Lv.1

バズった

「いつまでそうやってソファーに寝っ転がっているつもりなの?」


 スマホを片手にリビングで溶けていると、スーパーから帰ってきた姉貴がいつものように声をかけて来た。


「金曜日からその調子だけど、学校で何か嫌なことがあったのかしら」

「きん、金。嫌なことを思い出した」


 マネージャーの俺が最初に与えられた任務は正に『金』の調達であった。


 第六の最女は戦争管理委員会によって事実上の廃部へと追い込まれ、ひいては最も大切な部費を取り上げられてしまったからだ。


 普通の部活動なら大した金はかからないだろう。しかし、最前線部は武器に防具にポーションにスクロールにスキルオーブに……とまぁ、出費が嵩む部活動である。

 なんて言ったって命がかかっているのだから。


「もしかしてお金が必要なの?幾ら?」


 姉貴はそう言うと、未来からやってきた猫型ロボットよろしく首から下げられたお財布ショルダーを腹のあたりでまさぐり始めた。


「ちがーう」


 いや、違う事はないんだけど。金なら凄く欲しいんだけど。でもなんていうか、金の使いどころが分からなくてホストに貢ぐOLっぽくて引いてしまった。


「じゃあ、学生でも出来る割の良いお仕事紹介してあげようか?」


 そうだよそれそれ。姉貴ともなれば流石に顔が広いな。

 俺はそんなことを考えながらスマホのゲームで敵を切り倒した。


「夜の海に投げ込まれた木箱を回収するお仕事なんだけど」


 夜の海、木箱、うん? 


「なんと一晩で5万円も……」

「やめて?弟に怪しい仕事を紹介しないで?それに仕事なら今やってるから」


 一体全体どんなところでソッチ方面のコネを手に入れて来たのだ。


「あら、もしかしてスマホでできる副業とか?」


 市販の氷菓を頬張りながら嬉しそうに俺の手元をのぞき込んでくる姉貴に対し、俺は画面を近づけて自信満々に言い放つ。


「世界を魔王の恐怖から救う仕事」

「やっぱりゲームじゃないの!」


 げ、げーむ……?なんだそれは


「勇者である俺に困っている人達を見捨てろと言いたいのか!?」

「目を覚ましなさい、本当に困っているのはソファーを占拠されて地面に転がされているあなたのお姉ちゃんよ」


 転がされてっていうか、勝手に転がっているだけなのでは。


「世界を救ってやると言っているんだ、家財の独占をして何が悪い。そもそも王様が最初からもっと協力的だったら楽できるはずなんだ」


 なんだよエノキの束って。敵を殴ってもファサッてなるのがオチだろ。ふざけてるのかいい加減にしろ。


「悪いのは魔王じゃないの?」

「クソッ!魔王め!なんと卑劣な!」


 そうだ、魔王が侵略なんて始めるから悪いんだ。実家で大人しくしとけよ。


「でもコウ君がゲームを起動しなかったらその魔王も生まれていないのだけどね」

「馬鹿なッ!本当の魔王は俺だったのか!?」


 そりゃあ王様もエノキしか渡さないよな。むしろエノキを恵んでくれただけありがたいのかもしれない。


「分かったならお姉ちゃんもソファーに座らせてよね」

「小娘が!魔王たる我に何という口の利き方をするのだ!」


 姉貴は俺の声に呼応するようにフローリングへ跪くと恭しく頭を下げる。

 手に持ったアイスのカップが無ければ堂に入っているように見えたかもしれない。


「魔王様、世界征服を初めて数か月が経過しました。各国を順調に攻め落としてはいるものの物資の消耗は激しく、特に前線では損傷した兵が病床に伏しております。ここはどうか魔王様直々にお力添えをお願いいたします」


 なにその末期戦。

 

「じゃあテレビ付けて」


 そう言うと、俺は体を起こしてソファーの半分を開けてやる。


「はいはい、失礼しますよーっと」


 ちょこん。と、姉貴は俺へ密着するようにソファーへ座った。


 なにこの状況。


「姉貴って外でもそんな感じなの?」

「そんな感じ?」


 自覚がないのか、それともワザとか。どちらにせよ暑苦しくてたまらない。


「男の腕にしがみついて、まぁ、なんだ。媚びてる感じ」

「こびっ……あのね、お姉ちゃんって強いのよ?」

「知ってる」


 しかし、それがこの状況と何の関係があるのだろう。

 もしや脅しか?


