。


「すっごいねぇ……」


 マリエさんが感嘆の声を漏らす。


 わたしは声も出せなかった。


 お城の尖塔くらいありそうな水柱が、ごうごう音を立てながら、支えもなく空に昇っていってるんだよ?


 それが空に集まって浮遊湖を支えてるの。


 物理法則を完全に無視した光景だ。


 きっと万能科学の産物なんだろうけど――目の前の光景がどうやって造られてるのか、残念ながら騎士の知識には該当例がなかった。


 でも、わからないものは、そういうものだと受け入れるのに慣れてきたわたし。


 気を取り直して、目の前の絶景を心に刻みつける事に専念する。


「あ、ほら、飛竜ですよ、飛竜!」


 空に浮かぶ浮遊湖の下底から、水飛沫をまとって緑色をした飛竜が飛び出してきた。


 その口には大きな魚が咥えられていて、宙でクルリと弧を描きながら魚を丸呑みにすると、再び浮遊湖に飛び込んでいった。


「は~、飛竜って魚食べるんだ」


 マリエさんが感動したように呟く。


「今は繁殖期だから、特に食欲旺盛らしいです。

 普段は植物食べたり、花の蜜を舐めたりしてるみたいですね」


 ガイド用に覚えた知識を披露すると、ティアちゃんが口元に手を当ててくすりと笑った。


「ドラゴンさん、可愛い」


 たぶん、花の蜜を舐めてるとこを想像したんだろう。


「言われてみれば……」


 同じように想像してみて、わたしは吹き出す。


「確かに可愛いね!」


 それからわたし達はローダイン湖の畔を時計回りに歩き、湖の南側に設けられた宿泊所へとたどり着いた。


 宿泊所は森の一部が切り開かれて広場のようになっていて、ログハウスが十軒ほど建ち並び、魔獣避けの結界――スタン・フィールドが張られている。


 ローダイン湖の周囲には、こういう宿泊所がいくつかあって、ここが一杯ならよその宿泊所を目指さなければいけなかったんだけど、幸いどのログハウスも空室だった。


 冒険者用の印の入ったログハウスを選んで、わたし達は一休み。


 セバスさんが分けてくれた茶葉でお茶を用意したら、レイチェルさんとマリエさんはまた『天然茶葉だ~!』って、すごく喜んでくれた。


 わたしとティアちゃんは、王都から持ってきたオレンジジュース。


 入れてきた水筒も、セバスさんがくれたものなんだけど、入れたものを温かいものは温かく、冷たいものはより冷たくしてくれる、小型冷蔵庫みたいな水筒だ。


「んふ、おいしい~」


 カップを両手で掴んで、ティアちゃんはにっこり。


 ああ、癒やされる。


「これもみんなでど~ぞ」


 と、わたしは背負い鞄から小袋を取り出す。


 ミナが出発前に持たせてくれた、クッキーが入ってるんだ。


 近頃ミナは、お菓子作りに目覚めてて、今回も遠出するわたしに持たせてくれたんだよね。


 小袋を広げると、中からチョコチップを練り込んだクッキーが出てくる。


「いただきま~すっ!」


 真っ先にレイチェルさんが手を伸ばし、ミナさんが続いて、最後にティアちゃんがおずおずとクッキーをかじった。


「――んっ!? おいし~!」


 その金色の目がまんまるになって、顔がほんのり桜色に染まる。


「でしょでしょ? お世話になってるお家のメイドが作ってくれたんだけど、新作なんだって」


 わたしも口に放り込んでみると、チョコの味に混じって、ほんのりオレンジの香りがした。


 ひょっとしたらマーマレードを練り込んでるのかな?


 でも、それにしてはオレンジの酸味はそんなに強くなくて……ほのかに香る程度で、それがチョコとすごくバランスよく口の中で溶け込んでいく。


 前世も今世も料理した事なんて、まるでないわたしにはわからない手法で作られてるんだろう。


 ミナ……腕を上げたようね。


 そうして休憩を終えると、レイチェルさんとマリエさんは浮遊湖を撮影するんだと準備を始めて。


「ティアは、もっと湖の周りを見てみたいな」


「いいね」


 ふたりの撮影に巻き込まれたくないわたしは、ティアちゃんの言葉に即座に同意した。


「じゃあ、あたし達は撮影してるから~」


「危ない事しないのよ!」


 と、メモリードローンのチェックをしながら、レイチェルさんとマリエさんが声をかけてくる。


「おふたりも。危なくなったら――魔獣とか出てきたら、休憩所ここに逃げ込んでください。

 この周りには魔獣は入れませんから」


 緊急時には避難用シェルターとして活用できるって、ガイドマニュアルに書かれてたんだよね。


 わたしの言葉に、ふたりはひらひらと手を振って返した。


「じゃ、行こっ!」


 ティアちゃんがわたしの手を握り。


「うんっ!」


 そうしてわたし達は、ふたりで湖畔を歩き出す。

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