お買い物
◇
「何見てるの?」
デパートへの道すがら、姦しく話す三人の後ろで鋼がスマホを触っていると、前からやって来た玲が腰を曲げて下から覗き込んで来た。
「……中間テストの勉強だ。例もやるか?」
「真面目だねぇ、そんなので疲れないの?」
鋼は咄嗟に嘘をついた。社会の闇を凝縮したような光景を見せたくなかったのだ。
「俺は実技で点を取れないからな。筆記が生命線なんだよ」
「前々から聞こうと思うとったんやけど、コウって勉強できるし勇者ランクもCはあるのに何で第七におるん?」
そこへ姫子松と美波の二人も交じって、結局四人一緒に歩く事になっていた。
「勇者ランクは昔パーティーを組んでた奴らが強かったからな。寄生して上げて貰っただけだぞ」
「戦闘に参加したがらないのも謎よね。経験値が溜まらないからレベルも変わらないのでしょう?」
「あぁ、そう言えば玲にしか言っていなかったけど、俺無能なんだよ」
「またそうやって卑下する。否定はせんけど」
「そうじゃない。無能力者なんだ」
「……マジ?サピエンス種やし種族スキルはないんやろうけど、物攻スキルも魔攻スキルも補助スキルも技能スキルも適正無いんか?」
「あぁ、全くのゼロだ」
「よく魔法学園に入れたわね」
「我ながら頑張った自負がある」
そうこう言っていると、この辺りで一番大きなデパートへとたどり着いた。
平日とはいえ金曜日の夕方だからか、見渡す限りの人だかりだ。
美波は体の小さい姫子松が人の流れに飲まれない様に手を握っている。
心なしか顔が綻んでいるように見えるのは気のせいだろう。
「まずはどこに行こうか?」
人ごみに流された玲が遠くの方でそう言った。
「キャンプ用品店だな」
「寝袋にコンロ、買うものなら幾らでもあるものね」
キャンプ用品なんかで大丈夫か?と思うかもしれないが、近年はダンジョンで寝泊まりをする勇者も増えて来た為、キャンプグッズの質も品揃えもどんどん上がっているのだ。
「なぁ、お小遣い十万って言ってたけどそれを越してもええん?」
「場合によるな」
「そんなに使ったらギルドハウスを建てるお金が無くなっちゃうんじゃないの?」
「忘れているかもしれないがそこにいる鳥さんが五十を超える職人を加入させたせいで、俺たちのギルドハウスには大型の工房が敷設される事になっている。どの道手持ちの二千万だけじゃ足りないんだよ」
「未来の自分達へ投資するようなものだと考えましょう」
一同はキャンプ用販店へ入ると、さっそく寝袋コーナーへとやって来た。
「今日はずっとこんな感じで団体行動なのか?」
昔ながらのRPGよろしく、鋼は後ろからぞろぞろと付いてくる三人に呼び掛けるが、彼女たちはつい先日にムウ大陸から東京へやって来たばかりのお上りさんである。一度離れ離れになったら二度と会うことはできないだろう。
「草原なら寝床なんて何でも変わらんやろ」
「気持ちはわかるが、ダンジョン攻略はキャンプじゃないんだ。夜は襲撃に合うかもしれないし、睡眠不足で地獄を見たくなければ多少値が張っても安眠できるものを買った方がいいぞ」
三人は鋼の言葉を聞いて寝具の重要性に気が付いたのか、今までの流し目を改めて実際に触ってみたりと真剣に選び始めた。
鋼は七年前に初めて泊りでダンジョンに行った時のことを思い出しながら、一人でコンロが置いてあるコーナーへと向かう。
安定性と収納面を鑑みれば、やはりシングルバーナーが最強だろう。
これは沙魚川家にある物でも良いのだが、それぞれの種族的に食べられない食材が違っていたりと準備に時間が掛かる事が予想されるので、二台併用を考えていた。
