方針会議
1
月曜日の朝7時。
早朝と言っても差し支えない時間だが、第七の最女部員とマネージャーであるコウの四人は、揃いも揃って学園の会議室へと集まっていた。
ここは普段から部室を持たない生徒達に憩いの場として開放されており、先生の許可さえあれば誰でも使える半フリーの部屋だ。
内装としては、5畳程度のこじんまりとした床に折り畳み式テーブルとホワイトボードがあるだけの簡素な造りとなっている。
しかし、今日だけはそのテーブルの上に見慣れないものがあった。
「なにこの、え?カメラ?」
それはコウの親父が所有するビデオカメラだ。
昔は運動会なんかで使い倒されていたのだが、彼が小学校高学年に上がった事を境に忘れ去られ、押し入れで埃をかぶっていた可哀そうな奴である。
「あのねコウ。僕達がどれだけ可愛くても、裏ビデオの撮影だけは」
「な訳ねぇだろ」
コウは自分の体を抱きしめながら腰をくねらせるレイを一言で黙らせて本題へと入った。いちいち反応していたら体がもたない。あとメンタルも。
「お前らには「You Shocker」になってもらう」
you shockerとは動画投稿サービス「You shock」で動画を投稿する人の事である。
そう。彼はこの3人をフィルムに収めることで金を稼ごうとしていたのだ。
「ふーん、まぁええんちゃう」
「もう結構有名になっちゃってるしね」
「2人が良いのなら、私からは何も言う事はないわ」
コウは猛バッシングを受ける可能性も考えていたが、一先ずのところは反対意見が出なかった事に胸を撫で下ろした。
「思っていたより淡白な反応だな」
「動画撮影されていても、やるべき事に変わりはないわよ」
それは自身を納得させる言葉であったが、榊原はせめてもの抵抗に悪徳マネージャーへ冷ややかな視線を送った。
しかし、ビデオカメラの操作で忙しいコウはそんな事を知る由もない。
「やぁみんな!第七魔法学園女子最前線同好会チャンネルだよ!」
カメラに向かってポーズを決めながら元気よく挨拶をする玲。やはりこいつは生粋の陽キャだ。
コウが感心して見ていると、唐突に会議室の扉が開け放たれた。
「おーい、やってるか……?」
2
久遠先生に対してこれが裏ビデオの撮影会ではないと説明をする事、約数分間。
「まったくお前らは下らん事を思いついたものだ」
下らない。確かにくだらないが、しかし。
あれを見て一番に裏ビデオの撮影会か!?ってなる人は一度教師を辞めるべきだ。
「もしかして校則違反でしたか?」
「そんなことはないよ。ルールの範疇なら何でもやるべきだ」
彼女はそう言うと、孫の成長を見守るお婆さんの様に安らかな表情を浮かべた
「それで、そうか。沙魚川はマネージャーになったのだな」
「なんですかその顔は」
コウの不満げな顔を見たクオンは、慌てて両の手を開いて見せる。
普段から無駄な冷やかしを入れるせいで信用は無かったが、しかし、今回に関しては言えば悪意はなかったのだ。
「あぁいや、それなら最初に決める事があると思っただけだよ」
「決める事?」
オウムさながらに復唱するレイに対して無言で頷くと、久遠はこういった場合の定石について自身の考えを述べる。
「マネージャーがする仕事といえばマネジメントだが、その意味は経営と管理だ。身長、体重、スリーサイズ、ステータス、食事、トレーニングメニュー、試合の作戦、金策、どこまでの管理を沙魚川に委ねるか決めなければ話は始まらないぞ」
「全部自分でやるべきじゃないの?」
「確かに」
いやに純粋な目で言い放ったレイに、久遠は思わず同意をしてしまう。
