第1話 4
「――姫様、ご指示通り、今回の件に関わった者達の拘束が完了したそうです」
「そう、ご苦労さま」
執務室にやってきたクラリッサに、わたくしは頷きを返す。
照明を受けてきらめく金髪は、クセが強いわたくしと違って、サラサラとまっすぐでうらやましい。
祖母がファンタジーキングダムの王妹だったから、クラリッサの容姿にもその特徴が受け継がれているのよね。
そんな王族由来の青の瞳は、いまは物言いたげにわたくしを見つめていて。
「なに?」
わたくしが首を傾げると、クラリッサは頬を膨らませた。
普段は――洗礼の儀を受けて世界の真実を知ってからは、大人然とした態度を心がけるようになった彼女だけれど、ふとした時に、こうして十一歳という年相応の仕草をみせるのがおかしい。
「……申し上げなくても、わかってらっしゃいますよね? ステラの事ですっ!」
去年、わたくしが赴任した時から、秘書として働いてくれている彼女は、だからこそこうなると遠慮がない。
「あの子が十五で成人するまで、我慢するって約束しましたよね?
それがなんです! ちょっと見るだけって出向いておいて、その場で近衛にしちゃうなんて!
そんなにキャプテン・ノーツの孫を近衛にしたかったんですか?」
すっごい剣幕でまくし立ててくる。
クラリッサがステラを妹のように可愛がってるという噂は聞いていたけれど、まさかこんなに怒るとは思わなかったわね。
でも、わたくしにも言い分はあるのよ?
「確かに最初はキャプテン・ノーツの孫だから、わたくしの近衛にしたいと思っていたわ。
マルチロール型ハイソーサロイドなんてレアキャラ、わたくしにこそ相応しいでしょう?」
クラリッサの目が細められる。
「――待って。最後まで聞いてちょうだい。
でも、それだけなら約束通り、あの子が十五になるまで待つつもりだったし、判断もあの子に委ねるつもりだったの。
――本当よ?
でもね……」
執務机の向こうに立つクラリッサに、わたくしは首を振ってみせた。
「……一撃だったわ」
「は?」
「こんな事ってあるのね……」
「姫様? なにを仰っておいでで?」
はあ、どれだけ大人ぶっていても、所詮、クラリッサはまだまだ十一歳の小娘よね。
婚約者のユリウスとの仲は悪くはないようだけど、一緒にお茶して満足してる程度のようだし。
この気持は、彼女にはまだわからないんだわ。
首を傾げるクラリッサに、わたくしは立ち上がって拳を握ってみせる。
「――一目惚れだったのよっ!」
「――はあっ!?」
クラリッサが淑女らしくない、大きな声で驚いた。
「あのサラサラの白糸のような銀髪!
ナノ単位で計算しつくして磨かれたような紅玉の瞳!
ぷにぷにのほっぺ!
ああ、くるくると変わる表情も可愛らしかったわ!」
「ひ、姫様!?」
「そもそもおまえ、ズルいわ!
あんな可愛い子をずっと隠しておくなんてっ!」
何度も会ってみたいって言ったのに、バートリー公爵もクラリッサも、会わせてくれなかったのよね。
「そ、それは……姫様がそうなると思ったからですよ!」
「うっ……ぐぅ……」
そう言われると、わたくしは黙るしかないわね。
だって、本当に本当に、ステラはわたくしの好みのど真ん中なんですもの。
クラリッサはため息。
「それで、勢いそのままに、あの子を近衛にしちゃったという事ですか?」
「今すぐ近衛にしなくちゃって、
それでも一応、我慢しようとしたのよ?
