皇女様の幼女騎士は、今日も銀河を盛り上げます! ~異世界転生に憧れたわたしの転生先は、『スペース』付きのファンタジー世界でした。~

前森コウセイ

第一部 ファンタジー惑星のお姫様

近衛騎士になっちゃった

第1話 1

「――ステラ・ノーツ!

 おまえなど、この国から追放だ!」


 王太子殿下の怒声に、わたしは思わず身を竦ませた。


 そんなわたしに彼女――エリス様は優しく微笑み。


「あら、そんな事させないわ」


 王太子殿下に、毅然とそう言い放つ。


「――ステラ、おまえに相応しい力をあげる」


 そうしてエリス様はわたしにくちづけして。


 ――流れ込んでくるのは、知らないはずの知識と、よく知った記憶かつてのわたしのこと


 ……ああ、そっか。


 ずっとずっと憧れてたから、その記憶がなんなのか、すぐにわかった。


 そして。


 長い長い――口づけが終わって。


 ――彼女は満足げに微笑んだ。


「これでおまえは、わたくしのものよ」





 ――それはひとりの少女の、あまりにも短い一生の記憶。


 生まれつき内臓に疾患を抱えて生まれた彼女は、幼い頃から入退院を繰り返し続け、その一生のほとんどを病室で過ごした。


 幸いだったのは、優しい両親や幼馴染の少女が最後まで寄り添ってくれた事。


 だから、彼女はその不遇な人生において、それほど悲観的にならずに最後を迎える事ができた。


 好きなものは読書。


 病室ではない何処かへ――空想の中だけとはいえ、連れ出してくれるから。


 長い長い入院生活の中で、数少ない楽しみのひとつだった。


 幼馴染が勧めてくれるタイトルを、とにかく片っ端から読み漁り、両親がタブレットを買ってくれてからは、Web小説にも手を出した。


 夕暮れの病室で、幼馴染みとお気に入りのタイトルについて語り合うのは、いつしか日課になって。


 ――それは人生最後の日まで続いたんだよね……


 ……ああ、最後の言葉が本の感想なんて、両親にもあの子にも、悪い事をしたなぁ。


 他にも色々、伝えなきゃいけない言葉はあったでしょうに。


 でも……でもさ。


 みんなにはわたしの事なんて、さっさと忘れて、幸せになって欲しかったんだ……


 ずっとずっと、身体の弱いわたしの事で、苦労させてたから。


 せめて居なくなってからは、自由になって欲しいって思ったんだ。


 ――言葉を残したら、それがあの人達を縛ってしまう。


 だから、わたしはなんでもない言葉だけを残そうと思ったんだ。


 そんな想いこころが湧き上がってきて。


 ――ああ、そうか。


 散々、も読み漁ったから、わたしはごく自然に理解した。


 ――





「――聖女だっ! 聖女の誕生だっ!!」


 誰かがあげたその声は、ホール中に響いた。


 ここは王城の一角にある、洗礼の儀が執り行われている祭儀場。


 石でできた広い建物で、中央に敷かれた赤絨毯を挟むように太い柱が立ち並んでいて、その間に配置された窓から差し込む外の光が、薄暗いホールの中に光の柱を伸ばしてひどく幻想的に見えた。


