対第六 戦闘記録 2
1
姫子松が放ったファイアーアローは、闘技場の中央から西までを一直線に焼き尽くした。
中央にほど近い場所にいた横井は余裕をもってそれを回避するが、姫子松の狙いは敵の撃破でも榊原のフォローでもない。
先程火の壁を突っ切って南西へやって来た長澤の隔離。
それが彼女の打った一手である。
長澤は自身の後方で燃え盛る火の壁と、正面に立ち塞がる第七の三人を交互に見やってから生唾を飲み込んだ。
このまま袋叩きにされるくらいなら、もう一度火の海を渡って自陣へと戻るのも一つの手である。
しかし、彼女が持つ残りの生命力では、仮にそれを遂行したとしても今後の戦闘に支障が出てしまうだろう。
生命力が低ければ敵に近付いた時に圧が生まれない。何故なら、向こうは多少のダメージを受け入れるだけで長澤を倒すことが出来るからだ。
圧というものは目に見えないし、ステータスに表示される訳でもない。
しかし、確かに存在するのだ。
長澤はその事を深く理解していたからこそ、その場でただただ立ち尽くす事しか出来なかった。
奥見は彼女の葛藤を見透かした様に前へ出ると、手に持ったバスタードソードを長澤の頭上から振り下ろす。
突然の事で混乱していた長澤は、いつもなら軽く躱していた筈のその攻撃を両腕の鉤爪でガードしてしまった。
武器を持たない姫子松はともかく、この状況で無防備な横腹を榊原の日本刀に刺されてはたまったものではない。
長澤は自分を鼓舞する為に再び大きく遠吠えを上げると、鍔競り合いになっていた奥見のバスタードソードを力任せに押し返す。
元より彼女の物攻は奥見の倍の数値もあった上に、焦ったが故の馬鹿力である。本来拮抗する筈のなかった力比べはいとも簡単に終了した。
姫子松の創り出した火の海が時間経過で弱まった事。そして、清水が弓矢で榊原を攻撃しながら南東へと移動した事で戦況は一転し、今度は第六が攻勢を掛ける機会を手に入れた。
『第六は後衛が前に出る事で第七を囲う事に成功したぞ!やはり二年生は位置取りだけを見ても洗練されていますね!』
『精密射手は火力でもサポート力でも敵の後衛に劣ってしまう事が多いからな。堅実な勝利を目指すのであれば、自分の体を囮に使って「敵に追わせる」展開を作る事も必要だ』
この位置取りでは清水の矢で姫子松の事を狙い放題になっている。
勿論、奥見の盾があるので今すぐにどうこうなるという問題ではないのだが、それでもいずれは対処しなければならない問題でもあった。
榊原はそんな事を考えながら、清水の場所を流し目に確認する。
「策に乗せられているようで不愉快だけれど」
それに、榊原は横山のゆっくりとした攻撃を避けるだけの我慢比べにも、いい加減飽き飽きとしていた。
「浮気は駄目だよ!」
そんな榊原の気持ちの変化に気が付いた横山は、姫子松の作り出した火の海へと身を投じる。
火の海とはいっても、既に小火騒ぎ程度の勢力になった炎だ。彼女の魔法防御力を鑑みればダメージにすら換算されないだろう。
しかし、小さくてもダメージはダメージである。
「それっ」
横山が掛け声と共に盾を振るうと、榊原の胸に小さな衝撃が走った。
『も、もしかしてあれが荊棘ですか⁉』
『そうらしいな。まさかフィールドダメージをトリガーにしてスキルを発動させるとは思わなかったが』
攻撃を受けた榊原は半歩だけ後ろによろめいたが、結局のところ荊棘のダメージは横山の物攻を参照するので、物理防御力の高い榊原には足止め以上の効果をもたらさなかった。
一度限りの妨害、一瞬だけの綻びではあったが、その状況を長らく渇望していた清水は榊原の右肩を背後から撃ち抜いた。
『あの位置を撃たれたら右腕は使えなくなったも同然だな。それに、鎖骨下動脈が傷付いていたら放って置くだけでも出血死するかもしれん』
防御力も無いのに前衛に立つ榊原は、第六から見れば最も崩しやすいステータスと立ち回りをしていた。
高い俊敏を駆使して逃げに徹されていたなら捕まえる事は困難だっただろう。
しかし、彼女の後方には守るべき味方がいた。
それ故の被弾。
己の体を使って敵に追わせていたのは精密射手だけではなかったのだ。
「美波!」
いち早く異変に気が付いた奥見は、追撃されようとしていた榊原の後方にハニカムシールドを移動させた。
清水が放った二射目の矢はインプレグナブルによって阻害されたが、正面の攻撃までは防ぐことができない。
榊原は残った左腕で眼前から迫りくる攻撃をガードしようとしたが、横山はそんな防御も構わずに大楯を振りぬいた。
『こうなれば誰かが手を貸さないと抜け出すのは難しいぞ』
榊原がピンチに陥っている中。
己の前にある盾を失った奥見もまた、敵によって攻撃を仕掛けられていた。
彼女は正面から振り下ろされる両爪をバスタードソードで受け止めると、今度は弾かれる前に長澤の腹を足で蹴り上げる。
「くそっ……実央、援護!!」
奥見はその声に従って後方の清水を警戒するも、弓を構えるスナイパーは「自分でどうにかしろ」とでも言いたげに見向きもしていなかった。
「しめた!馬鹿がッ!喰らっとけ!」
意図せずに視線の誘導が成功した長澤は限りない勝利を確信しつつ、目の前で固まっている敵に対して鉤爪の付いた拳を突き出した。
