航宙兵になっちゃた

第2話 1

 翌日、わたしは公爵邸に迎えに来てくれた馬車に揺られて、再び王城へとやって来ていた。


 ミナは今日もついて来ようとしてくれたのだけれど、招待されてるのはわたしひとりという事で使者さんに断られちゃって。


「今日はクラリッサ嬢も同席されますから、ご安心を」


 使者さんがそう伝えると、ミナは泣く泣く諦めてくれた。


 そっか。クラリッサも一緒なんだ。


 一年前の洗礼の儀で<お姫様→お妃様>の職業を受けてから、クラリッサはお妃様教育を受ける為に、毎朝早く王城に出かけていく。


 だから、前みたいに気軽に話す機会が少なくなってて、寂しいって思ってたんだ。


 エリス様とのお話が終わったら、クラリッサともゆっくりお話できるかも。


 昨日と違って、今日向かう先は外宮ではなく、お役人がお仕事してる内宮をさらに通り抜けて、奥宮まで連れてこられた。


 多くのお客様を出迎える外宮は絢爛豪華。


 実務を執り行う内宮は質実剛健。


 そして今いる奥宮は、派手ではないけれど、どこか温かみのある――生活の雰囲気が漂っていて、公爵邸の雰囲気に似ていると思った。


「――こちらでございます」


 と、案内してくれたメイドさんが、部屋のドアをノックする。


 すぐに応答があって、ドアを開いたのは、昨日、謎のナレーションをしてた執事のセバスさんだった。


「――お待ちしておりました、ステラ様」


 そう言って笑顔を見せるセバスさんは、相変わらずのイケボだ。


 部屋の中は、公爵邸のクラリッサの部屋でも見かける、華美ではないけどお高そうな調度品ばかりで、わたしはなるべく近づかないようにして、セバスさんの後に続いた。


「ささ、こちらへどうぞ」


 セバスさんは笑顔のまま、隣の部屋に続くドアを開く。


「――ふぇっ!?」


 わたしは驚いて、変な声を出しちゃった。


 だって、ドアの向こうは隣室じゃなくて、虹色の膜みたいなものに覆われていたから。


転送器トランスポーターです。姫様は上――宇宙港にてお待ちですよ」


「と、とらんす? う、うちゅうこう……」


 エリス様に与えられた知識で、ここがだと理解していたつもりではいたけど、こうしてSF的な言葉を聞かされると、本当にそうなんだと実感させられる。


 そう。そこなんだよねぇ……


 確かにわたしは前世で異世界転生に憧れてたよ?


 ずっと病院のベッドで本ばっかり読んでたからね。


 異世界転生なんてモノを知って、自分も――なんて、幼馴染と良く話してた。


 あの頃には、自分が決して長くないのがわかってたからね。


 ……きっと希望が欲しかったんだと――今ならそう思う。


 でもさぁ……異世界転生ってこう……


 目の前のトンデモ科学装置を見ながら、そんな事を考えていると。


「――ステラ様?」


 セバスさんが不思議そうに声をかけてきて。


「あ、はい!」


 わたしは慌てて、なんでもないと笑顔を浮かべてみせた。


 引きつってないと良いけど。


「さあ、参りましょうか。お手を失礼」


 ごく自然にわたしの手を取ってくれるセバスさんは、本当に紳士でダンディだと思う。


 ふたりで並んでドアを潜る。


 ゴムみたいな感触がしそうに思えたのだけれど、虹色の膜はなんの抵抗もなく、わたし達を受け入れて、次の瞬間――本当にドアをまたいだだけの感覚だった――には、わたし達はいかにもSFって感じの部屋にいた。


 金属っぽい壁に、曲面の多いパステルカラーの調度品が目に飛び込んでくる。


 先程までの部屋とは、文化そのものが違うようなデザインだ。


 素材不明なものばかりで、物珍しさにあちこち見回しちゃう。


 天井に埋め込まれた照明は、柔らかい暖色で、気分をほんわかさせてくれた。


 そして、なによりもわたしの目を引いたのは、壁の一面を占める大窓だ。


「ふ、ふわあぁ……」


 地上で見上げるより大きな緑の月ディトレイアと、きらめく星々を背景に巨大な輪をした構造物が見えた。


 輪の中は、さっき潜ったドアみたいに、虹色の膜が張ってあって、そこから大きな紡錘形をした構造物が出入りしてる。


 あれは宇宙船で良いのかな?