「全てを卒なくこなせるならそれに越した事はないけれど、本気で強くなりたいのなら雑務を他人に押し付ける度量も必要よ」
「例えそうだとしても、俺の前では言わないのが優しさだろ」
しかし、雑用担当の声が榊原に届くことはなかった。
「それは分かったけどさ、コウは雑用をして何か得があるの?」
「俺の将来の夢は勇者協会に就職することだ」
コウは少しだけ考えてからそう答えた。
本当の夢は自身が勇者になる事だったが、その夢もここ数年で既に夢想になりつつあったからだ。
「就職が夢って。これが現代の闇か」
「最後まで聞け。入社する時に有名な勇者パーティーをマネジメントしていたら企業受けが良いだろ?だから俺はそういう下心100%でマネジメントを引き受けた」
だからこの言葉に嘘はなく、また彼自身もこれが最良だと思っていた。
「人の褌で相撲を取る気だったのね」
「虎の威を借る狐」
「姑息」
「いや、世の中の大学生とかこんなもんだからな!?意味もなくボランティアとかやる訳ねぇだろ!全て計算尽くなんだよ」
散々な物言いをされ、コウは少しだけ怒りをあらわにする。
「美少女を管理して興奮する変態やなかったんや」
全世界の大学生を敵に回した代わりに彼が得たものは限りなく小さかった。
「中途半端に「お世話が好きなんです」「喜ぶ姿が見たくて」なんていう建前を語る人間よりは信用できるわ。精々お互いに利がある内は協力し合いましょう、マネージャーさん?」
「大丈夫だよね?要らなくなったら処分されるとか無いよね?」
「フラグを検知しました」
余計なことを言った姫子松の頭に鉄槌を下したかったが、生憎彼はカメラのフレーム中へ入る事が出来ない。
姦しい映像に男の影が映ると視聴者が離れるという事は、動画の裏事情に詳しくないコウにも容易に想像できた。
とはいっても、肝心の女性等がコウの話をしている時点で、その計算も意味をなしていないのだが。
「それにしてもうち等が有名勇者パーティーねぇ?ほんまになれるんかいな?」
「少なくとも俺はお前らの事を原石だと思っている。っていうか見込みがないのにマネジメントを引き受ける訳ないだろ。こっちも暇じゃねぇんだよ」
その時、今までは死んだ様な愁いを帯びていた久遠の瞳が、一瞬にして生気を取り戻してキラリと光った。
「実績のない人間が言うに事欠いて「暇じゃない」とは大きく出たな。ならば次の『運動会』までには彼女等自身に可能性を示してやる事くらい、訳ないだろう?」
コウは余計な事を言ってしまったと気づき下唇を嚙む。
期待されるのは仕方が無いとして、具体的な目標を立てられると達成できなかった時が怖いのだ。
「運動会?それって10月に開催されるあの?」
「いや、魔法学園は熱中症対策で毎年6月初旬開催だぞ」
「……あと2か月もねぇ!」
想像以上に早く結果を出さなければならないと気が付いて思わず声を荒げたが、それは他の三人も同じ気持であった。
「実際問題どこまで管理を委ねるのかしら?」
「段階を踏んで徐々に任せる範囲を増やせばいいんじゃないか?俺も、自分の有用性を示す前から全て任せろとは言えないし」
「ステータスの開示は必要だとして、まずはトレーニングメニューを任せてみましょうか」
榊原がそういうと、他二人も概ね納得したらしく、首を縦に振った。
「じゃあまずは僕のステータスからだね」
「まずは?レイ以外のステータスは既にみたぞ」
「嘘!僕だけ仲間外れなの!?早く見てよ!」
彼女が将来悪い詐欺とかに引っかからない事を願いつつ、コウは表示されたステータスをのぞき込む。
【生命】4 【物攻】4 【物防】8