買い物かごにスキレットとガス缶を入れた時、満足気な表情で寝袋を持った三人が鋼の背中を突く。
レジで男の店員から恨めしそうな目で見られたのは、言わずもがなである。
「次はどこに行くんや?」
ここへやって来た時よりも明らかに上機嫌になった姫子松が寝具の入った袋を宝物の様に抱えながらそう言った。
「ここから近いのは魔道具屋だな」
「えぇ武器屋行こうやぁ」
「今、魔道具なんて軟弱物が使う物やんって思っただろ」
「……思っとらん」
そういった考え方をするのはムウ大陸に住む亜人の特徴であった。彼等は己の身に宿る肉体や魔法こそが至高だと思っており、小道具なんかは「女々しか妖術」といった風に捉える節があるのだ。
「無理にとは言わんが使いこなせば強くなれるし、きっと気に入るぞ」
「……見るだけ見たるわ」
戦争の一件から強さへの異常な執着を見せる。いや、執着を取り戻した彼女等の金銭に触れる物言いが出来たのは完全に偶然であった。
姫子松は、早く行くで。とだけ言って足早に怪しげな扉を潜る。
店内はアンティークの調度品が並ぶ小洒落た空間だ。
「へぇ、魔道具店って初めて来たけどこんな感じなんだ」
玲は商品棚に並んでいた野球ボール位の大きさをした金属の塊を掌で弄びながら目を輝かせる。
「気をつけろよ、爆発したら腕が吹っ飛ぶぞ」
「ひっ」
「っていうのは冗談だが、この店では不躾に商品を触らない方が良いだろうな」
こんな場所で爆弾を売ってもよいのか?
勿論法律的には駄目に決まっている。しかし、今となっては爆弾を持った一般人よりも、爆弾級の魔法を連発できる勇者の方が危険なのだ。
つまり、政府は護身用の魔道具として売られている現代兵器の販売や所持を黙認しているというのが現状である。
銃は怖いので全員が銃を買えるようにします。という体制を取っている海外の国と同じだろう。
「まずはこれだな」
鋼は緑色のドロッとした液体が入れられたアンプルの値段を確認すると、十本ほど纏めて買い物かごに入れた。因みに一本五百円だ。
「なにそれ?」
「生命力回復薬だ。飲んだり掛けたりすると傷が回復する」
どうやら玲は最強の勇者を目指すだけあって魔道具への忌避感は薄いらしい。鋼は同志を見付けた事に気を良くして隣にあったアンプル用のガーターポーチを手に取った。
「今ならこれも買うが、魔道具を使いたい奴は?」
鋼の問いに玲は問答無用で、他の二人も気まずそうに、しかしその腕だけはどれだけポーチが欲しいかを雄弁に物語るかの如くピンと伸ばされていた。
どれだけ嫌っていようとも魔道具があると無いとでは生存確率が大きく変わってしまうのだ。多少の出費だけで魔道具を携帯してくれるなら安いものである。
鋼は二人の気が変わらない内に追加でフラッシュグレネードとスモークグレネードを六つずつカゴへ入れると、男の店員が立つレジへ進んだ。
店員に憎悪の籠った目で見られたのは、やはり言うまでもないだろう。
徐々に大きくなる荷物を抱えた鋼が魔道具店から出た時、ふと思い出した様に姫子松が口を開いた。
「そういえば、男子って女子の服選び嫌いやんな?」
鋼は女子の服選びを好んではいなかったが、今までも姉の沙雪に付き合わされて散々服屋を歩き回っていたので、端的に言えば「慣れ」ていた。
しかしそんな事をつゆと知らない姫子松からすればこの提案は最大限の気遣いである。事実、女子三人に交じって気まずい思いをするくらいならば、最初から別行動をした方が楽だろう。
鋼は彼女のそんな優しさに気づいて……いる訳もなく。単純に「男は邪魔だよな」と考えて提案を呑んだ。
◇
デパートで突然一人になった男が行く所といえば何処があるだろうか?
