草原ダンジョン3

 ここは昨日に麓で一夜を過ごした石塔の内部。その一階層である。

 約25メートルの広大なホール状のフロアは見た目よりも粗雑なレンガ造りとなっており、足元がぐらつく事も少なくはない。


 経年劣化を感じさせる風体ではある事に間違いは無いのだが、そのおかげで周囲から十分な量の光が入って来る事もまた事実。

 特に、闇夜に弱い旧型のビデオカメラには非常に優しい建築物となっていた。


 

 さて、長らく待たせてしまったが、ホールの中央には一匹の大きなモンスターが静かに鎮座している。

 

 ミノタウル。二本足のウシ型モンスターであり、この草原ダンジョンのボスモンスターでもあった。

 装備はぼろきれで出来た簡単な腰蓑だけで、それ以外は固く深い体毛に覆われている。2mを超える巨体から振るわれた金棒は一発食らっただけで致命傷になりかねないだろう。


 草原ダンジョンの塔に現れるミノタウルのスペックは共通しており、レベルが30。ステータスは【生命】9【物攻】8【物防】8【俊敏】3【魔防】4【魔攻】3で固定となっている。


 それでは冷静になって考察してみよう。

 まず目につく場所で言うと、生命と物防が高いので物理耐久は見張るものがある。そして高い物理攻撃があり攻撃面でも隙は無い。だが、俊敏と魔攻防が低いため、速度で勝る毬ならば簡単に圧倒できるはずだ。


 弱くはない。だが、強くもない。

 Cランクダンジョンのボスだからその程度だと言われたならば納得もしよう。


 しかし、しかしである。何よりも注目するべきは、そのミノタウルが……


『『BUMOOOooooo!!!!!!!』』


 二体で一組になっている点だ。


 なんと嘆かわしい。これでは幾ら相性が良くとも一方的な展開にする事が出来る筈も無い。加えて残りの二人では攻撃が通らないので、ヘイトを買う事すら儘ならないだろう


 これである。これこそがボスと呼ばれる所以。

 そして、鋼が草原ダンジョンはまだ早いと言った要因。

 ミノタウルというモンスターが居るからこそ、このダンジョンはCランク足りえると言っても過言ではないだろう。


「行くか。こいつ等なら美波も攻撃できるだろ?」


 その瞬間。後方にあった大きな二枚の石扉が音を立てて動き始めた。

 ダンジョンのボス扉は基本的に、一度閉まればモンスターか人間のどちらかが全滅しない限り開くことは無い。


 それは別パーティーからの横取りを防ぐ為であり、一般モンスターの侵入を防ぐ為でもあり、或いは―――


「攻撃出来ないわね」


 蜘蛛の巣に掛かった獲物を逃がさないようにする。

 そんな意図が存在するのかもしれない。


「ほな一発目。景気よく行こか!!」


 瞳から光を消した毬が完全に閉まった扉を見上げて声を上げた。


「作戦は?」

「魔法使いは命大事に。後の奴らはガンガン行こうぜ」

「二人の扱い雑やない?」

「おらッ何ぼさっとしてる。ガンガン行けよ」


 その声に反応するかの如く、詠唱を完了した毬は二匹のミノタウルの真ん中で炎塊を炸裂させる。


 天井からは砂塵が降り、途端に辺りの温度が急上昇を見せた。


「頑丈なのだから仕方がないわよ」

「文句なら視聴者が代わりに言ってくれるからね」


 炎幕が収まった時。ミノタウルは少しの間だけ慌てていたように見えたが、暫くすると冷静になり、金棒を手に持って一回転。


 体に纏わりつく焔も地面に留まる炎も風圧だけで、いとも容易く吹き飛ばした。


 しかしミノタウルの魔法耐性は非常に脆く、一瞬の内に体表の至る所で痛々しく爛れた火傷痕と赤く膨れた水ぶくれをつくっている。


 それを見た毬と美波は対照的な表情で地を蹴った。


 その場に残りワンマガジンを打ち切った玲が、モールにぶら下がった弾納から銃弾を取り出そうとした頃。

 美波は瞬く間に敵へと肉薄して無銘の天霧を振り抜いた。


 白藍色の刀身が輝き、鮮血が舞う。


「くっ!」

「…浅いな」


 鉄を切った彼女は一体何処へ行ってしまったのか。

 猶予い、躊躇い、逡巡の果てに、手心を加えて手を抜いた。


 故に、美波の剣はミノタウルの分厚い皮を裂いただけに終わる。


「「事前に予測できた事」か……確かにな」


 鋼はふと目に留まったコメントを読み上げて溜息を吐く。

 事実ではあるし、自覚もあるが、他人に言われると辛い物があったのだ。


「美波、帰ったらミノタウル人形買ってやるから。そいつを倒す覚悟を決めろ」

「で、でも、牛さんが……」

「あ!?お前の夢はプロの戦争屋だろうが。試合中に牛亜人のおっさんに襲われた時も同じ事を言うのかよ!!」


 牛モンスターと牛亜人は全くの別物。容姿も違う。


 しかし事実として、美波は戦争になれば牛亜人とて切り伏せるだろう。

 それは彼女も自覚している事だ。

 だがやはり、それを他の人に言われると辛い物があった。


「……それによく見てみろ。ミノタウルはそこまで可愛く無い筈だ!!振り返ってみろ、サラサラ飾羽とフワフワ獣耳のパラダイス!!交互に見比べてどちらが良いか考えやがれ!」