「レベル85よ?85。男の人って自分より弱い女の子が好きでしょう?」


 男を知らん癖に強がるなよ。とは思ったが、俺自身も守られるよりは守りたい派閥ではあるので敢えて対立する事はなかった。

 

「往々にして」

「それに年収は億もあるの」

「は?聞いてないけど」


 サラリと告げられた新事実に驚愕している俺をよそに、姉貴は言葉を続ける。


「強くて可愛くてお金持ちな女の子が甘えられる人なんて、身内くらいなのよ」

「男はプライドが高いからな」

「そう、そうなのよ!みんな口を揃えて自分より優秀な女の子は恋愛対象に入らないって言うのよね……」


 なんだか姉貴がモテない理由が分かった気がする。

 確かに女性側が完璧すぎると男からすれば付け入る隙がないというか、壁を感じるというか、劣等感を覚えるのかもしれない。

 

 それは男女の立場が逆でも一緒なんだろうな。


「じゃあ代わりに俺に甘えろよ。とはならんけど」

「なーんでよぉー」


 なる訳ないだろ、弟だぞ。姉貴にくっつかれても鬱陶しいだけだわ。


 というか、そうやってアイスのカップを振り回す姿を見せれば多少なりとも付け入る隙は生まれると思うんだけど。


「そういえばコウ君ってあんまり他人に嫉妬しないわよね」


 しかし、変わり身の早い姉貴はそんなアホな動きを唐突にやめると、首をかしげながらそう呟いた。


「身内に全てを持った人間が居たら、そりゃあ他人に嫉妬する事なんてないだろ」

「ごめんなさい、お姉ちゃんが全てを持って行ったせいでコウ君が味噌っかすになっちゃったのよね」

「味噌っカス言うな」


 人間、出来過ぎても出来なさ過ぎても良くない事が分かる良い例だ。もしかしたらカルタの絵札になれるかもしれないな。

「程々が大事」というタイトルで。


 …子供に身の程を教える知育玩具。嫌過ぎるけど。


「でも大丈夫、お姉ちゃんが養ってあげるから」

「いらない。俺は俺の幸せを見つけるから姉貴もそろそろ」

「ほら、あなたの好きな報道番組が始まったわよ」


 姉貴は俺の言葉を遮ると、先程から変わっていないテレビの画面を指さした。


「俺はおっさんか」

『続いてのニュースです。本日午前9時頃、東京ダンジョンにバリケードを築くなどした疑いにより、モンスター人権団体の23名が逮捕されました』

「やったなおい」


 スマホの片手間に見ていたニュース番組ではあるが、聞き捨てならない事を言っていたせいで思わず突っ込んでしまった。


「あ、これってそうだったんだ」


 そうだったんだ。そうだったんだ?


『警視庁によりますと容疑者等は「ダンジョンはモンスターの住居であり、内部へ不法侵入した挙句、住人に対して暴行及び殺害を繰り返す【勇者】は犯罪者である」という主張を繰り返しているとの事です』

「バリケードはともかく、話に筋は通ってそうだな」

『また、構成員は近くを通りすがった『調教師』に暴行を働き、所有していたモンスターを開放させたとの疑いがあります』

『解放されたモンスターは近くに訪れていた市民へ襲い掛かりましたが、偶然通りがかった自称見目麗しい女性勇者によって無事討伐されました』


「おい」


『取り調べに対し団体の首謀者は容疑を認めているとのことで、警視庁は余罪を調べています」


「おいっつってんだろ!これ姉貴だな!なんだよ衆人監守のもとでモンスターを討伐って、なんだよ自称見目麗しいって」

「だ、だってあのモンスター経験値美味しいんだもん」


 そりゃあ未来の旦那様もドン引きよ、彼氏なんてできねぇよ!