カフェか本屋かあとは家電量販店か。まぁそれくらいのものだろう。
「い、いらっしゃいませぇ、お求め物はな、何ですかぁ?」
「ダンジョンで配信をする為の機材です」
鋼は妙に自信がなさげな、そして卑屈な震える声にそう返した。
「は、配信でしたら、たら、ネット環境が必要ですが、ポケットWi-Fiは持ってま、ますか?」
「あーそうか、Wi-Fiだ。契約するなら携帯ショップですよね?」
電気屋の女性店員。相澤
彼女は今でこそ店員として働いているが、休みの日になればダンジョン系配信者として活動しているのだ。社会を知らないアホなガキが相手なら知識では絶対に負けない自信があったし、大人の色香を使って適当に持ち上げていたら今月分のノルマを回収できるかもしれない。
そう思って精一杯の笑顔を張り付けると、鋼を店の奥へと誘導していく。
「配信はぁ、お一人でやるんですかぁ?」
「他に仲間が三人いて、俺はカメラマンみたいな感じです」
「カメラはお持ちなんですねぇ。で、でしたらぁ、それぞれの方にピンマイクを付けてみては如何ですかぁ?」
ピンマイクというのはテレビに出ている芸能人なんかが胸元に付けている小さなマイクの事だ。
「だ、ダンジョンでマイクを持ちながらモンスターと戦うのは無理でしょうけどぉ、これなら小さくて軽い上に無線なのでぇ、じゃ、邪魔になりませんよぉ?」
鋼が勧められたマイクの値段をチラリと見ると、それは一つで約一万円もする高級なタイプだった。資金は潤沢にあるとはいえ、元を取らなければお話にはならない。
ガジェット好きの鋼が後の事を考えて泣く泣く諦めようとすると、そんな機微を察知した倭文が咄嗟に提案をする。
「そ、それにぃ!今回は特別でぇ、別売りのマイクに付ける暴風カバーも、お、おつけしますよぉ?」
「クッ、か……買います。いや、他の物も見て最後に決めます」
倭文は既に勝ちを確信していた。
マイクが三つで三万円。これでは今月のノルマにはまだまだ届かないが、しかし、カメラとピンマイクだけで満足な配信ができる訳もない。
ポケットWi-Fiは当然として、カメラへ取り付けるショットガンマイクに、定点用の三脚。
これだけ買わせる事が出来れば、残りの日数も併せて今月の営業成績上位に食い込む事だって出来るかもしれない。
「あ、あとは……あとはぁ何か困っている事ありませんかぁ?」
「配信はこれだけでも出来ますよね?じゃあもう特に無いです」
「だ!ダンジョンで動画を取ろうと思ったらぁ、映像がブレたりすると思うんですけどぉ!!」
「……確かに」
倭文の声に、鋼は動画へ向けられた数々のコメントを思い出した。
『ブレが凄い』
『酔いそう』
『赤い子とカメラ変わってもらえ』
「ほ、ホラー映画でぇ、序盤に死んじゃう配信者が撮った、え、映像みたいになるのはぁ嫌ですよねぇ」
「絶対に嫌です」
鋼が食い気味に答えると、彼女はカメラコーナーへと向かい、自撮り棒の様な物を持って帰って来た。
「これはぁ、じ、ジンバルと言ってぇ、内蔵されたジャイロモーターで、ゆ、揺れやブレを自動で抑制してくれる機械なんですよぉ」
「す、凄いッ!!なんというハイテク技術なんだ……でもお高いんでしょう?」
「た、たったの五万円ですよぉ」
「うーん」
「で、ではぁ、こちらの二万円するショットガンマイクと一万円の三脚を購入して頂ければぁ、ポケットWi-Fiの貸し出し金と初月の利用料金はサービスしてぇ、さ、最初に迷っていたピンマイクと合わせて諸々十万ポッキリで良いですよぉ!!」
鋼はそれを聞いて全ての商品を買い物かごへ入れた。
何という事だ。本来なら12万円以上はする商品を10万円で手に入れる事が出来てしまっているッ!!
