第3話 3

 一時的な里帰りを終えたわたしが王都に戻ると、クラリッサに連れられて再び宇宙港へと上がる事になった。


 そして……


『――というわけでステラには、わたくしが戻るまで冒険者として活動してもらう事にしたわ!』


 ホロウィンドウの中で腕組みしながら、エリス様は唐突にそう切り出す。


「はぁ……」


 なにが、というわけなのかがイマイチ、ピンとこないままに、わたしは間の抜けた声で応える。


『なによ、嬉しくないの?

 ――おまえ、洗礼の儀では冒険者になりたいって言ってたじゃない』


 と、ウィンドウに顔を寄せて言い募るエリス様。


 わたしはウィンドウの枠外に立つクラリッサに目線を向ける。


『――実は、エリス様がステラを魔属ヴィランにしようとしてたから……』


 エリス様に聞かれないようにか、クラリッサはローカルスフィア経由の通信でそう応えた。ついでに国王様と魔王様、セバスさん達の会議内容も映像記憶として送られてくる。


 ……なるほどなるほど。


 要するにエリス様のムチャ振りがあって、わたしの知らないところで国王様と魔王様の間で取り合いが発生して――なんとかクラリッサが落とし所をひねり出した結果の、エリス様の発言ってワケね。


 の内容が理解できて、わたしは改めてホロウィンドウの中のエリス様に顔を向けた。


「わかりましたけど――冒険者ってなにをすれば良いんですか?」


『おまえは今、大銀河帝国内のファンタジーランドファンの間では、新キャラとしてかなり人気になってるの。

 プロディース部門が頑張った結果ね』


 わたしの知らないところで、そんな事になっているらしい。


 そういえば海賊との戦闘も、アーカイブ配信されるってセバスさんが言ってたっけ。


『そこでプロデュース部門と脚本部が、新規イベントを企画したわ』


 エリス様はノリノリだ。


『わたくしの騎士に任じられたおまえは、けれどまだ騎士としての職業キャストを得たばかりの子供に過ぎない。

 王城勤めをするには、まだまだ幼いわ』


 職業キャストとしての騎士って、洗礼の儀では騎士見習いを与えられるものなんだって。


 で、成人まで訓練を重ねて、叙勲という儀式を経ることで初めて騎士になれるんだとか。


 クラウフィードが起こした騒動を収める為とはいえ、わたしはそういうのをすっ飛ばして、本物の騎士――それも帝国近衛になっちゃったからね。


 職業キャストもそれに準じて、近衛騎士になってるけど、さすがに大人に混じって王城に詰めるのは不自然って設定ことにしたいみたい。


『だから、修行として冒険者と共に各地を巡るっていうのが、新たに作られたおまえの設定よ』


 ウィンドウの中で、ビシリと指を突きつけてくるエリス様。


『――そういう設定で、ステラは冒険者――お客様をガイドするという事ね』


 すでにファンタジーランドのお仕事をしているというクラリッサは、わたしのローカルスフィアに冒険者についての情報を送ってくれる。


 冒険者希望のお客様は、冒険者ギルドに所属するのがルール。


 ギルドはお客様の希望や戦闘能力から安全面を考慮して、仲間の冒険者として護衛スタッフを紹介、同行させるシステムらしい。


 他には戦闘能力がないお客様が観光目的で、ギルドに護衛依頼を出すこともあるそうだけど、そういう場合も護衛スタッフを同行させるのだとか。


 中には護衛依頼を受けてみたいというお客様も居て、そういう場合は護衛したいお客様と、護衛されたいお客様、そこに護衛スタッフが混じったパーティになって、お客様同士のちょっとした出会いの場になることもあるそうだ。


 ……ふむ。


 正直、故郷の森と王都――バートリー家の王都屋敷しか知らないわたしとしては、これは良い機会なんじゃないかな?