あと五年待てば、大手を振ってあの子を近衛にできるんだもの。
あの子、冒険者になりたがってたから、特例として冒険者を割り振るつもりでいたの」
本来、冒険者は来園者しかなれない職業だけど、いずれ外を知る事になるあの子なら、構わないと思ったし。
「でも、そこに来て、
「そう、それです! いったいなにが起きたんですか?」
今回の件は、極秘裏に動く必要があったから、クラリッサは関わってないのよね。
彼女の青い目は、早く詳細を知らせろとばかりに、わたくしを見据えてギラギラと物騒な光を帯びている。
「ちょっと長くなるから、おまえもかけなさい」
と、わたくしはクラリッサに執務机の前にある応接ソファを勧め、わたくし自身もそちらに移り、ローテーブルに置かれた球体の器具に触れる。
「――目覚めてもたらせ、レプリケーター」
「紅茶ふたつ。銘柄は任せるわ」
球体は虹色に発光し、わたくし達の前に淹れたての紅茶が並べられた。
「またセバスさんに怒られますよ?」
「あいつ、いちいちうるさいのよ。お茶なんて呑めれば、天然モノだろうと合成品だろうと一緒でしょうに。
構成してる量子配列は一緒なんだから」
「それでも天然のものを摂るのが皇族の仕事だって、セバスさんなら言うでしょうね」
「ぐっ……なんかクラリッサ、最近、セバスに似てきたわ」
呻いて応えると、クラリッサはそれはそれはイイ笑顔でうなずく。
「尊敬するお師匠様ですから」
「そうして、また小うるさいのが増えるってわけね……」
わたくしはカップを傾けて、ため息をつく。
対するクラリッサはジト目だ。
「そ、そうそう。クラウフィードの話だったわね」
このまま続けていたら、お説教が始まりそうだったから、話を戻す事にした。
クラリッサもおどけるのをやめて、表情を引き締める。
「まず、事の起こりは、あいつが成人の儀を受けて、この世界のあり方を識った事にあるの」
「まあ、私もそうでしたけど……衝撃的ですからね」
クラリッサはうなずく。
「おまえはそれでも、役割と立場を理解して、わたくしに仕えてくれているでしょう?
けれど、アレは違ったのよ」
この世界と、外の存在を識り、そしてわたくしの立場を識ったクラウフィードは、野心を持ってしまった。
「わたくしを排除できれば、王族――王太子で、行く行くは王になる自分がこの星の支配者になれると考えてしまったようね」
わたくしの言葉に、クラリッサは呆れたように目を丸くして、それから深々とため息。
「成人の儀で圧縮教育を受けたのですよね?
確かに姫様はこの星のオーナーですが、運営は陛下と魔王様、そして執行部の合議制なのを理解できなかったという事ですか?」
「……あくまで圧縮教育はローカルスフィアに知識を刻むだけだから。
それをどう理解するかは、本人の素養しだいって事なのかしらね……」
報告を聞いた時の、わたくしの気持ちがわかるかしら?
「圧縮教育の……万能科学の敗北を感じたわ……」
あそこまで愚かだとは思ってなかったのよ!
いくらこの星の外を知らないとはいえ、王族の子よ?
もっと政治的な判断ができると思うじゃない!
いえ、愚かだとは思ってたわ。
だから成人の儀まで、真実を伝えなかったのだし。
でも、その想定を遥かに越えて、愚かだったのよ!
「え、ええと、それで……」
先を促すクラリッサ。
「あのバカは、盛んに外の人間――お客様やここの人間に接触を持つようになったわ。
情報収取とコネクション作りだったんでしょうね。
そんなあいつに、目をつけたのが海賊達よ」
「ああ、近頃、やたらとこの辺りで動き回ってましたね」
「そう。警備隊の出動回数が増えて、お父様に増員をお願いしたくらいなのよ」
幸いな事に、まだ直接的な被害は出ていなかったのだけれど、だからこそ、彼らは今回のような絡め手を使ってきたのだとも考えられるわね。
「今回捕縛したセシリアは、
特にプリンセス・ストーリーに強い憧れがあったみたい。
クラリッサ、おまえの時のイベント配信も、何度も見返したそうよ」
「……いい迷惑ですね」
「この世界の支配者になりたいクラウフィードと、プリンセス・ストーリーに憧れるセシリア。
そんなふたりを海賊達は引き合わせたの」
スタッフの中に海賊に買収された者がいた事に気づけなかったのは、わたくしのミスね。
「セシリアは海賊達に、
それで自分の<