「だもんじゃねぇよ可愛くねぇんだよ。モンスターぶっ殺してんだよ」

「武器は使ってないわよ?」


 姉貴は当然よね?とでも言いたげな顔をしているが、お前のレベルと物攻なら武器なんて必要ないだろ。


「そのショルダーに手を入れて」

「こ、こうかな?」


 操り人形と化した姉貴が素直に従う中、俺はハミングで愉快な音楽を奏でる。


「はいじゃあ出して」

「えい!」


「さーつーりーくーへーいーきー」


 俺は生まれて初めて姉貴に頭を叩かれた。


『続いてはスポーツの話題です。先日、東京魔法学園の公式アカウントから投稿された一本の動画が、ネット上で多くの反響を呼んでいます』


「ほ、ほら、コウ君の学校だよ。何か知ってるんじゃないの?」


 高校生の動画って言うとあれだ。ショート動画共有アプリ「Tank Topタンク トップ」の話題だ。ということは―――


「どうせアホな女が半裸でダンスしてるとかだろ」

「Tank Toperに何の恨みがあるのよ」


『戦争いうのは魔法学園で不定期に開催されるイベントであり、生徒達による激しい戦いが繰り広げられる事で知られています。近年ではオリンポスピックへの参入も話題になりましたね』


 まて、戦争?仮入部機関の今?そんなの第六と第七の最女以外であったか?いや、ないな。ないわ。じゃあこれ知ってるわ


「俺、半分くらい当事者なんだけど。これ」

「知ってるわよ?文芽ちゃんに貴方を推薦したのは私だもの」


 文芽っていうと久遠先生の事か。


「へー……あ?え?推薦?」


『序盤中盤と第六が戦闘を優勢に進めて第七を追い詰めていたと思われましたが、突如として第七が攻勢へ躍り出ます。瀕死の魔法使いによる置き土産、そして前衛の捨て身により最も体力が残った部員にバトンを繋げました』

『しかし結果は相打ち。ネットでは賛否両論の反応が散見されます』


『凄く熱い戦いだった』

『ふ、フレンドリーファイアーwww』

『第七のワンちゃん、あれで七組ってま?』

『格下に負けるとか、ないわー』

『子供が傷付くところは見ていて気分がいいものじゃない』

『第六の盾使いは足の遅い置物なんだから第七の鬼娘と犬娘で狼娘を先に倒した方が楽だったんじゃない?弓はインプレなんとかで防げるんでしょ?』


 とりあえず姉貴が推薦だなんだと言っていた事は置いておこう、それよりも今は優先するべきことがある。


『続いての……』

  

 亜人の差別問題を報道するニュース番組をよそに、俺は金曜日に入らされたグループ「LINNE輪廻」に文字を打ち込んだ。


『〈htss//www.Your Shock.com/maho=syugoino〉見ろ、ネットでバズってるぞ』


『ほんとだ』

『ほんまや』

『本当ね』


 レイは送信してから3秒で返信。少し遅れて姫子松、最後に榊原という順番でそれぞれから素っ気ない返事が返ってきた。

 

 なんか、もうちょっと無いんですかね。

 凄い!とか、バズった!とか。


『コウの事も書かれてるよ。こいつ煩くない?ってさ』


 放っとけ


『マネージャーとして言わせて貰うが、ネットの声は参考程度に見ておけよ』

『どないしたんや突然。気色の悪い』


 エゴサで精神を病む前に忠告してんだろうが。あと、俺の事はいいんだよ。


『目下の課題だった資金不足なんだが、一つ。良い策を思いついた』

『嫌な予感がするわね』

『もしかして止めに行った方がいいかな?』


『まぁ、見てろって。月曜日までに準備しておくから』


 俺はそれだけをLINNEに書き残すと、スマホを閉じて家庭用PCを立ち上げる。


「親父のカメラってどこだった?」

「二階の押し入れだよ」


 姉貴はそういうと、何やら楽しそうな、そして悪そうな笑みを浮かべた。

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