第3話 4
お昼を終えてからも、街道の道行きは順調だった。
「わたし、街の外に出たら、すぐに魔獣に襲われる――なんて思ってたんだけど、ぜんぜん出会わないのね」
マリエさんが不思議そうに首をひねる。
「定期的に王城の騎士団や狩人の
商人とか、街と街を行き来する人が襲われないように」
わたしの説明に、マリエさんは両手を打ち合わせる。
「ああ、なるほどね。この星の人達にも生活があるもんね。そこへの配慮か」
「はい。
わたしが暮らしてた森のそばにあった村でも、毎年、少なくない被害が出てた。
「ステラちゃん、獣と魔獣って違うの?」
と、手を繋いで歩くティアちゃんが首を傾げて尋ねてきて。
「えっとね、ファンタジーランドでの設定では、魔獣っていうのは魔法を使う生物の事を指すの。
逆にどれだけ凶暴でも、魔法が使えないのは獣なんだよね」
「ああ、要するに魔獣は攻性生物なのね?」
わたしの説明に、レイチェルさんが納得したように言ってくる。
「攻性生物?」
ティアちゃんは質問を重ねる。
「わたしも知識として知ってるだけなんだけどね」
そう前置きすると、ティアちゃんは大きな金の瞳を真剣な色に染めてうなずく。
んふ、可愛いなぁ。
クラリッサがわたしにお姉さんぶりたがる気持ちが、なんとなくわかった気がするよ。
「攻性生物っていうのは、<汎銀河大戦>で生み出された生物兵器群のことでね――」
<大戦>期は、
あらゆるリソースが戦争に注ぎ込まれ、現代を遥かに超える技術が生み出されては消費――失伝していったのだという。
そんな技術のひとつに、ソーサル・リアクターがあるのだけれど、人に埋め込み手術が施される前段階として、動物実験が行われたらしい。
「――そんな生物兵器が、現地惑星の生態系に適応した、その子孫が攻性生物ってわけ。
ファンタジーランドの場合は、入植時に設定に合った生物を連れてきたのよね?」
マリエさんの質問に、わたしはうなずきを返す。
「わたしが見たことのあるのは、魔狼とか魔猪ですかね。
あいつらって、普通の獣より長生きだから頭が良くて、なかなか人前には出てこないんですよ」
姿を現すのは、確実に勝てると確信した時だけ。
「魔属領だと竜も見られるんでしょう?」
レイチェルさんが目を輝かせて顔を寄せてくる。
「渡りをする飛竜なら、魔属領じゃなくても、いま向かっているローダイン浮遊湖でも見られますよ」
「――ホントっ!?」
「ただ園内の竜って、いわゆる魔獣――魔トカゲで、本当の竜じゃないんですけどね」
わたしの説明に、レイチェルさんは笑顔で首を振る。
「良いのよ。こういうのは雰囲気なんだから。
それにあたし達、本物の竜なら見たことあるもの」
「あー、あれね……」
と、マリエさんは引きつった笑みでうなずく。
「レイチェルさん、本物の竜って?」
ティアちゃんが彼女を振り返って尋ねた。
レイチェルさんは、腕輪型のマルチデバイスを操作して、空中にふたつのホロウィンドウを浮かべた。
左に映っているのが、ファンタジーランドでも見られる魔トカゲ――魔王四天王のひとり、カイルさんが飼っている火トカゲのサラマンくんだ。
一方、右のウィンドウに映っているのは――
「岸壁?」
黒い金属質な岩肌をした壁に張り付く、マリエさんの画像だった。
「あはははは! そう思うよね、普通!」
レイチェルさんは笑って、映像を操作。
どんどん画角が引きになって行って、ようやく全貌が明らかになる。
「ふわあぁぁ……おっきい」
ティアちゃんの目がまんまるになった。
それは山そのものと言っても良いサイズの、巨大な生物だった。
流線型をしたフォルムに、ヒレのようにも見える四肢。
どことなくイルカにも似た形状をしているけど、決定的に違うのは、その表面が金属質な黒色の鱗にびっしりと覆われていることだ。
ここまで引き画になると、マリエさんはどこにいるのか、まるでわからなくなってしまう。
「よ、よくご無事でしたね!?」
わたしが驚きながらマリエさんを振り返ると、彼女は引きつった笑みのまま肩を竦めた。
「幸い、休眠期だったのよ。
……『竜属の身体を登ってみた』ってね。めちゃくちゃバズったけど、二度とやりたくはないわね」
――竜属。
それは魔トカゲのような人工生物ではなく、この
星の海を回遊し、時折、惑星に降り立っては長い――数十年から数百年単位の休眠を取るらしい。
この巨体をなにを食べて維持しているのか――とか、生態はほとんどが謎だけど、高い知能を持っていて、危害を加えない限りは危険はない生物だということはわかっている。
――というのが、<近衛騎士>さんがグローバルスフィアから引っ張ってきてくれた情報だ。
そもそもこんなデカい生き物に危害を加えようなんて人は、自殺志願者かなにかだと思うわ。
海賊の宇宙戦艦より大きいのよ?
「一般的に竜って言ったら、鉱鱗類生物――竜属を指すんだけど。
でも、あたし達みたいにファンタジー好きだと、やっぱり竜っていうと魔トカゲをイメージしちゃうのよねぇ」
「だから、攻性生物ってわかってても、竜――ドラゴンはぜひとも見てみたいの!」
「ティアも見てみたいです!
この赤い子、すごくかわいい」
と、ティアちゃんは、サラマンくんの画像を見つめながらにっこり。
「その子と色は違うけど、青とか緑の子ならローダイン浮遊湖で見られるから、期待しててね」
そんなティアちゃんに癒やされながら、わたしは浮遊湖のある西の方を指差す。
今はまだ、浮遊湖は影も形も見えないけど。
わたしが指し示した方を素直に見つめて。
「うん、すっごく楽しみ!」
ティアちゃんは大きくうなずいた。
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