【俊敏】7 【魔防】8 【魔攻】4
彼女のステータスはかなりの防御特化。スキルも鑑みたらかなり優秀な「タンク」になれる素質がある。
「生命力を度外視すれば」という前提付きの、もしも話ではあるのだが。
「ステータスと言えば、毬の種族は動画で公開しても良いのかしら?」
マネージャーの超えるべきハードルが知らぬ間に高くなっていく中、榊原はそんな事を口にした。
「駄目だ。話題が出ても編集で消しておけ」
「そういえば俺もまだ聞いてないな。っていうか聞いてもいいのか?」
「鳳凰」
姫子松はというと、情緒も先ぶれもなく、ただ事務的にそう答える。
「えーあー、あれね。淡白な白身魚。美味いよね」
「それはホウボウ」
「鎌を持った肉食昆虫?」
「
「春頃になると花の蜜を求めて現れる」
「蝶々」
「それはいつもやないかーい」
「誰が狂暴じゃ!!」
「炎の体で、死んでも灰から生き返るという」
「それそれ!ようやく分かったかって…それはフェニックスや!!」
「すごいなお前」
「コウこそ、見直したわ」
そうして二人は額の汗もそのままに、固く握手を交わした。
種族を超えて、性別を超えて、部員とマネージャーという立場を超えて。
あるいは、そんなものは最初から存在しなかったのかもしれない。
なぜなら友情に垣根など存在しないのだから。
―完―
「ていうかフェニックスと鳳凰って別の種族なの?」
いつの間にか差し込んでいた太陽の光を顔に浴びたせいか、それとも目の前で不快なやり取りをされたせいか。
とにかく、奥見 玲は顔を顰めつつ疑問を口にした
「フェニックス族も鳳凰族も基本ステータスと種族特性は似たり寄ったりだが、取得できるスキルに偏りがある。フェニックスが攻撃型だとすれば鳳凰は補助型だな」
「ファイアーアローって補助スキルなのか?」
まてまて――と、コウは突っ込みを入れる。
闘技場で見たあの爆発は「補助型」つまり、バッファーなりデバッファーなりが出して良い火力ではない。と、そう言いたいのだ。
「鳳凰とその姫はステータスと取得スキルがちょっとだけ違うんや。種族特性の【リザレクション】は一緒やけど。あ、これオフレコで頼むで?他所で話したら首が飛ぶから」
姫子松 毬は得意個体であった。
それも、口外すれば鳳凰族すべてが敵に回ってしまう程の重要個体。
彼女と一緒にいるならば遅かれ早かれその事を聞かされていたのかもしれない。
もしかしたら自分から請うて聞き出したのかもしれない。
しかし、知らぬうちにソレを渡されたのなら、やはり、多少なりとも重荷に感じてしまうのは仕方が無い事であった。
「おい!!今すぐ俺の頭を鈍器で殴れ。記憶を飛ばしてくれ!!!」
ニヤケ面の久遠がコウの額をペチリと小突いた。
「マリって死なないの?」
「魔力が残ってる限りはな」
そんなやり取りに、彼女等のマネージャーは「反則じゃねぇか」と愚痴を零す。
種族特性は無く、オーブによるスキルの取得も叶わない無能の彼にとっては、いささか刺激の強い話であった。
「それじゃあ訓練メニューに関してやな」
「あぁ、まて。その前にお前達の将来の目標を教えてくれ。指針が無いと訓練のメニューを組めないだろ」
レベルや技能はともかく、スキルの取得は基本的に潰しが効かないとされている。
コウは彼女らの意見を尊重するつもりではあったが、将来の夢にそぐわないスキルを取得しようとしていたのなら「止めなければならない」と思うくらいには責任感があった。
「僕の夢は最強の勇者になること!」
「うちは宮廷魔術師になって楽したい」
「オリンポスピックでプロの戦争屋になるわ」
おーてーあーげー!