 赤絨毯の向かう先には、古めかしい――やっぱり石でできた祭壇がある。


 その祭壇からずらりと、洗礼待ちの子供達が列を成していたのだけれど、先程の声に驚いたのか、左右に身体を出して、祭壇の方を伺う子がちらほら。


 今日は洗礼の儀が行われる日だった。


 この国の子供達は、十歳になると洗礼の儀を受けて、将来就くべき<職業キャスト>が示されるんだ。


「ステラ様、聖女ですって。すごいですねぇ」


 そう声をかけてきたのは、お世話になってるバートリー公爵家のメイドのミナだ。


 綺麗な黒髪を頭のうしろでお団子にした彼女は、わたしより少しだけお姉さんの十四才。


 彼女もまた、洗礼の儀でメイドの<職業キャスト>を与えられて、バートリー家で働き出したんだって。


 わたし達が並ぶ列の前の方――<職業キャスト>を与えてくれるという宝珠の周囲には、確認と記録を取っていた人達が驚きの表情を浮かべながら集まっていて。


「聖女って、すごいんだ?」


 九歳まで辺境の森で、おじいちゃんとふたりだけで暮らしていたわたしには、いまいちよくわからない。


「すごいですよ! 格で言うならクラリッサお嬢様の『お姫様→お妃様』くらい、すごい職業です!」


 興奮気味にミナは語る。


 クラリッサというのは、わたしの親友で、今お世話になってるバートリー公爵家の一人娘の名前。


 わたしよりひとつだけお姉さんの彼女は、昨年の洗礼の儀でミナが口にした<職業キャスト>を与えられていて、第二王子のユリアス様と婚約してる。


 <職業キャスト>は、創造神ハロワによって与えられるものだから、王族であってもそれに従わないといけないんだって。


 だから、王様はクラリッサを<職業キャスト>通り、お姫様――そしていずれはお妃様にするために、王子様と婚約させたらしい。


「――おまえはどんな職業に就きたいのかしら?」


 と、隣から声をかけてきたのは、蜂蜜色の髪をした女の子で。


 宝石みたいに綺麗な青い目を興味深そうにきらきらさせて、わたしの顔を覗き込んでくる。


「ふわぁ……綺麗だねぇ

 髪も目も、すっごく素敵っ!」


 窓から差し込む光が、緩やかに波打つ髪に照り返されて輪っかを作ってる!


 その綺麗な髪が、真っ赤なドレスの背中に流れて揺れて、まるで絵本の中のお姫様みたい。


「ありがとう。

 わたしはおまえの白銀の髪も素敵だと思うわ」


「え~、そっかなぁ?」


 わたしはお年寄りみたいで、この髪があまり好きじゃなかったりするんだけど。


 それでもお姫様みたいなこの子に褒められるのは、悪い気がしない。


 うん、素直にうれしいって思えるよ。


「ええ、ええ! ステラ様は髪だけじゃなく、紅玉ルビーのような瞳も素敵ですよ!」


 毎朝お世話をしてくれるミナも、その女の子に同意する。


 ミナはなんでか、バートリーのお屋敷に来た時から、すっごくわたしの事を可愛がってくれるんだよね。


 クラリッサは行き過ぎた愛情とか言ってたっけ。


「えっと、わたし、ステラ・ノーツ」


 彼女の名前を知りたくて、わたしは先に名乗った。


 バートリー家で礼儀作法を習ってるからね。


「わたくしはエリシアーナ・ファンタジーキングダムよ」


「――ッ!?」


 その名前を聞いた途端、ミナが慌てて跪いた。


 ええと、ファンタジーキングダムって、この国の王様の名前だよね?


「ステラ様、王女殿下ですっ!」


 ミナに袖を引かれて、わたしも跪こうとすると。


「気にせず楽になさい。ステラ。

 わたくし、おまえを気に入ったの。わたくしの事は、エリスと呼んで良いわ」


 わたしの手を取って立ち上がらせて、優しい声でそう言った。


「エリス……様?」


「ええ。ステラ」


 ええと、バートリー公爵家に預けられてすぐの頃、クラリッサは言ってたっけ。


 ――互いに名前を名乗りあったらお友達。握手して笑いあったら、もう親友よ。


 つまりわたしはエリス様と親友ってことで良いのかな?


 うわぁ……わたし、お姫様と親友になっちゃった!


 こんな綺麗な女の子と――しかもお姫様と!


 クラリッサも綺麗だけど、お妃様の勉強をするようになってから、カッコイイ感じの綺麗になっちゃったんだよね。


 でも、エリス様はキリっとしてるのに、どこか可愛い感じの綺麗で。


 ……ううん、自分でもよくわかんなくなって来たけど、とにかく嬉しい!