 普段の美波ならばベクトルが違うと一蹴しただろう。


 しかし今は戦闘中。


 鋼の言葉は兎も角、彼女は一緒に戦う仲間を思い出して硬く柄を握りしめた。そして、自らを弱者と判断して横を素通りした牛野郎へ向けて再度刀を振るう。

 繰り出された刃はミノタウルの背中を軽やかに滑り、袈裟斬りから勢いそのままに逆袈裟とコンボが繋がった。


『BUMMMM!!!!』


 刀が単純な力押しで最大限に斬れるならば、美波の太刀は多くの人間にも真似できよう。しかしこれは疑う事も紛う事も無く、鉄を斬る彼女自身の技術であった。


 人間擬きも驚き慄いただろう。


 美波は己の技術を誇るでも驕るでもなく「牛さんが海老反りになったらウシエビブラックタイガーになってしまうわね」そんな事を考えて、少し笑った。


 彼女の種族にとって鉄を斬る事はさほど難しくない。

 反ろうが曲がろうが撓もうが、力押しでどうにかなる話だからだ。


 結果は同じだが、過程は全くもって違っている。

 そして鋼も、その事に気が付いた視聴者がコメント欄で騒いでいるのを発見して口元を歪めた。

 

 それはそうと、勢いよく飛び出したはずの毬はフリーのミノタウルに追われて左側の壁に詰められていた。


 丁度、美波牛毬牛と一直線になる形だ。


 勿論玲も銃を撃ってはいるものの、中途半端に攻撃にも力を入れているせいで二枚ある盾はお粗末な動きをしていた。


 少し頭の良い牛が何度も攻撃を受け止める盾を集中的に攻撃し始めると、インプレグナブルには簡単に罅が入った。猛攻に萎えられなかったのだ。

 

 後ろから美波が攻撃をするも、それで倒せる訳でもその場からミノタウルを動かせる訳でもない。つまりはジリ貧である。


「フラッシュ!!」


 このダンジョンへ来てから三度目のフラッシュグレネードが二匹の間で炸裂した。

 玲が出鱈目に振るわれた金棒から身を守っている間に、毬は牛達の間を抜けてCTの終えたファイアーアローを発動。視力が戻って来た牛を玲ごと吹き飛ばした。


「盾で防いだし、魔防も高いとは言え酷いよね」


 毬が魔法を撃たないならば自分から言おうと思っていた程である。玲は不満を漏らしたが、それは心からの言葉ではなかった。


 しかし、今回の牛は対応が早かった。

 その場で武器ごと一回転をすると、纏わりつく炎と共に玲の盾が弾け飛ぶ。


 雑に使っていたので仕方が無いとは言え、盾の耐久力は玲が基準だ。

 己を殺しうる攻撃に彼女は身を震わせる。


 厄介な壁も消えた事だ。ミノタウルは一番の脅威を倒すべく、毬の方へと向かって突進を開始した。


「あっ待て!!」

「お前が待て、まずは回復だろ」


 外野の言葉に、玲は露骨に嫌な顔をしてポーションの蓋を開ける。

 苦く酸っぱく青臭い匂いを嗅ぎ、フレーメン現象に従って更に顔を歪めるも、彼女は緑色の液体を一気に飲み干した。


 彼方此方に出来ていた火傷は綺麗に消え、途端に体も軽くなる。


「えっと毬は…今度は角まで追い詰められてる!!早くない!?」


 早いか遅いかで言えば間違いなく早いのだが、正しい判断ではあった。自爆が嫌なら魔法は使えないが、少なくとも二匹から囲まれて袋叩きに合う事は無い。


 とはいえ、またもやジリ貧の状況に逆戻りである。

 しかも今回はミノタウルの後ろに毬が居るので下手な援護も難しい。


 焼け石に水だろうとは思いつつ、玲は最後になった盾を毬の前へ動かしてやった。


「ど、どうしよう!!」

「……」


 焦りを募らせる二人だが、以外にも毬は鳥類の動体視力に物を言わせて二匹の猛攻を素早く回避していた。上から振るわれた金棒を横に跳んで避け、逃げ道を薙いだ攻撃はしゃがんで躱す。しかし、そんな状況も長くは続かなかった。


 結局彼女は何も無い場所で足を絡まらせて転げてしまったのだ。


「大丈夫だぞ」


 身を挺してカバーへ入ろうとした美波を、後ろからマネージャーが捕まえた。


「まぁ、見てろ」


 絶好のチャンスに功を急いだ二匹が地面にこん棒を振り下ろす。が、そこに毬は居なかった。玲の盾を蹴り、転んだ体制のまま地面を滑ってその場から離脱していたのだ。


「阿呆がッ!!掛ったな!!!」


 もはや止めようも無い金棒が、変わり身の如くその場に残されたフラッシュグレネードを渾身の力でぶっ叩く。

 遠くから眺めていた一行はギリギリのところで気が付き目を庇う事が出来たものの、至近距離で目をかっ開いていたミノタウル共にはよく効いた筈だ。


 一度目のフラッシュグレネードが痛手となっていた事もあり、今回の閃光で二匹は完全に視力を失った。魔物とは言えど、これでは流石に数時間は置かなければまともに物を見る事すら出来ないだろう。


 一行は限りない勝利を確信してニタニタと悪い顔を浮かべながら、止めを刺すべく盲目の牛へと飛び掛かった。

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