 前世で幼馴染が見せてくれたアニメに、似たようなのが出てたような……


「――恒星間転送路トランスファー・ゲートよ。地上では虹の月ステイシオンって呼ばれてるけどね」


 笑いを堪えるような少女の声に、わたしは窓から振り返った。


「――クラリッサ!?」


 糸みたいに細い金髪を背中に流し、青い目をいたずらっぽく細めて、クラリッサはわたしにうなずく。


「世界の裏側へようこそ、ステラ。

 ファンタジーランド運営はあなたを歓迎するわ」


「――ファンタジーランド? ていうか、クラリッサはなんでここにいるの?」


「ああ、そうね。そこからよね。私もステラが仲間になるから、ちょっと舞い上がっちゃってるみたい」


 と、クラリッサは赤くなった頬に手を当てて、困ったように笑う。


「まずはお掛けになってはいかがですかな? お茶の用意を致しましょう」


 セバスさんにそう勧められて、わたしとクラリッサはローテーブルを挟むように左右二つづつ配置された、卵型のソファに向かい合うように腰を下ろした。


 セバスさんは壁際にある棚から、ティーセットを用意し始める。


 すごく手慣れた感じ。


 その手付きが綺麗で見惚れていると、クラリッサが小さく咳払い。


「ええと、そうね。ステラはエリス様の近衛騎士になったって聞いたけど……」


「そうなんだぁ。クラウフィードに追放されそうになっちゃってね。

 エリス様が助けてくれたの」


 わたしは昨日あった事を説明する。


「でも、なんであいつがあんな事したのか、いまいち良くわかんないんだよね」


 黙って聞いていたクラリッサは、うなずきをひとつ。


「それを説明する為にも、私達の世界とその裏側を正しく識ってる必要があるのだけれど、<近衛騎士>はどこまで教えてくれたのかしら?」


 <近衛騎士>になるに当たって、わたしには必要な知識が与えられている。


 その中には、この世界についての事柄も含まれていて。


「この星は、既知人類圏ノウンスペースの半分を占める、大銀河帝国の構成国、サーノルド王国内にある惑星、なんだよね?」


 ――そうなんだよねぇ……


 てっきり剣と魔法のファンタジー世界だって思ったのに、実はSFなんだよ……この世界。


 前世では、そっちの分野は手を出してなかったから、せっかくの異世界転生だっていうのに、まるで知識がないのよ。


 むしろ<近衛騎士>が与えてくれる知識の方が、役立ってるように思える。


 地球より遥かに文明の進んだ、科学万能な世界だから知識チートで俺TuEeeeeeeなんて、とてもじゃないけどできそうにないんだよねぇ。


「そうね。そして、この惑星はある目的で運営されているの」


 そう、それが一番、謎というか、納得がいかない。


「ファンタジー風テーマパーク、なんでしょ?」


 なんだそれ、だよ!


 惑星一個まるまるがテーマパークってなにさ!


「銀河帝国内の懐古主義やファンタジー好き、ゲーマーなんかのお客様に、リアルな夢を提供するのが、この惑星のお仕事なの」


「――スケールが大きすぎるよっ!」


 思わず、わたしは叫んでいた。


「私も最初はそう思ったわ。でも、お客様に接するようになって、やりがいを覚えたのよ。

 夢を求める皆様に、私達の日常リアルをご覧頂くことで、ご満足して頂けるの。素敵よねぇ」


 クラリッサは去年、<職業キャスト>を得てから、こちらの仕事に携わるようになったそうで。


 王妃教育っていうのは、登城する口実だったんだって。


 大臣とかのお城の上層部は、この星の事実を知っていて、その運営にも携わってる。


 だから、当然、クラリッサのお父さん――バートリー公爵も知っているのだけれど、お屋敷のみんなは知らないからね。


 言われてみればそうだよね。


 <職業キャスト>って、必要な知識や技術も与えてくれるんだから、わざわざ教育なんて必要ないはずだもん。


 わたしも含めて、お屋敷のみんなは見事に騙されてたってわけだ。


「昔――二百五十年前の、この惑星に入植したての頃は、みんながテーマパークという事を知っていたそうなのだけれど、彼らはお客様によりの提供を目指したそうなの」


 結果、王族やバートリー家のような、一部の重要な役割を担った貴族家の当主にのみ、その事実を継承する事にしたのだとか。


 大臣なんかは、就任してから教えられるんだって。


「銀河帝国のファンの間では、当時の開拓スタッフ達を『カスタマーサービスの英雄』と呼んで、今では伝説に謳われているそうよ」


 その英雄の中に、バートリー家のご先祖様も含まれているからか、クラリッサはどこか誇らしげだわ。


 つまり、徹底的に科学技術を隠蔽して、剣と魔法のファンタジー世界を目指したのが、この星――ファンタジーランドというわけだ。


 <近衛騎士>を与えられるまで、わたしが魔法と思っていたのは、量子干渉技術を用いたソーサル・スキルと呼ばれるモノで――三百年ほど前に終結した、<汎銀河大戦>中に生み出された超科学技術のひとつなのだという。


 魔道器だと思っていたのは、そのまま科学の産物だったってわけだ。


「それでね、この世界がどういうところかわかったところで、クラウフィードの事を説明するわね?」


「そういえば、それを聞きたかったんだった」


 知識としては知っていたけど、実際にクラリッサから現実を突きつけられて、わたしちょっと現実逃避しちゃってたみたい。


「実はね……」


 そうして、クラリッサはクラウフィードあのアホが目論んだ陰謀の説明を始めたんだけど……


 ……その内容は、本当にバカみたいなものだったんだ。

 

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