 宇宙からファンタジーランドを見下ろしたし、地図や本で地名や観光名所は知っているけど、実際に行った事はないもんね。


 お仕事として、そういうところに行けるのなら、けっこう良いのかも。


 前世でも入院生活が長くて、どこにも行けなかったもんね。


 せっかく元気な――宇宙戦艦を投げ飛ばせるほどに元気過ぎる身体に生まれ変わったのだから、あちこち見て回るのも良いかも知れない。


「わかりました、エリス様っ! わたし、冒険者やってみます!」


『そ、そう? まあ、おまえが納得してくれたなら良かったわ』


 急に目を輝かせたわたしに、エリス様はややヒキ気味で。


『ちなみにおまえ、魔王の側近に興味は――』


 ああ、クラリッサが送ってくれた会議のアレね。


「――ないです!」


 プルプルと首を横に振って応える。


 魔王様の側近なんて、魔王城から出られなそうだし。


 魔属領にある観光地には興味あるけど、そこには冒険者でも行けるもんね。


 わたしの返事を受けて、エリス様は残念そうにため息。


『それじゃあ、さっそくおまえの装備を用意させるわ』


「――ところでエリス様」


 話が一段落したようだから、わたしはホロウィンドウが開いて、からずっと気になってた事を聞いてみる事にする。


「その、『反省中』って首から下げてる看板、なんですか?」


「――ブフッ!?」


 クラリッサが噴き出して顔をそむけた。


『お、おお、おまえが知る必要はないわ! お、王女としてのお仕事なのよ!』


「――グッ!」


 今度は部屋の隅に控えていたセバスさんが喉を鳴らして、苦しそうにむせ始める。


 まあ、わたしにはわからない――政治がどうとか、そういうお話なんだろう。


『と、とにかく! わたしが帰るまで、おまえはしっかり冒険者しておくこと! いいわね!』


「は~い」


 そうしてホロウィンドウが閉じられて。


 わたしは冒険者として――お客様の護衛兼ガイドとして働く事になったんだ。





「――ステラちゃん、ご機嫌ね? どうしたの?」


 お昼をやや回った頃にたどり着いた休憩所で。


 設営されたベンチに腰掛けながら、冒険者になった経緯を思い出していたら、レイチェルさんにそんな風に声をかけられた。


「あは、わたし、実は辺境の森育ちで、他所の土地って行ったことなくて。

 だからこうして、旅ができるのが嬉しいんですよね」


「まあ、十歳だと、余計にそうよね」


「レイチェルさんは旅慣れてますよね」


「そりゃ、配信の為にマリエとふたりでいろんなトコに行ったからねぇ」


 と、レイチェルさんはわたしの隣に腰掛けながら、広場の隅に石を組んで作った竈で料理しているマリエさんに視線を向ける。


「ああいう料理の仕方も、それで覚えたんですか?」


 冒険者は基本的にお客様だ。


 だから、街道脇に一定距離ごとに設けられた休憩所には、専用の宇宙港直結の転送ポートが設置されている。


 お客様はそれを使って一時的に宇宙港に戻り、レストランなんかを利用して食事ができるようになっているんだ。


 けれど、レイチェルさん達は冒険者気分を味わいたいと、王都で仕入れた食材をこの場で調理する方法を選んだ。


 ティアちゃんもそれに同意して。


 キャンプ料理が得意だというマリエさんが、さっそく腕を振るい始めたというわけだ。


「それにしても、おふたりの鞄、便利ですよねぇ」


 わたしはマリエさんが、次々と食材を取り出す鞄を見ながら、そう呟く。


 ふたりの持っている鞄は、超光速航法技術の応用で、空間拡張機能と時間停止機能あるのだという。


 見た目よりたくさん入るし、入れたものは時間経過しないというシロモノ。


 まるで前世の小説に出てくる、魔法の鞄だ。


「あら、それを言ったら、ステラちゃんは量子転換炉クォンタムコンバーターがあるじゃない」


 と、レイチェルさんは、わたしの左手の甲にある青い菱形結晶を指差す。


「登録したものは、なんでも再構築できる現代の願望器。

 鞄すら持ち歩く必要がないって言うんだから、あたし達みたいな旅行者には本当に羨ましくて仕方ないのよ?

 残念ながら、<大戦>中の技術みたいだから、騎士になるしか入手方法がないのよねぇ」


「ああ、言われてみれば」


 レイチェルさん達の鞄が魔法の鞄だとしたら、量子転換炉クォンタムコンバーターは、前世のWeb小説で読んだ、アイテムボックスとかインベントリとか呼ばれる能力みたいなものになるのか。


 初期登録されてたのが兵器ばっかりだったから気づかなかったけど、登録していけばそれこそアイテムボックスのように使えるんだ。


 試しに足元にある石を手に取って、結晶をかざして。


「――此れにしばしの眠りを」


 わたしは短くコマンドを謳う。


 青の結晶がほのかに光って石を照らし出したかと思うと、その光に溶け込むようにして消失していく。


 直後に視界に登録リストが表示されて、一番下に『自然石1(小)←New!』と示された。


 リストに登録されたばかりの『自然石1(小)』を選択。


「――目覚めてもたらせ」


 続くコマンドに再び結晶が青の輝きを放って。


 目の前に石が出現し、そのまま重力に従って足元に転がり落ちた。


「おおぉ~!」


 まさにアイテムボックス!


 前世で読んだ小説そのまま!


 鼻をフンフン言わせて興奮するわたしを、レイチェルさんは微笑ましそうに見つめる。


「ね? なんでも保管できちゃうんだから。

 ほんと、騎士って羨ましいわ」


「ありがとうございます、レイチェルさん!

 わたし、こんな事できるなんて思いつきませんでした!」


 量子転換炉クォンタムコンバーターは兵器を収納しておくものだと思っていたから。


 でも、そうだよね!


 兵器を収納――登録できるなら、普通のものだって登録できるはずで。


 なにも兵器だけを登録しておく必要なんてないんだよね!


「ああ、ステラちゃんは騎士になりたてなんだものね。知らなかったのね」


「はい。しゅぎょう中なんです! だから、気づいた事があったら、なんでも教えて下さいね!」


 胸の前で拳を握り締めると。


「ああ、ホっント、可愛い!」


 レイチェルさんはだらしなく顔を緩めて、わたしに抱きついてきた。


「わ、わ、わわ――レイチェルさん、落ち着いて!」


「このままお持ち帰りしたい~」


 慌てるわたしに、けれどレイチェルさんは包容を解いてはくれない。


「――戻りましたー」


 と、おトイレの為に、転送ポートで宇宙港に戻っていたティアちゃんが戻ってきて。


「おかえり~、ティアちゃん、ちょうど良いタイミング。そろそろ完成よ」


 マリエさんが首を巡らせて、そう応えた。


「あ、じゃあ、お皿の用意、お手伝いします!」


 ティアちゃんがマリエさんに駆け寄るってそう言うと、ティアちゃんにうなずきを返したマリエさんは、そのままわたし達へと視線を向けて。


「……で、アンタはなにしてんの? レイチェル」


「なにって、ステラちゃんの独占よ!」


 じっとりとした半目をマリエさんに向けられても、レイチェルさんはわたしを離してくれなかった。


「た、助けて、ティアちゃ~ん!」


 よく晴れた昼下がりの休憩所に、わたしの悲鳴が響き渡った。

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