そして、クラウフィードはメインスフィアを掌握しきれていない事を理由に、わたくしを排除しようと目論んだみたい」
洗礼の宝珠は、制限付きとはいえ、メインスフィアにアクセスできる端末になっているわ。
一般人は儀式の時しか触れられないけれど、王太子であるクラウフィードなら気軽に触れられる。
セシリアからウィルスを受け取ったクラウフィードは、事前に宝珠にそれを仕込んだのでしょうね。
「あの、不思議なのですけど、そこになぜステラが関わってしまったのでしょう?」
クラリッサの疑問はもっともね。
わたくしもあの場に至るまで、気づかなかったくらいだもの。
「ふたつの意味があるわね。
ひとつは、わたくしがいずれあの子を近衛にすると、宣言していた事」
ディラン・ノーツ様が王城を訪れて、お話をしてくれた時、王族は全員、あの場にそろっていたもの。
「帝国騎士――それも近衛ともなれば、状況次第では小国のトップに匹敵する発言力を持つの。
「……なんと浅はかな……」
クラリッサは額に手を当てて首を振る。
そうよね。彼女にしてみたら、未来の義兄の愚行だものね。頭を抱えたくなるのもわかるわ。
「ふたつ目は、だからこそって言うべきかしらね。
わたくし達は、ディラン様からステラがハイソーサロイドだと聞かされていたのよ。
おそらく宝珠から<
だから、わたくしが出向いて、彼女が望む<職業>を割り当てるつもりでいたのだけれど。
「……クラウフィードは、<職業>が与えられないから魔属という事にしようとしたって供述してるわね」
そして、拘束のゴタゴタの最中に、細工された宝珠を事故で破損させて、証拠隠滅を図ろうとしていたみたい。
ところが、実際はステラが持つ強固な
「わたくし、あの時、笑いを堪えるのに必死だったわ。
さすが
まさか
けれど、クラウフィードはすぐには気づかなかったけど、それはそれであいつの目的は達成された事になるわけで。
クラウフィードは戸惑ったようだけど、セシリアは頭の回転が早かったわね。
すぐにシナリオを修正して、魔属だから宝珠が割れた事にしたんだから。
そして、ステラを庇ったわたくしまで、魔属堕ちしたということにしてのけた。
「だから、ステラを近衛にしたのは、仕方なかった事なのよ。
あの場に居合わせた皆を納得させるには、クラウフィードとセシリアこそが魔属であると、わからせる必要があったの」
クラリッサはカップを傾けて、それからため息をひとつ。
「ステラを近衛にしたのは、あくまで事故だったというのは理解しました。
魔属にされそうになったのを救ってくださった事も、あの子の姉代わりとしてお礼申し上げます」
「そうよ。おまえはわたくしに感謝すべきだわ」
「――ですが! 勝手に近衛をお決めに――一生に一度の力を安易に使ってしまった事、きっと先代様――本国のお父様はお怒りになるのでは?」
「――うっ! そ、それは黙ってれば……」
「セバスさんがすでに報告済みだそうですよ。
姫様からも、詳細をお伝えになった方がよろしいかと」
「ええっ!?
だって、この後、ステラが来るのよ?」
昨日の事件の事とか、これからの事とか、いろいろ話さないといけないのに!
「私が対応しておきますので、姫様はご報告を。
先代様も姫様には甘いところがありますから、詳細を申し上げれば、ご理解頂けるはずですよ」
と、クラリッサは持ち前の整った顔で、綺麗に微笑んで見せる。
「ぐぅっ……さ、さっさと済ませてくるから、勝手にステラを帰らせるんじゃないわよ!? 良いわね!?」
「心得ております。さあさ、ですから姫様はお急ぎくださいませ」
そうしてわたくしはクラリッサに追い出されるようにして、執務室を後にする。
「――おまえ、本当にそういうとこ、セバスに似てきたわ!」
超光速通信室に急ぎ向かいながら。
それでもわたくしは間違ってないと、自分に言い聞かせる。
唇に触れれば、あの瞬間の事が思い出されて、自然に頬が赤くなった。
まだ皇族としても王族としても、なにも成せてないわたくしだけど……
……だけど。
わたくしはきっともっと、ずっとずっとすごい事ができるって。
あの瞬間、そう確信したんだもの!
★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★
ここまでが1話となります~。
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