「や、安いッ!」
「高いわボケ!!」
盛り上がっていた二人の後ろから、先ほど別れた筈の三人が現れた。
「早かった……というか、よくここが分かったな」
「男子って機械とか好きやろ?で、何を買おうとしとったん?」
「そうだ皆、これを見てくれ」
そう言って鋼は倭文の持っていたジンバルを指差した。
しかし、最女の三人がその時に注目していたのはジンバルでも鋼の指先でも無く、何処かで見た事のある倭文の顔である。
「あ」「あ、あっ」
彼女等は鋼を挟んで見つめ合うと、互いに何かを思い出したかの様に声を上げた。
「もしかして、昨日小餓鬼に襲われていた人かな?」
「な、何の事……何の事ですかぁ!?私はぁあなた達の事なんかこれっぽっちも知りませんよぉ!」
「なんでシラを切っとるんや」
それは彼女が後ろ暗い引け目を感じているからなのだが、最女の四人には知る由もないことだ。
「その事はもう良いでしょう。それより相澤さん、昨日は災難でしたね」
「ほんとですよぉ、スーパーの中では転けるしぃ、逃げ遅れて後ろ髪は焦げるしぃ……」
倭文はそこまで言って目を見開くと、榊原へ非難の視線を向ける。
謀ったな―――と。
「ほぉん?後ろの髪がねぇ」
「はひっ、そ、そうなんですよぉ伸ばしてたのに、5cmも切る事になってぇ」
「確かに髪の毛は女の命やけど、本物の命には変えられへんよなぁ?」
「はっはいぃ感謝してますぅ」
倭文は口元を歪にゆがめて笑う姫子松に短く息を漏らすと、怯えながら何度も頭を下げる。しかし、感謝をするならばもっと最初の段階でしておくべきだったのだ。
そんな事を言ったところで、倭文は三人が現れた時に軽くパニックを起こしていたのだが。
「あえて言うことでもあらへんけど、一応言っとくで?あんた、ウチ等が助けんかったら小餓鬼の慰み者にされた挙句、喰われとったよな?」
「でで、でもぉ、あいつらおかしいんですよぉ……人の居る方に逃げても、い、一向に私だけを追ってきてぇ!!」
最早隠す気も無くなったのか、彼女は体裁を取り繕う事も忘れて饒舌に語りだす。
「せやけど無駄やったな。あいつ等が獲物を追いかける時の基準は血の匂いがするかどうかやで」
その言葉を聞いた倭文は己の不運を呪った。
どうしようもない理由でモンスターに襲われ、勇者紛いに脅された挙句髪を燃やされ、助かったと思えば不当な理由で集られる。
……今思えば、こうなる以前はやる事なす事全てが上手く進んでいた。
第六魔法学園の女子最前線部が動画を投稿しているYouSockのコメント欄で唆してみれば簡単に戦争が始まったし、第七最女の動画を切り抜いて転載すれば面白いくらい再生回数が伸びた。
「……あ、あのう、私はどうすればいいんですかぁ?」
「嫌やなぁ、そんな風に言ったらまるでウチが金をせびるヤクザみたいやん」
「まるで」というか実際にそうなのだが。
「ただな、借金を負ってまで助けてやった奴が昨日の今日で大切な仲間からボッタクろうとしとった姿をみたウチ等の気持ちも考えて欲しいねんやんか。言うてること分かる?」
「ぼ、ボッタクろうなんてして無いですよぉ!!……お、お礼にぃ、割引させてくださいぃ」
姫子松はその言葉を聞いて満足気に頷いた。
「そのカゴに入ってる奴全部でなんぼなん?」
「じゅ、十万ですぅ」
「違う違う、なんぼに出来るかって聞いとんの」
相手が反社でも、それでも彼女はどうしようもなく「営業者」であった。
「八万……」
「あぁ、そこから先は慎重に言葉を選びいや。あんたは自分の命をたったの二万で買うつもりなんか?」
