草原ダンジョン2
「どうすんのコレ?」
「どうしましょう」
「玲の盾で受けれないのか?」
「無理無理、質量が大きすぎて止まんないって」
それはバッファローと呼ぶにはあまりにも大きすぎた。大きくぶ厚く重くそして何よりも、やっぱり大き過ぎた。
「じゃあ美波、とりあえず攻撃してみろ」
コウは後ろから全速力で突進してくる象の様なサイズ感をした「
「無理よ」
「その間に二人は体制を立て直して……今なんて言った?」
しかし帰って来たのは、にべもない返事だ。時間を置いてもフリーズを続けるマネージャーに、美波は言葉を付け足してやる。
「あんなにも可愛らしい生き物へ攻撃は出来ないと言ったのよ」
「お前の目は節穴かッ七、八トンの肉塊見て、言うに事欠いて、可愛いだと!?とにかく全速力で走って攪乱してこい!!」
彼女のセリフを聞けば惨殺された子餓鬼も今際の際で涙を流す筈だ。
一体全体両者を隔てる要素は何なのだろうか。毛だろうか?
そんな事を気にも留めないWバッファローは、敵の群れから突如現れた美波を見付けて追いかける。彼らには「より早く動く生き物」に反応するという習性があった。
コウはと言うと、Wバッファローが狙い通り明後日の方向へと走り出した事に安堵しつつ、頭の中で勢いよく作戦を組み立てている。
「玲は2枚の盾で美波を守れ」
毬はその言葉だけでコウの意図を理解して、詠唱だけは完了させていた魔法をワイルドバッファローに向けて放つ。無論、近くにいた美波を地面ごと吹き飛ばした。
しかしバッファローは体をライフプロテクションで守っていたせいか、然したるダメージを受けている風には見えない。
そして、今度はこちらへと向かって突進を開始した。
「玲、盾でバッファローの体を横から押せ」
「言っておくけど、インブレが持つ力と速度は僕のステータスが参照されるんだからね!?」
ハニカム状の黄色い盾がバッファローの体を斜め前から押してはみるものの、目に見える変化といえば速度が少し遅くなった程度である。
しかし、しかし。まっすぐ進むだけで良かった先程までとは違い、現在は敵の元へ突進する為には盾を押し返す必要があった。
「あー無理無理もう限界だよ」
横へ掛けていた力は微々たる物だが、それは、体を預けた上で掛けていた力である。
「よし、じゃあ盾を消してみろ」
(…………!?)
支えを失ったバッファローは一瞬にして鋼等の視界から消え失せると、すぐ隣で面白い位に地面を転がった。
「やったか!?」
少しばかり晴れて来た土煙を覗いてみると、哀れモンスターは腹を上に向けて短い脚をバタバタと動かしている。生命力自体はかなり残っているのだろうが、足を負傷しているので起き上がれたとしても満足に動く事は出来ないだろう。
「総攻撃ぃぃ!!」
砂塵に塗れた美波が発した静止の声は、丘陵に吸い込まれて響く事すら無く静かに霧散した。
◇
動く植物と聞いて、何を浮かべるだろうか?
ハエトリグサ?オジギソウ?
そのどれもが間違っていない。大正解である。
しかし、一行の前に立ち塞がるソレは葉の一部分が少しばかり動くだけのチンケナ植物とは一線も二線も画していた。
曰く、二枚貝の様な、捕虫器にも似た大きな葉を一つだけ持つ。
曰く、その捕虫器で動物を捕獲。消化、吸収する。
曰く、取り込んだエネルギーを使用して、真っ赤な果実を実らせる。
曰く、根っこを足の様に使い移動する。
ソレは、血管の如く脈動する葉脈の通った体をゆっくりと持ち上げた。
体長は優に3メートルを超し、幹は50センチを上回る。
しかし、愚鈍ではない。
足元に連なった触手の様に蠢く根を器用に動かせば、地面を素早く這い擦る事が出来るのだ。
両者との距離は10メートル以内。異形は沈黙する一行の一挙手一投足を舐め回す様に眺めていると、やがて彼等を獲物と判断したのか。歪に嚙み合った二対の捕虫器官からネットリとした消化液を分泌し、地面へと雫を垂らし始めた。
存在するだけで悪寒が走り、眺めれば憎悪し、近くで見たならば戦慄必至の異形を前に、しかし気高き鳳凰の少女は表情をピクリとも動かさずに言葉を紡ぐ。
「っえ、キモ……」
「構わん。燃やせ。」
少女等のリーダーは淡々滔々。残酷に告げると、興味を失ったかの様に手元へと視線を移した。
遠くで聞こえる炸裂音と眩い閃光に力なく項垂れた鬼の少女は後にこう語る。
「憎むべきは姿形の異なる異形ではなく、同じ姿をした悪魔なのね。」
彼女はそれきり押し黙ると、判断を下したリーダーを静かに睨み続けていた。
◇
「なにあれ」
