第1話 2

 ホールに響き渡った怒声に、誰もが祭壇の上のわたしと王太子殿下に注目した。


 わたしも殿下のあまりの剣幕に首を竦める。


「貴様っ! なにをしたっ! なんの目的があって、洗礼の宝珠を破壊したっ!?」


「――そんなっ! わたし、なんにもしてないです!

 みんながしてたように、ただ宝珠に触れただけっ!」


「それでリライト・ポータルが――洗礼の宝珠が壊れるかっ!」


 殿下の剣幕に、ホールに居合わせた係の人達や子供達がざわめきだす。


「ひょっとしてその子……魔属ヴィランなのでは?」


 ぽつりとそう呟いたのは、さっき聖女って呼ばれてた子だ。


 ふわふわの茶色髪にナッツ色の瞳で、わたしを毅然と見つめて指差してくる。


「こ、このあたしが聖女に選ばれたから! 魔属ヴィランが邪魔しに来たんですっ!」


 魔属ヴィランっていうのは、北の果てにあるという魔王の領域に暮らす者達の事だ。


 彼らは時折、前触れもなく姿を現して、この国に暮らす人々の生活を脅かす。


 でもでも――わたしが魔属ヴィランっ!?


「――ああ、殿下! あたし怖いっ!」


「大丈夫だ。セシリア。君は私が守る!」


 歩み寄って、ひしりと抱き合うふたり。


 ……なんだこれ?


「……なんだこれ?」


 おっと、口に出しちゃった。


 そんなわたしの呟きを聞きつけたのかどうか。


 王太子殿下は、セシリアを胸に抱いたままわたしを睨みつけた。


「――ステラ・ノーツ!

 おまえなど、この国から追放だ!」


 王太子殿下の怒声に、わたしは身体を震わせる。


 待って、意味がわからない。


 急に宝珠が割れちゃって、聖女がわたしを魔属って言い出して……今度は追放!?


「お、お言葉ですが、殿下っ!

 ステラ様が魔属などと、なにかの間違いです!」


 ミナが叫んで、かばってくれるけれど。


「黙れ! 貴様も追放されたいのかっ!」


 王太子は一喝してミナを黙らせる。


「追放って、なんでですかっ!?」


「魔属の疑いのある者を、国に居させられるか!」


 王太子殿下は完全にセシリアの――聖女の言葉を信じ切ってる。


「衛兵! はやくあの魔属を捕らえろ!」


 彼の言葉に従って、ホールの隅に控えていた衛兵達が駆け寄ってくる。


 どうしよう、どうしよう。


 あんまりな展開と状況に、涙が出てきそうになる。


 意味がわかんないよ。


 おじいちゃん、クラリッサ、わたしどうしたら……


「大丈夫です、ステラ様。きっとなにかの間違いです。

 わたしがお守りしますからね……」


 ミナは恐怖に身を震わせながら、それでも衛兵達からわたしを守ろうと、身体を広げて立ちはだかってくれる。


 でも、このままじゃミナまで一緒に追放されちゃう……


 どうしよう、どうしたら……


 目の前がぐるぐる回って、このまま倒れてしまいそう。


 そんな時だ。


 ――カツリと。


 ヒールが踏み鳴らされる音が、どよめくホールにやたらはっきりと響いた。


 それはエリス様が立ち上がった事によるもので。


「あら、そんな事させないわ」


 半べそのわたしに、エリス様は優しく微笑み、王太子殿下を見据えて、毅然とそう言い放った。


「――クラウフィード。

 まさかまさか、ステラをこんな風に利用してくれるとはね」


 まるで嘲るように、そしてどこか憎々しげに、兄であるはずの王太子殿下に告げるエリス様。


 ひょっとしてお兄さんの事、嫌いなのかな?


「エ、エリス――なにを……」


 王太子殿下は戸惑ったようにたじろいで。


「わたくしがなにも知らないと思った?