しかし、調子を取り戻してきた奥見の耳はグローブの切っ先が風を切る音を聞き逃さない。咄嗟に剣を構えると、丁度バスタードソードの横腹にある溝で鉤爪の先端を受け止める事に成功した。
相手の攻撃を間一髪の所で防ぐ事は出来たものの、しかし、長澤はこの瞬間をまたと無いチャンスと捉えて、一撃に全身全霊の力を込めていた。
金属同士が擦れて火花を散らせる度に、奥見は地面へと、後ろへと押し込まれて行く。
今回は先ほどの様子見の一撃とは違い、間違いなく体重の乗った攻撃だ。
蹴りで距離を置こうにも片足を上げることすら叶わない。
叶わない。が、考え方を変えればこの状況は良い時間稼ぎでもあった。
押し込まれても倒される事はないし、此処で時間を消費すれば姫小松による援護も見込める。
しかし、長澤の視界には既に奥見の姿は映っていなかった。
「実央!この犬頼んだ!3秒で魔法使い殺してくる!」
彼女が見ていたのは、奥見の後ろで濃密な魔力と共に右手を光らせる少女
ファイアーアローのクールタイムを凌ぎ切った姫子松だった。
「やらせるものか!」
奥見は清水の撃った矢が自分へ飛来している事を確認すると、俊敏によるゴリ押しで自身の右側から抜けて行った長澤から守る為に、姫子松と清水の間にあったシールドを移動させた。
そして、榊原は自身が照準から外れている事を知るや否や、横山を放って清水の懐へと潜り込む。
一閃。
榊原の一撃は清水の右腕を切り裂いて、肩にまで届く傷を作り出した。
「【オートエスケープ】だから嫌って言った!」
清水は長澤に対して悪態を吐きながらスキルを発動すると、軽快に宙を舞って横山の後ろへ着地する。
「あなた、少し付き合って」
言われずとも榊原は清水を放置することが出来ない。
姫子松へのサポートは奥見だけで事足りる事だし、寧ろ自分がここで清水を自由にさせては仲間への攻撃を許す事になるからだ。
「先輩こそ、うちのワンちゃんの相手をしなくても良いのですか?」
「言われた通り3秒は稼ぐ……起爆カウント 3.2.」
清水の声を皮切りに、開幕早々から牽制としてスタート位置の地面へ撃ち込まれていた矢が静かに明滅を開始する。その場所は姫子松の横であり、奥見の斜め前であり、そして、長澤の正面でもあった。
「1.」
この状況から助かる手段といえばインプレグナブルに隠れるくらいのものであるが、その矢は奥見から見え難い位置にある上に、彼女も彼女で姫子松を攻撃させない為に躍起になっていた。
「おい待てッ俺も巻き添え…」
長澤の悲痛な静止も虚しく、清水は非情にも地面の矢へ起爆の合図を出す。
「どーん」
彼女の声に呼応するかの如く、地面に突き刺さっていた矢は赤色を通り越して白く輝いた。
2
えー、あぁ、どうしよう。
最女の三人とはつい先程知り合った関係とはいえ、既にお互いのステータスを見せあった仲である。
彼女等の戦闘に興味がないと言えば嘘になるし、久遠先生と話して以来は寧ろ応援に行かない方が相手を馬鹿にしているのではないか?という思考にもなっていた。
端的に言って、見に行きたい。
見に行きたいのだが、あの三人には暴力を振るわれても仕方が無いくらいの事を言ってしまった自覚がある。
というか、ムウにも行った事が無い世間知らずが現地民に対して訳知り顔で説教をする事なんて何もなかったのだ。
実情の一部分を教えてもらっただけで相手の事まで知った気になるなんて、メンヘラストーカーと何も変わらないじゃないか。
あ、やばい。思い出せば思い出す程、自分の痛さが浮き彫りになってしまう。
気の迷い。
そう。あれは一時の気の迷いだ。
「……俺は乙女か」
よし!
どうせ彼女等とは金輪際関わることもないだろうし、とりあえず試合を見て感想でも言いながら謝ってしまおう。
少々のリンチは覚悟しなければならないが、それで丸く収まるのならば万々歳だ。
俺は時計塔の台座から立ち上がり、近くのごみ箱に空き缶を投げ入れた。
煉瓦の塔を見上げて時間を確認すると、時計の針は17時の30分を指している。時間的には戦争が始まっていてもおかしくはないだろう。
いつの間にか出来上がっていた闘技場は明るくライトアップされているが、その割には随分と粛然な雰囲気に見える。
これが嵐の前の静けさか?
そんなことを考えていると、23番グラウンドへ向かう足取りは自然と速度を上げていく。
閑散とした広場を抜け、狙撃部の無駄に長いグラウンドを横切り、キィっという耳障りな音を鳴らすゲートに手を掛ける。
気が付けば辺りには冷たさを帯びた夜の帳が降り始めていた。そんな微かな変化さえも、今では俺の焦りを募らせる原因となってしまう。
乱れた息を整えながら闘技場の階段を上っていると、徐々に実況の声が聞こえてきた。どうやら中の音が漏れないように防音系の結界を張っていたらしい。
嫌に静かだったわけだ。
少し遅れてしまったようだけど、戦争が終わる前に少しでも見る事は出来そうだ。
そうは思いつつも、しかし「全てが終わった後であったなら、どれほど良かっただろう」と考える事はやめられなかった。
そんな複雑な胸中で闘技場の観客席に入った瞬間。すべてを吹き飛ばす程の眩い白光が俺を襲った。
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