「あぁ…あっ、あぁ…四万でぇ買わせてくださいぃそれ以上は、む、無理ですよぉ」
だが、彼女の営業としての経験はさして長くない。
最新機器をおおよそ半額で売ったとあれば、赤字もよい所である。
「ほんま!?そんなに負けてくれるん?なんや無理言ったみたいで悪いなぁ、コウも欲しい物があったら今言っときや。この店ゴッツイ気前ええみたいやから」
「やめろ。今この瞬間だけは俺の名前を呼ぶな」
離れて様子を見ていた客がドン引きしているというのに、それを指示したのが自分だと思われるのは避けたかったのだ。
「これもギルドの為やのに……」
「ありがとう毬、長谷川君も早く感謝を言いなさい」
榊原は賞を取って来た愛娘を褒めちぎるかの如く、姫子松の頭を撫でまわしながらそう言って鋼に圧を掛ける。
「相沢さん、本当に六万で良いんですか?」
「駄目ですよぉ!!でも、こ、この状況で撤回出来る訳ないじゃないですかぁ!!」
確かに彼女のセールスは強引ではあったが、しかし、法に触れるほどではない。
では、こちらの値引き交渉はどうであっただろうか?場合によっては恫喝、恐喝、営業妨害、その他の罪にも問われるだろう。
鋼はメモ帳に自分の電話番号を書いてそのページを破ると、地面に崩れて涙を流す倭文にそれを渡した。
「……あの、俺達新しくギルドを立ち上げて人手を募集してるんです。ここが駄目になったら責任を取るのでウチへきて下さい」
それは彼女の為と言うより、彼女が変な気を起こして自分たちに危害を加える事を防ぐ為の予防線という意味合いの方が強い。
具体的に言うのであれば、二日連続で橘さんのお世話になる事だけは絶対に避けたかったのだ。
「か、神様ぁですかぁ……?」
鋼が倭文の悪行を知らない様に、倭文もまた、鋼の内心など知る由もない。
故に彼女は感謝した。信仰心が生まれる程に強い謝恩だ。
仕事をクビになる事が確定した瞬間に救いの手が差し伸べられたのだから当然ではあるのだが、傍からは安っぽいマッチポンプに見えただろう。
しかし、倭文の本性は所詮が屑である。出来た貸しも貰った恩も、詰る所は都合が悪い。どうせ明日にでもなれば忘れているだろう。
「もういいよね。それを買ったら日が暮れる前に武器屋へ行くよ」
◇
デパートの四階には『無銘』という名の武器屋がある。
そこは、汎用型エクスカリバーや黄昏markⅡをはじめとした強力な装備を手ごろな価格で購入出来るという事で、勇者たちの間で密かに噂となっている店だ。
「ねぇコウ、これ凄いよ!!」
玲が壁に掛けられたモーニングスターを手に取って目を輝かせていると、恰幅の良い店員らしきおばちゃんが近づいてきた。
「嬢ちゃんお目が高いね。それは先週発売されたばかりの新作だよ……それで、何を探してるんだい?」
「あぁ、武器を探してるわけじゃなくて修理をお願いしたいんですけど」
「見せてみな」
榊原が腰からぶら下げていた日本刀をおばちゃんに渡すと、おばちゃんは鞘を抜いて刀身に穴が開く程近くでそれを見始めた。
手入れをしているとは言え、日本刀の厚みは一センチにも満たない。
それでモンスターを斬ったり鉄を斬ったりしていれば、刃こぼれの一つや二つしていなければおかしいという物である。
おばちゃんは最後に刀の真ん中を手の甲でノックする様に叩くと、渋い顔で首を振った。
「こりゃあ駄目だね。中で芯が折れちまってるよ……打ち直すならよい所を紹介しようか?」
「いえ、思い入れがある訳でもないので新しい物を買います」
榊原はそう言うと鋼の方を向いて「今回も立て替えておいて貰えるかしら?」とお願いをする。
今回……も?