 おまえがその女と接触を持つようになってから、怪しいと睨んでいたのよ?」


 よくわからないけれど、エリス様の言葉に、王太子殿下は明らかに焦っていて。


「ぐっ……そ、それは……」


「――ま、魔属堕ちよ!」


 殿下の腕にすがりながら、再度、声を張り上げたセシリア。


「魔属をかばうなんて、エリシアーナ王女も魔属堕ちしてるんだわ!

 きっと魔王は、それほどまでにあたしを恐れているのっ!」


 なんかあの子だけ、さっきから独自の世界観に浸ってる気がする……


 けれど、王太子殿下は彼女のその言葉に全力で乗っかった。


「そ、そうだ! エリスも魔属堕ちしている! 衛兵! あいつも一緒に捕らえろ!」


 それが決定打となった。


 エリス様はわたしのすぐ隣まで来ると、手にした扇を広げて。


「――そう、クラウフィード。おまえはそうまでして、わたくしの敵に回るというのね?」


 誰もが身震いするような、鮮烈な笑みを浮かべて見せた。


 その横顔が、わたしにはひどく格好良く思えたんだ。


「なら、わたくしも身を守らせてもらうわ」


 エリス様はそう告げて。


 ふわりとわたしに振り返り、そっとわたしを抱き寄せる。


「――ステラ、おまえに相応しい<職業>をあげる」


 ひどく無造作に。


「――――ンーッ!?」


 気づけば、エリス様はわたしにくちづけしていた。


 その刹那――辺りが青の閃光に包まれて。


 眩しさに閉じたまぶたの裏に――


《――皇女権限により、対象を近衛騎士に任ずる。

 ――必須知識の転写……開始。

 ――エラー……ローカルスフィア深部に残留記録を確認。

 ――残留記録を補完――活性化。

 ――ローカルスフィアの再構築を開始……》


 文字が表示されては、流れていく。


 ――流れ込んでくるのは、知らないはずの知識と、よく知った記憶かつてのわたしのこと


 ……ああ、そっか。


 ずっとずっと憧れてたから、その記憶がなんなのか、すぐにわかった。


 ――わたし、異世界転生してたんだ……


 そして。


 前世かつてのわたし今の記憶今世が溶け合う。


《――当該騎とアーキソーサラー間のスフィアリンク確立。

 ――マルチロール型ハイソーサロイド、個体名:ステラ・ノーツ

 ――近衛騎士化……完了!》


 青の閃光がわたしの左手の甲に集まって、青い菱形の結晶――量子転換炉クォンタムコンバーターを形成する。


 エリス様が与えてくれた、騎士の証だ。


 わたしにとっては、ひとりの少女の一生を辿るほどの――長い長い一瞬の口づけが終わって。


 エリス様は満足げに微笑んだ。


「これでおまえは、


 与えられた近衛としての知識が、それが言葉通りのものだと教えてくれる。


 わたしの命はエリス様のもので、エリス様が命を落としたなら、わたしは生きていられない。


 これは、そういう契約システム


 だけが、一生に一度だけ使える秘技。


 そんな大事なものを使ってまで、エリス様はわたしを守ろうとしてくれたんだ。


 前世では誰の役にも立てずに終わり、今世ではまだなにも成せてない田舎娘のわたしなんかを……


 ――だから。


 わたしは詰めかけた衛兵達を見据えて、エリス様の前に立つ。


「ステラ、使はわかるわね?」


 背後からかけられるエリス様の声は、確信に満ちたもので。


「大丈夫です!」


 わたしの返事に応えるように、わたしの自我ローカルスフィアに刻み込まれた<近衛騎士>がメッセージを視界に表示させる。


《――ソーサルリアクター、戦闘稼動域に移行》


「――な、なにをしている! 魔属とはいえ小娘だ! かかれっ!」

 

 王太子――ううん。もう呼び捨てで良いよね――クラウフィードが叫んで、衛兵達が飛びかかってくる。


《――事象境界面への干渉を開始します》


 さすがに子供のわたしに武器を抜くような非常識は居なかった。


 両手を広げて飛びかかってくる彼らに、<近衛騎士>は順番を表示。


 その一番の衛兵の左手を掴んで。


「――やあっ!」


 体術は、森でおじいちゃんが教えてくれた。


 <近衛騎士>がそれをより効率的にアシストしてくれて。


 掛け声と共に、わたしは衛兵を


 地面と平行に飛んだ彼は、続いた二番、三番の衛兵を巻き込んでさらに飛び、ホールの壁に打ち付けられて崩れ落ちる。


 ――残り五人っ!