 興奮するわたしに、エリス様は微笑み。


「それでステラ、おまえはどんな<職業キャスト>が良いのかしら?」


「ん~……」


 将来どうなりたいなんて、実は深く考えたことなかったんだよね。


 そもそも<職業キャスト>ってルールも、去年、おじいちゃんに連れられて王都に来て、初めて知った事なんだ。


 王都に来なかったら、ずっと森でおじいちゃんと一緒に暮らしていくものだと思ってたし。


「ねえ、ミナ。ミナはおじいちゃんが、なんの<職業キャスト>だったか知ってる?」


「さあ、申し訳ありません。わたしも旦那様の親友、としか伺ってなくて……」


 頬に手を当てて、困ったように応えるミナ。


「ステラ、おまえの祖父はディラン・ノーツでしょう?」


「エリス様、おじいちゃんを知ってるんですか!?」


 驚くわたしに、エリス様はうなずく。


「ええ。彼は高名な探検家にして冒険者よ。

 陛下とも親しい間柄でね」


 おじいちゃんは一年前、わたしをバートリー公爵に預けると、そのまま旅に出ちゃって、帰ってきてないんだよね。


 エリス様が言うには、王都を立つ前に陛下にも謁見していたそうで。


「だからわたくし、おまえの事は前から知っていたのよ。

 綺麗な白銀の髪に紅い目の子って聞いてたから、ここに来てひと目でわかったわ」


「ああ、それで声をかけてくれたんですね」


 そっか。そういう繋がりか。


「おじいちゃんが冒険者なら、わたしも一緒が良いなぁ」


 <職業キャスト>は、比較的、両親に似たものが与えられるっていうし。


 わたしは両親を知らないけど、どうせならおじいちゃんと一緒が良い。


「ふふ。そう。おまえは冒険者になりたいのね」


 わたしの答えを聞いて、エリス様は楽しげで。


「わたくし、ディラン様の冒険譚を聞くのが大好きなのよ。

 おまえが冒険者になるのなら、おまえもわたくしに話して聞かせてね?」


「はいっ!」


 わたしが元気よくうなずくと、エリス様は微笑んで、手を振って祭壇の横にある控え席に去っていった。


 そうして順番待ちの列は進んで行き、やがてわたしの番がやって来る。


 列の半分以上はもう儀式を終えていて、与えられた<職業キャスト>の事を友達と話し合っているみたい。


 わたしは今日の為にバートリー公爵とクラリッサが用意してくれた、よそ行きの淡い青のワンピースを見回して。


「ね、変じゃないかな?」


 さっきの聖女だった子みたいに、珍しい<職業キャスト>だと注目されるみたいだから、心配になってミナに尋ねた。


「大丈夫です。お可愛らしいですよ!」


 ミナは胸の前で両拳を握って、そう断言してくれた。


 んふ。なら安心だね。


 そしてわたしは祭壇に進み、<職業キャスト>を授けてくれるという、虹色に輝く水晶玉――洗礼の宝珠の前に立つ。


「フン、おまえがステラ・ノーツか……」


 儀式を執り行っているのは王太子殿下なんだけど、わたしを見るなり不機嫌そうになった。


「さっさと済ませろ」


 王太子殿下はアゴで宝珠を示して、触れるようにわたしに促す。


「はい」


 ――すっごくイヤな感じっ!


 妹のエリス様は、あんなに優しい人だったのに、王太子殿下はわたしをイヤなものでも見るような目で見てくる。


 顔は整ってるけど、エリス様とは真逆の印象を受けたよ。


 そんな事を思いつつ、わたしは促されるままに宝珠に触れる。


 途端、宝珠は強い輝きを放って。


 ピシリと。


 乾いた音がひどくはっきりとホールに響いた。


 そして、ゴロリと真っ二つになって転がる宝珠。


 痛いほどの沈黙がホールを包み込んだ。


 王太子殿下が唖然とした表情で、割れた宝珠とわたしを交互に見る。


 やばいやばいやばいっ!


 こんな時、どうしたら良いの?


 目の前がぐるぐると回るような感覚の中、わたしはふと思いついた言葉を口にした。


「あ~……わたし、なんかやっちゃいました?」


 ……妙案だと思ったんだよ? ほんとにっ!


「貴っ様あああぁぁぁ――ッ!!」


 王太子殿下の怒声がホールに響き渡った。

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