賠償請求 再び


 ここは東京の一角にある中規模の警察署。その取調室。

 最女同好会の一同は入り口から遠い壁際へ横一列に座らされ、顔中にヤンチャな傷跡を残す元気なお兄さん達に辺りを取り囲まれていた。


 もちろん、寄って集って善良な高校生から金品を巻き上げようとか、そういう意図があってこういう状況になっている訳ではない。

 彼らは一同に負けず劣らず善良な公務員。つまりは警察官なのだ。


 少しばかり絵面が最悪で拘留中の犯罪者達が集団逃亡した様にも見えなくは無いが、それでも彼らは素晴らしく躾けられた忠実な政府の犬。その筈である。


 互いに無言で牽制をし合う不毛なやり取りを続ける事十数分、突如として豚箱の中に控えめなノックの音が響き渡った。


 入ってきたのは二十代前半、茶色の髪をカールさせた綺麗な警察官のお姉さんだ。制服に身を包んだ姿は愛らしいが、亜人的要素は無く一般的なサピエンス族である。


 「後は私の管轄ですので、皆さんは元の仕事に戻って頂いて構いませんよ」


 彼女は黒いブーツの底を大仰にカツカツと鳴らして一同の前でピタリと止まると、後ろに並ぶ反社っぽい男達を部屋から追い出した。


「ですが……」

「彼女達は魔法学園の生徒ですから大丈夫ですよ」


 彼女は渋い顔で苦言を呈した筋肉の髭にそう言い含める。


 若頭が最女の面々に良い顔をしない理由は、ダンジョンから日本中にモンスターが溢れ出た時、亜人等が矢面に立って事件の解決に尽力した事が原因だった。


 端的に言えば、警察の権威が低くなってしまった事への八つ当たりである。

 

「見た目はああですが悪い人達じゃ無いんですよ?……申し遅れました。私はここの署長を任されている橘 鏡珂タチバナ カガネです」


 ヤクザの女将改め、橘と名乗ったお姉さんはそう言って人の好い笑顔を浮かべる。


「それでは端的に申しましょうか」


 彼女は一同の正面にゆっくりと座ると、至って冷静に口を開いた。


「貴方達には『器物破損罪』『建造物侵入罪』『指定区域外銃刀法違反』『放火罪』『騒乱罪』の容疑が掛けられています」


 最女同好会のマネージャーである鋼は考える。

「それはきちんとした弁護士を通したうえでの見解か?」「だとすれば、示談でどうにかなりませんか?」「というか弁護士を呼べ!!それまでは黙秘権を行使するぞ!!」


 などといった高尚なものではなく……


「それって俺も関係ありますか?」

「信じられるか?こいつ、30分前までマネージャーの仕事について熱く語ってたんやで?」


 鋼はその場にいる全員から白い目で見られたが、特に気にした様子は無い。

 誰だって、何時だって我が身が一番かわいいものなのだ。


「関係、ありますね。貴方にはそれらの罪状とは別に「扇動罪」の疑いがかかっていますから……」


 申し訳なさそうな顔で告げる橘に、鋼は思わずため息を漏らした。


「あのですね、こいつ等がそんな事する訳ないでしょう?せめて証拠を提出してから言ってもらえますか?」


 これは彼の変わり身が早いとか、絶望的な状況で突然アホになったとか、そういった理由で恍けているのではない。


 何を隠そう、鋼は近隣住民の早期通報によりスーパーへの道のりでパトカーに捕まえられただけなので、事件現場を目の当たりにしていないのだ。


「証拠、ですか」


 そう言って橘は鋼の所有するビデオカメラを鉄で出来た机に置いた。


「なんであなたがそれを持っているんですか…?」

「証拠品として姫子松さんから押収しておりましたので…それではお返ししますね」


 鋼は全てを理解した。

 いや、最女部員等が何をしでかしたかと言う事に関しては既に察しがついていたので、こんなにも早く身柄の拘束やら罪状やらを並べられる理由を理解したと言った方が正しいだろう。


 ……カメラのデータを証拠に捕まえられたのか。


「馬鹿がッ!!隙を見せたなッ!!」


 鋼がビデオカメラを地面に叩きつけて証拠諸共消し去ろうとした時、橘から声がかかった。


「データはコピーさせて頂きましたよ」


 彼女が憐れむようにそう笑うと、乱心していた鋼もニッコリとした笑みを返す。


 なんという策士、なんという才気、なんという知略……ッ!!