 一瞬で大人三人を制圧したわたしに、衛兵達も警戒する。


 飛びかかってくるのをやめて、じりじりと距離を詰めて。


「……なんなの、あの子……」


「本当に魔属ヴィラン!?」


 そんな声が周囲から聞こえてくる。


「しょ、正体を表したな! その子供とは思えない力! やはり魔属だ!」


 クラウフィードがわたしを指差して叫んだ。


「ステラ、あのバカを黙らせる為に、一気に制圧なさい」


「はい、エリス様!」


 改めて<近衛騎士>が残る衛兵達に番号を振る。


 ご丁寧に狙う箇所には的まで示されてるくらいだ。


 わたしはその順通りに的を狙って、拳を振るい、蹴りを繰り出し、手を掴んで振り回して、瞬く間に五人を制圧した。


 <近衛騎士>の指示は的確で、衛兵達は昏倒してピクリとも動かない。


「――お疲れ様、ステラ」


 そうしてエリス様は、ざわつくホールにヒールを響かせ、手にした扇でクラウフィードを指した。


「どうかしら? これがおまえがその女と組んでまで手に入れたかった力よ」


「――だっ、なっ、あっ……」


 エリス様の指摘に、クラウフィードは絶句する。


 顔が青くなったり赤くなったりして、すごく気持ち悪い。


「さあ、どうするのかしら?」


 エリス様がイイ笑顔で小首を傾げると、クラウフィードの腕にセシリアが縋り付いた。


「クラウフィード様、負けないで! あなたにはまだ、アレがあるでしょう?」


 その言葉に、クラウフィードは弾かれたように顔をあげた。


「そうだ。私が直接やってやる! まだ私は終わってないっ!」


 声高に叫んだクラウフィードは、胸の前で左手を握る。


 その中指には、複雑な刻印が施された指輪がはめられていて。


「――来たれ、我が刃!」


 それは魔法――ソーサル・スキルを喚起するコマンド


 彼の背後に複雑な幾何学模様――転送ゲートが開いて、そこから五メートルほどの巨大な影が浮かび上がる。


 セシリアがクラウフィードから離れて、壁際まで退避する。


 現れたのは、寸胴短足な甲冑。


 ――前世で言うところのSDフォルムな人型をしたそれは、この世界では兵騎と呼ばれる対魔獣兵器。


 その胸部装甲が開いて、クラウフィードを収める。


 ホールに悲鳴が響き、子供達が逃げ出す。


「――ステラ様ぁ!」


 人混みに揉まれて、ミナがわたしの名前を呼んだ。


「大丈夫だから、安全なところにっ!」


 もう、わたしは守られるだけの――なにも知らない子供じゃない。


 エリス様がくれた、知識と力がある!


 だからわたしは、ミナにそう応えて。


「――さあ、盛り上がって来たわね」


 エリス様が背後で、楽しげに呟く。


 もう、恐怖なんてどこにもない。


 兵騎の面に空いた六つのスリットを見据える。


 その奥に赤い光が灯って。


 わたしは胸の前で左の拳を握り締めた。


《――兵装選択》


 量子転換炉クォンタムコンバーターが強く輝く。


「殿下、ひとつ教えてあげる」


 右手を前に突き出しながら、わたしは腰から長剣を抜き放つ兵騎に語りかけた。


「わたしはね……」


 大人の背丈ほどもある長大な剣が振り上げられる。


 前世からずっとずっとそうだった。


 それこそ、両親と幼馴染が呆れるほどに、わたしはずっとそうしてきたんだ。


「――やられたら、絶対にぜったい、やりかえす女よっ!」


 量子転換炉クォンタムコンバーターが顕現したを握りしめながら、わたしは兵騎に笑ってみせた。

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