鋼は今までに何かを立て替えたかと考えていると、ふと榊原が行ったことの意味に気が付いた。
「言っていなかったが、装備や魔道具を購入する資金はパーティーの共有貯金から捻出しているぞ」
彼女は今までの買い物を全て後で払うつもりだったのかもしれないが、そういった物を個人で買わせていれば、防具の買い替えが多い前衛なんかは後衛に比べて純利益が減ってしまうのだ。
「若いのにしっかりしてるじゃないか。それで、武器の素材に拘りはあるかね?」
「刀身が長くて重くない物が良いです」
榊原は鬼の血が入っているからか女性の割に身長が高く、角も合わせれば170センチある鋼よりも更に大きくなる。その為か、彼女はリーチの長い武器を好んで使っていた。
「じゃあミスリル製にするか」
「おや、魔攻が高いのなら『雨霧』なんかどうだい?刃渡り80センチ。柄まで含めると105センチもある大柄な男用の刀だが、オーブ枠が一つあってプレーンのまま。値段は70万さ」
オーブ枠というのは武器や防具なんかの装備に予め設けられている隙間の事だ。
そこに収められたオーブは武器と言う触媒を介す事で、対応したスキルを使用することが出来る。とはいえ、隙間に合うようにオーブを削って成形する為、実際に習得してから行使するスキルよりは威力も範囲も小さくなっているのだが。
「無銘の雨霧と言えばネットでの評判が良い奴だな」
「店長さんのおすすめならこれにするわ」
榊原は鞘に入ったままの雨霧をブンブンと振り回し、それを抱きしめる。
どうやら気に入ったようだ。
「二人はどうするんだ?」
「ウチは今使っとるリングで大丈夫やで、当面は持つやろ」
そういえば毬はフェニックス族の姫だとか言っていたな……鋼はその事を思い出しつつ、彼女の指に嵌められた真っ赤な指輪を見て震える。
「僕も今ので困ってないよ」
玲はそういうが、しかし、マネージャーとしては今すぐにでも別の職業に移って欲しいと思っていた。
鋼は戦争の時から不自然に思っていたのだが、彼女は味方の後衛をどこかで囮だと思っている節があるのだ。
それは姫子松と第六の長澤、両方から少し離れた位地で好機を伺っていた事や、決定的なピンチに陥るまでは姫子松の前に立たなかった事からも見て取れる。
もっとも、鋼がそれに気が付いたのは、姉の沙雪が彼女達の動画を見て不可解な言動をしていたからなのだが……
彼は知らないが、玲がその様な行動を取るのには少々理由があった。
それは、君主である筈の、守るべき筈の汰海エルとの関係が曖昧になっていたからである。
昔は完全なる上下関係があった両家ではあるが、時を経る毎に御恩と奉公の関係は次第に薄れ、今や唯のお隣さんとなったエルは玲からしても、守るべき存在から一番近くの友人になっていた。
それに、エルは幼いころからとても優秀であった。
玲からしてみればエルは目標であり、そして、ライバルだったのだ。
……と言うのはメンタル的な問題で、技能的な問題は一緒にモンスターを狩っていた時に培われてしまった。
玲は攻撃の性能は程ほどに守りに特化していたが、エルの性能はバフとデバフを撒く事に特化しており攻撃力は皆無だ。つまり、エルを囮にして玲が横から攻撃をするのが最も効率の良い作戦なのである。
勿論後衛を守るべき対象だという自覚はあったし、それをおろそかにしている訳でもない。ただ、積み上げられてしまった行動パターンは一朝一夕でぬぐいきれるものではなかったのだ。
今の段階では特に問題は無いのかもしれないが、しかし、強敵と戦った時、自らよりも強い相手と戦った時に、この油断は必ずや彼女の足元をすくうだろう。
原因は分からずとも現在の行動を見ていれば問題点は自然と浮かび上がってくる。
鋼は精一杯の気遣いの元、一言一句言葉を選びながら口を開いた。
「玲は嫌かもしれないし、だとすれば断って欲しいんだが……よければ銃を使ってみないか?」
「あんたそれは……」
亜人が小道具を異常に嫌うという性質を知っている店員のおばちゃんは何かを言いたげであったが、他の二人が口を出さない事を倣って押し黙る。
「それは僕が最強になる為に必要なの?」
「必要だ」
現在の玲に必要なのは後衛が対等な仲間であるという認識をしっかりと自覚すること。そしてそれを体に叩き込むことである。
