敗者不在のバッドエンド

1


 最女部員がスライムダンジョンのボスを討伐してから三日が経った。


 最初こそ己の魔法で焼け死にかけていた一同だが、彼女等は次第にダンジョンヘと適応してゆき、精悍でたくましい勇者へと―――


「う、嘘やんな?魔力回復の為なんかに虫を食わなあかんの!?」


 成長している訳ではなかった。


 姫子松はというと、玲の手によって顔の前へ持ってこられたマジカルインセクトを、涙ながらに拒絶する。


 ムウ大陸では一般的な食材だが、鳳凰のお姫様にとっては唯の昆虫でしかない。

 口に入れる事はおろか、素手では触りたくないとすら思っていた。



「い、嫌よ!貴方が斬れば良いじゃない!」


 洞窟内に榊原の声が響き渡る。

 と同時に、近くに居たパーティーから視線が集まった。


「我慢しろ、これも金のためだ!」


 イヤよイヤよも好きのうち。

 だけどもこれはガチの拒否。


 彼女は鋼によって捕まえられたヒーリングスライムを前に、しかし、攻撃する事は頑なに拒否し続ける。


 今や美味しいモンスターだという認識が広まっているが、可愛い物好きな彼女にとっては愛玩生命体でしかない。

 攻撃するなどもっての外、目に入れても痛くないとすら思っている。


「あー、仕方がねぇか」


 鋼はそう言って、モンスター解体用のナイフでヒーリングスライムをチクチクと刺し始めた。


「やめなさいよ!痛がっているじゃない」


 お前が斬れ、やっぱり斬るな。と面倒な事を言う榊原を無視し、鋼は黙々と作業を続ける。もう3日もこんな事を繰り返していれば、対話を繰り返すだけ無駄だという事が分かってしまうのだ。


 しかし、ヒーリングスライムがヒールグミを落とす条件は「攻撃される事」なので、レベルと物攻がそれなりにある鋼がモンスターを攻撃するのは効率が悪い。


「おーい、玲。スライム斬るの変わってくれ」


 彼らが勇者協会へ卸す素材の量はここ三日で急激に上昇していた。

 特に販売単価が八十円もあるヒールグミは、一日に三百個近くも生成できるので、それだけでも二万四千円の収益となる。


 正に濡れ手で粟。一攫千金も夢ではない……

 と思っていたのも束の間の出来事であった。


 鋼が投稿した動画が中途半端に再生されてしまったせいで、数々のパーティーがヒールグミ産業へ参加を表明したのだッ!!


 当たり前の様にレベル1、物攻1の駆け出し勇者を引き連れてスライムダンジョンヘと向かった彼らは、考案者の鋼等を差し置いて多額の儲けを叩きだしていた。


 勇者協会は連日に渡って大量のヒールグミを持ったパーティーが訪れた事でそれらの買取価格を下げざるを得なくなり、市場は協会を介さずに叩き売られたスライムの素材で溢れ返ってしまった。



 さて、ここ三日の出来事を振り返ったところで、一連の出来事によって発生した損得勘定を済ませてしまおう。


 最も大きな被害を被ったのは、勿論、勇者協会だ。

 数万個の在庫が三日にしてゴミになり果てたのだから当然ではあるが、彼らは機転を利かせてアイテムを政府や貧民国へ収めた。


 結果、貴重な回復アイテムが安価で手に入るという事で民間人は大喜び。

 たった一千万足らずの出費で国内外の地位を強めると共に支持率を上げる事に成功したので、収支はプラスである。

 


 次いで、鋼率いる最女同好会。

 彼らは折角手に入れた食い扶持を奪われてしまったが、それでも動画の収益で稼ぐ事は出来たし、それなりの認知を得る事には成功していた。



 では、最も得をしたのはヒールグミを安値で手に入れられた民衆か?

 