そう言う事が許されるなら、コウはすぐにでも両手を振り上げて叫びたかった。
しかし、しかし、それでも彼女等と共に夢を追いかけるのが彼の仕事だ。
勿論そんなことはコウ自身も理解していたし、先の原石云々も決して出まかせの口八丁ではないのだが―――
何故に、そうやって、苦るしい道を歩もうとするのか。
彼にはそれが理解できなかった。
とはいっても全員が高い目標を持っているようだし、モチベーションの差で揉める事が無さそうなのは良い事だ。
コウの疲れ切った顔を見て良くない想像をしているのだと察知した3人は、目線だけで「お前こそどうなんだ?」と聞き返す。
「……俺の直近の夢はお前たちを「最前線部」にするっていう事で」
コウは3人と出会う前から常々思っていた事があった。
何故、最前線部は「男子最前線部」と呼ばれないのか。
「そんなん土地さえあれば、すぐになれるで?」
「それでなれるのは「女子最前線部」だろ」
何故「女子最前線部」は、最前線部と呼ばれないのか。
―――そんな事は明白だ。馬でも分かる。
生命、物攻、物防、俊敏、魔防、魔攻
つまるところ、強さが足りない。
しかしこれは当たり前の事でもあった。
ステータスが現れてからは男女の肉体における強さに差は無くなったが、戦闘とは元来男の仕事であり、争いに対する戦意も闘志も競争心も闘争心も、やはり男の方が多く持ち合わせているのだ。
女性はレベルを上げる事よりも生活の質を向上させる事を優先し、スキルオーブに大金を払うくらいならば子供の養育費に貯金をするパターンが多い。
汗を嫌い、汚れを嫌い、日焼けを嫌い、肌荒れを嫌い、不眠を嫌い、傷付く事を嫌い、傷付ける事を嫌う。
だからそれら全てを良しとした、許容し受容した馬鹿には届かない。
それ故に起こる地力の差。
おままごと。とは言わないが、やはり男性からすれば女性の戦いは多少なりとも幼稚に見えてしまうのだ。
―――しかし、彼女等がそれでもやると言うのなら。全てを投げ打って強くなりたいというのなら……
「もう、男子最前線部が至高とは言わせない。幼稚、お遊び、趣味の範囲とも言わせない。いいか!これから「最前線部」といえば女子最前線部を指す言葉になる。男子諸君には悪いが―――
近々お前らは「男子最前線部」になるだろう」
コウはカメラに向けて、映ってもいないカメラに向けてそう断言した。
しかし、それはそれ。これはこれ。
幾ら大口を叩いても、彼女等がどれ程の強さを持っているかは分からない。
「それで、お前らレベル幾つだ?」
ステータスに表示されたレベルは本人しか見る事が出来ない。
だからコウは彼女等のレベルを逐一教えてもらう必要があった。
「15だよ」
「13やな」
「20ね」
「オーケイ分かった少し黙れ。そしてこれを見ろ」
コウが手元のスマホを反転させて彼女等へ見せると、そこには昨日のニュースで報道されていた沙魚川 沙雪の姿が映っていた。
「あっ、殺戮姫」
「メタルリザードを殴っ……内側から弾けたで!?」
姫子松はそう言って立ち上がると、スマホの画面へと近付いていく。
おそらくカメラからは見切れてしまっているだろう。
「この人の物攻は8。確かに高いが特筆すべきはレベルが85もあるという事だ」
「そんな情報公開されていたかしら」
「たまたま知った」
コウは沙雪と姉弟である事を隠している訳ではなかったが、ややこしくなりそうだったので適当な事を言って話をつづける。
「少しきつい事言うぞ」
そういって一拍開けると、彼女等の目を見て口を開く。
「お前ら16年間、何してたんだ?」
三人を非難しているようにも聞こえるが、これは同時に自身へのダメージにもなっていた。
「答えなくていい。自分の無力さを理解したな?こうなりたいな?」
そんな事を露と知らない彼女等は、コウの言葉に深く頷いた。
「じゃあダンジョンでのレベリングはトレーニングに追加な?」
「ま、まってよ!僕達装備も何もないんだよ!?」
確かに第七の最女同好会には装備を買うだけの資金が無い。
「だから行っていいのは『スライムダンジョン』だけだ」
『スライムダンジョン』といえば東京の郊外に位置する小さな洞窟で、殆どの人間が最初に立ち入るチュートリアルダンジョンでもあった。
ずぶの素人でも半日程度で踏破出来る上に、金になるアイテムも落とさないので、もはや今日日の小学生ですらそこへ行く事はない。
「レアスライム狙いっていう事?でもあれは」
……あれ、こと『ヒーリングスライム』は逃げ足がすごく早い事で有名だ。しかし、だからこそ――
「お前らにはそいつでチームワークを磨いてもらう」
幸か不幸か、彼の近くには今尚大きな結果を出し続ける人物がいた。
故にコウは考える。姉貴と同じ訓練をしていれば間違いはないだろう、と。
これを期に彼らの行動は少しずつ狂っていく。その原因が「例外中の例外」を目標にした事だと気が付いていたのは、この時点で久遠ただ一人であった。
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