「コウが言うなら間違いないね。もしかして僕の秘めたる力に気づいたのかな?」
「……助かる」
銃を使う以前の問題はクリアしたが、銃を使う上での問題は依然として残ったままであった。それは、敵を倒すまでは銃弾と言う金をハイスピードで消耗し続ける事と火力の低下だ。
現代兵器である銃の火力が低い原因は、ひとえにスキルが使用出来ない事にある。
特に、物防の高いモンスターには毛ほども効かない事から、現在の環境的に不遇な武器とされることが多い。
「アンタらが良いならアタシは構わないんだがね。初心者には少ない反動で弾幕を張れる短機関銃がオススメだよ。ここじゃ試し撃ちはさせてやれないが、グリップの握り心地や体へのフィット感、重さを含めた取り回しの良さを基準に、色々と試してみなよ」
「……あっ、これかな」
幾つか試した中でも玲が気に入ったものは、MP5と呼ばれる短機関銃であった。
「比較的軽いモデルだね。12万だから他に比べたら単価は少し高いけど、命中精度が高いから訓練さえすれば百メートルくらいのスナイプなら出来る筈だよ」
「じゃあこれの弾倉を20個と9mm弾を千発下さい」
「モールと弾納は付けとくかい?」
弾納というのは銃弾や弾倉を収納するポーチの事で、モールはそれらを固定するベルトの事を指す。
「全部で100万……だけど、今回は70万に負けとくよ」
「そりゃあ有難いけど、これまたどうして?」
「アンタたち、第七の最女だろう?今後来るであろうパーティーに恩を売るのは当然さね」
「広告塔になれという訳ね」
おばちゃんは「それもあるけど」と前置きをしてから、玲と鋼にウィンクをしてニッコリと笑う。
「何だか面白い事もしてくれそうだしね」
◇◆◇
【戯言】
買い物のくだりだけで一万字も書いてるってマジ?
……という訳で、今までの最女に降りかかった不利益は大体倭文さんのせいでした。少し説明不足でしたかね。現在進行形で猛省しております(汗)
因みに、倭文さんが魔法学園の動画に対して色々とコスイ事をやっていたのは、学年が上がる時に成績が足りず退学になった恨みからです。今思えば半数が消えるってやばいな。「『Lv.0対第六 戦闘記録 1』参照」
作者は捻くれているので今後何かが起こる時も「実は水面下で進んでいた」というパターンが多くなると思われますが、まぁ、推理小説でもねぇし伏線か?と思っても飛ばしちゃって大丈夫です。作者のガバかもしれませんしネ。
お前はいつもそうだ。
説明は長いしテンポも悪いのに、肝心なところは勿体ぶって隠したがる。
誰もお前を愛さない。
ではよい機会なので、伏線を置いておいたけど回収した時のスッキリ感が薄そうなので持て余していた裏設定を自白してしまいます。
ウサギ亜人の種族スキルは【チャーム】といいまして、自らの言動によって相手を唆す効果があります。あれれれ?そういえば『Lv.2 ギルド結成』で不自然なシーンがあったぞぉ?
はい。ごめんなさい、白々しいですね。
「束縛がきつい男は~」のくだりです。これは自分でも不自然だなぁと思いながら書いていました。まぁ、要は、三人の好きなようにやらせろよーと、言い含めた訳ですね。よってその後の鋼は三人に対して少し優しくなったり財布のひもが緩くなったり電気屋でアホになっていたりした訳です。
束縛と関係ない物が含まれている?……いや、だってそこを細かく指定出来たら強すぎるやん。あくまで、相手が持っている気持ちの一部を大きくする事が出来るというだけなので、自殺志願者以外に死ねと言っても殺すことは出来ませんし、固い意志を変えたりする事は出来ないのです。
イレギュラーが発生したり、そもそも効かなかったりする可能性があったとしてもかなり強いスキルだと思いますけどね。
【設定ケロケロコーナー】
武器屋の名前について。
『無銘』というのは銘が彫られていない武器の事で、自分の名を彫る事すら恐れ多いとされる場合はこの形式をとる事もあったそうです。
まぁ、今回四人が行ったお店は機械によって大量生産してるだけだから、作り手とか無いんだけどね。だから銘が無いだけなんだけどね。
ようやく次回からダンジョン編だよ。
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