 ……そうではない。そうではなかったのだ。


 一連の騒動で最も大きな利益を叩きだしたのは―――


 インプレグナブルに阻まれて地面を転がり、ヒールグミを生成して見逃してもらおうとするヒーリングスライムのショートムービーを……


『無断転載せし人物』―――その者であった。



 鋼が数々の憎しみを込めてスライムを切りつけると、30数個のヒールグミを落としたヒーリングスライムが弾けて消える。


「ねぇ、コウ。今日って協会に行くんじゃなかった?」


 ヒーリングスライムへの拷問に集中していた鋼は玲の言葉で我に帰った。

 あまりの憎しみに、用事の事がすっぽりと頭から抜け落ちていたのだ。


「そうだったな……じゃあこれくらいで切り上げるか」


 ここ、スライムダンジョンは一般にも開放されている場所だが、他のダンジョンへ入りたいのなら勇者協会への登録が必要である。


 勇者登録をする機会のなかったムウ大陸出身者の3人にとって、今日の用事は絶対に外せないメインイベントであったのだ。


2


 闇になれた瞳を夕焼けの光が刺激する。

 やはりと言うかなんというか、スライムダンジョンの周囲にはいつもより少しだけ人気が多く感じられた。


「あはは、眩しいや」


 最も近い勇者協会は、ここから南に歩いて十数分の場所にある。


 一同は何時もの様に何ともなしに、会話をしながら歩みを進めた。


「なぁ、玲の盾って形は変えれへんの?全身を囲えたら強いと思うねんけど」

「変えれるけど、この正六角形が一番硬いんだよね」


 そう言った姫子松の前に玲のインプレグナブルが現れる。


「サイズはそれが一番大きいのか?」

「うん、一枚2.4平方mが最大。小さくは出来るけど硬さは変わらないよ」


 彼女の言葉の通り、ハニカム状のシールドは一辺が約30cmの正六角形が最大最硬サイズであった。


「盾の数は二枚が限度なのかしら」

「一枚の盾から分裂させることはできるよ。初期の二枚と違って、分裂した盾は互いに殆ど離せないんだけどね」

 

 赤べこの様に頷いていた鋼は大きく息を吐き出して、一言。


「めんどくせぇぇ」



 そんな他愛のない会話をしながら勇者協会へ向かって住宅街を歩いていると、ふと、姫子松が声を上げた。


「なぁ、あれ」


 一同は彼女の指さす、メイン通りから少しだけ離れた脇道に視線を向ける。

 すると、そこには全身が緑色のきったねぇ子供が三匹も集まって、値踏みする様に周囲を見渡している姿を見つける事が出来た。


 腰蓑の上にデップリと乗っかった腹とは対照的に体は無残なほどにやせ細っており、皮と骨だけの貧相な体に見える。


 六道における餓鬼と、ファンタジーにおける小鬼ゴブリンの両方に酷似しているという観点から、そいつの名前は小餓鬼と呼ばれていた。


 しかし、ひとたびダンジョンから外に出てしまえば、それはもう別の生物だ。


「『迷い獣』……か?」


 それもその筈。

 奴らは「モンスターを外に出さない」という、ある種の防護壁的な役目を持ったダンジョンから、自力で外に出てきてしまう程に成長してしまっているのだから。


 小餓鬼の紕い獣は、何も知らずに角から曲がってきた女性に醜悪な笑みを浮かべると、雄叫びを上げながら不格好な棍棒で襲い掛かった。


「危ないっ!!」


 女性が悲鳴を上げて逃げ出すよりも先に、メインの通りからは二人の女の子が飛び出して脇道へと入っていく。


 玲が既に発動していた防御スキルを互いの間に割り込ませると、空中で武器を受け止められて呆けている小餓鬼の背中を榊原が日本刀で切りつけた。


「あ、あっ、行ってもうたわ」

「二人して出遅れたな、追うか?」


 鋼は慌ててビデオカメラを取り出すと、姫子松の肩を揺さぶってそう聞いた。


 しかし、彼女は生まれたての小鹿の様にその場にへたり込んで震えるばかり。

 足がすくんだか、腰が抜けたか。

 

「ははは、おんぶしてくれる?」

「……大丈夫かよ」


 鋼は録画を開始したビデオカメラを姫子松に渡すと、彼女を背負って走り出した。



◇◆◇



【設定ゲロゲロコーナー!】

 

 ゲロゲロは駄目だな。ケロケロって言おう。ケーロケーロ


 さて、奥見 玲の種族は『コーライクイネ』と書きましたが、これは『高麗』と、どっかの国で「犬」という意味の『クイネ』を合わせた創作単語です。

 合わせると『高麗犬』になるのですが、高麗犬というのは『狛犬』の語源と言われているんですね。知っていましたか?僕は知りませんでした。

 

 第七の最女部員は「鳳凰」「雪ん子」「鬼」と、まぁ、日本っぽい妖獣とか妖怪の亜人構成されているので、狛犬と表記してもよかったんですけどねぇ、何分「狙ってる」感が出てしまうと。


 ありますよね、マークシートで連続して同じ数字が出ると意図して途中でずらしてみたり、1,2,3,4と順番に数が出ると何かがおかしいと思って数字を変えてみたり。


 そうです。レイはその被害者だったのです。

 というわけで大した意味はありません。


 スキルの「インプレグナブル」に関しては狛犬って守り神だしシールドくらい出せるっしょ!という軽いノリで付けました。


 意味は「難攻不落」らしいですが、僕は純ジャパなんで真偽は不明です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る