 謀略に於ける、全てに於いて上回れたのは何時以来だろうか……


 鋼はそうやって項垂れると、両手を前に出して自首を宣言した。


「そう急がないでくださいね。もう暫くすれば勇者協会のお偉いさんがやってきますから」

「これまたどうして」


 皆が首を傾げた時、橘が入って来る時よりも更に控えめなノックが聞こえて来た。


 そうして入ってきたのは180cmはあろう、つるっ禿の巨漢だ。ピチピチのTシャツからは真っ黒に焼けた肌と、鍛え上げられた肉体が見え隠れしている。


「ご機嫌よう?アタシはリリィ、よろしくね」


 彼は開口一番にオネェ口調でそう言うと、唯一の男である鋼の方を向いてウィンクを送った。


 ゾクリ。と、背中に冷たいものが走る感覚を覚えながらも、鋼はなんとか顔を引き攣らせるだけに留める。


「役職は別に良いわよね。そんな事は些細な問題だわ……さてと、カガネちゃんから聞いていると思うけど、貴方たちには計六つの容疑が掛けられているわ」


 リリィは早速橘の横に座ると、乙女のごとく頬に両手を載せてくつろぎ始めた。

 

「勿論、市民を助ける為に仕方が無かった事も悪意が無かった事も理解はしているわ。でも実際問題大事になってしまったら、損をするのはお互い様よね」


 彼?彼女?はそう言うと、足を組み替えてから一枚の紙を取り出した。


「えっと、これは?」

「示談書よ。スーパーマーケットの持ち主と交渉したところ示談金二千万円で事を収めて貰えるらしいわ」


 示談で済むなら実刑は免れる事が出来たらしい。だからといって、学生の彼らに課せられた多額の借金は一朝一夕でどうにか出来る訳でもないのだが。


「待ってください!勇者協会の規約には『勇者がモンスターを討伐するために発生した、正当な損害は協会によって補償される』とあります!!」

「そうね。まったくもって正しいわ。でも、勇者登録しているのは貴方一人だけよね。弟君?」


 早い話、最女部員に関しては未だ勇者ではないので、その規約の効力が及ばないという事だ。この場合で補償されるのは鋼による損害だけなのだが、今回彼が街に与えた被害は一つもなかった。


「話は変わるけれど、貴方達インターネットで凄く有名よね。特にYou Sockでは……ヒーリングスライムの捕獲方法を事細かに説明した動画を投稿してくれたり、そのせいで勇者協会の所有していたヒールグミの価値を暴落させてくれたりと、あらあら随分とまぁ好き勝手にしてくれたじゃない?」


「その件が今回の事と何か関係があるのでしょうか?」


 ゴゴゴゴ…と威圧を高める目の前の巨漢に榊原は何時ものムスっとした顔で聞き返したが、リリィは別に怒っている訳ではなかった。


 ここ数日に起こった目まぐるしい一件の報酬が巡り巡ってようやく己の元へやって来たのだから、寧ろ機嫌が良いと言ってもいい。


「ごめんなさい貴方たちにはあまり関係ない事だったわね。でも大変だったのよ?飛行機で飛び回って色んな人と面会して海外にまで電話をかけて……それはいいわ」


 リリィは唇を舐めて湿らせると、少し間をおいて話を続ける。

 

「とにかく勇者協会としては多くの被害がでたの。それこそ、貴方達を勇者協会に就職させて、今後一切似た様な事が起こらないように飼殺そうという発想が生まれるくらいにはね……でも、結局は暫く様子を見ようという意見で纏まっていたのよ?」


 ―――今日の事件が起こるまでは。


「……さて、将来有望な借金奴隷さん達【ギルド】を建てる気はあるかしら?」

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