「ウィンドイーグルだな。防御力が弱いからインプレグナブルで囲って銃を打ち込めば簡単に倒せると思うぞ」
堕ちた翼を抱き寄せた鬼人の乙女が涙を流して崩れ落ちると、コメント欄ではリーダーへのバッシングが飛び交った。
◇
「なんやあれ」
「エスケープゴートだな。この近くでは一番レベルが高い上に、スキルとステータスが俊敏と逃走に振り切れているから攻撃すら当たらんだろう」
それを聞いた美波はしたり顔であったが、不意打ちの銃弾によって一発で仕留められた羊を見て直ぐに顔を青くした。
「美波も視聴者も、俺を重罪人みたいに扱うのやめてくれない?」
◇
子餓鬼を合わせた四種類のモンスターを倒しながら配信を続けること約半日。
彼らは草原の中央にほど近いで、夕闇に沈む丘陵を眺めていた。
今日だけで最も戦闘経験が少なかった毬はレベルを六つも上げる事に成功しているのだが、効率が良かったのは午後2時半まで。
日が沈む頃には既に適正帯から外れてしまっていたのか、一匹のモンスターから得られる経験値も微々たる物となっていた。
現在の視聴者は約70人。
見飽きた戦闘シーンから美少女の食事雑談シーンへ移れば、昼真頃から減り続ける視聴者も帰ってくるだろう。
プロデューサー兼マネージャーの男はそんな事を考えながら、バッグを漁ってシングルバーナーを取り出した。
カメラの後ろ側でワイルドバッファローに解体用のナイフを突き立てようとした瞬間。己の背中に視線が集まっている事に気が付いた鋼が後ろを振り返る。
「あぁー、もしかして解体してみたかったのか?」
玲は笑顔で、毬は真顔で、美波は怒顔で。
反応だけは三者三様だったものの、全員は共通して首を横に振っている。
「暇なら噛み付き草から果実を取って来てくれ」
噛み付きそう。というか実際に噛み付いてくるそのモンスターは、全身から黒い煙を吐き出しながら近くで山積みにされていた。
鋼は全員で果実の採取へ向かった部員を内心で「暇人共め」と詰りつつ、Wバッファローから切り出した肉の塊を熱したフライパンへ放り込んだ。
なにぶん野外での調理なので手の込んだ事は出来ないが、これならば塩を振って焼くだけでご馳走となる。
「フルーチュ取って来てやったで。焦げてないのは五つしかなかったけど」
「フル……何だって?」
「
「凄く(どうでも)良い名前だな。じゃあそのリンゴは小さく切って皿に盛り付けておいてくれ」
香ばしい香りの立ちこめるステーキを大皿に乗せると、美波がその周りにフルーチュを散りばめていく。
彼らはそれがフレーム内に収まるよう折り畳み机へと持って行き、ゆっくりと椅子に座った。机には既にランタンとカトラリーが並べられており、温かい光を反射している。
「初顔出しやなぁ、おめでとさん」
毬の言葉に鋼は筋肉を硬直させる。
前を向いてみると、己を写すレンズと目が合った。
「……嘘だよな?」
そう言って記憶を掘り起こしてみるも、鋼が確認した時には、確かにカメラは机だけを映していた筈である。
「写っているかはコメント欄を見たら分かるんじゃないの?」
「主犯も炙り出せるだろうがな……誰だか知らんが覚悟しておけよ?」
とは言っても鋼自身、彼女等だけに顔を出させて己は裏方を気取っている現状に疑問を感じていた所である。
口調とは裏腹に、実際は大した怒りを抱いてはいなかった。
「ははは、誰やろな全く」
ただし、あくまでも心情を口にするつもりは無い。
毬は震えながらバッファローステーキを口に入れると、難しい顔をした。
「食えん事はないけど、なんか、体が拒絶反応を起こすわ」
当たり前である。
パニックと恐れで自分が何をしているのか理解していないのだろうが、彼女は竹の実と霊泉だけを食むと伝えられる鳳凰の亜人。
どう解釈をしても肉食をする種族では無かった。
逆に、果実や草を食べる毬を見て玲が顔をしかめる。
「おいしい?それ」
「食べてみるか?」
「はは、遠慮しておく。量も少ないし僕が食べたらなくなっちゃうよ」
毱の言葉に、玲は限りなく悪感情を殺してそう言った。
当たり前であるが、彼女はコーライクイネという狼系の種族である。
犬とは違い狼は完全なる肉食動物。偶に草を食べる事はあれど、果物を食むなど生物ピラミットから考えれば舐めプも良い所だ。
「噛み付き草は夜になったら糞ザコだぞ。なんなら今から果実だけ盗んで来ても良い」
「大丈夫だって!ホラ!お肉残したらもったいないじゃん!」
彼女はそう言ってあまり塩もつけずに肉を頬張ると、多幸感に包まれて些事を忘れ去った。
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