対第六 戦闘記録 1

『戦争の形式は3対3、全ての部員を戦闘不能若しくは残存部員を降参させた時点で勝負が決します』


 この戦争の実況を任された川路は、もはや誰も聞いていないのではないかと思うような闘技場へ向けてマイクに声を乗せた。


『今回は事前の準備期間がない戦争でしたので、一方の陣営が大きく損をしないよう、両陣営の合意のもとに戦争管理委員がご用意したコロッセオで戦って頂きます』


「両陣営合意のもと」そう言った彼女は内心で戦争管理委員に唾を吐いた。


 確かに互いの実力差は歴然である。第七の最女が第六に勝てる訳がない。

 

 しかし、それがだ。


 戦争では何をしても良い。

 裏切りは汚い行為ではないし、騙し討ちは恥ずかしい事ではない。


 弱肉強食のこの世界で、弱いという事は過ちであり、弱者とは悪である。

 弱肉強食の世界に身を置きながら平和をうたうなんて、とんだ自己矛盾だ。 


『コロッセオには学園の所有する魔道具が埋め込まれており、有効範囲内で負った傷により死亡する事はありませんが、それ以外は通常の戦闘となんら遜色ありません』


 それでも今の彼女は絶対平等の実況という立場にある。いくら内心で罵っていても、それを外に漏らすことはなかった。


『命の保証だけは担保されていますので、両陣営とも気兼ねなく戦ってくださいね』


 第六と第七の最女部員は、多くの生徒に囲まれた闘技場を挟んで互いに睨みを利かせあっている。 


 今にも戦争が始まりそうだというこのタイミングではあるがしかし、奥見レイは未だに状況を飲み込む事が出来ていなかった。


 最初は部活同士の小さな小競り合いで決着がつくと思っていたのにも拘らず、やいのやいのと言っているうちに気が付けば全校生徒の三分の一が訪れるお祭りの様な状態になっていたからだ。


 隣にいる毬はガニ股猫背で第六の最女部員にメンチを切っているし、更にその隣にいる美波はそんな毬を穏やかな笑顔で、ジッと見つめている。


 こんな状況は滅多にあるものではないし、レイ自身もこの戦争を出来る限り楽しもうとは思っていた。それでも、未だにトイレから戻らないコウの事を考えると後ろ髪を引かれる様な気持ちを覚えるのだ。


 彼女が形容しがたいモヤっとした感情について思いを巡らせていると、戦争の開始を告げるブザー音が闘技場に鳴り響いた。

 

 観客による耳をつんざくような声援が聞こえて来るよりも早く、第七からは美波が、第六からは犬科の亜人と大きな盾を持った亜人が、それぞれ中央に向かって飛び出した。


 榊原と犬科の亜人は前傾姿勢で風を切りながら、ギアを切り替えるように徐々にスピードを上げていく。

 おおよそ中央の位置で、美波の持った日本刀と犬科亜人が装備した爪状のグローブがぶつかった。

 

『早速始まりました!両陣営の前衛による前線の奪い合いです!』

『この小さな範囲で障害物もないなら、前衛が壁となるしかないだろう。戦闘を有利に進めたいなら相手の陣営を端まで追い詰めるのが手っ取り早い』


 少し遅れて盾の亜人が前線に到着すると、二対一となった美波は目に見えて押され始める。


『それでは第六の前衛からご紹介しましょう。まずは開幕早々に素晴らしいスタートダッシュを決めた、1年5組「長澤 沙織」種族は『ワーウルフ』ジョブは『格闘家』ですね。鉤爪が付いた二対のグローブでの連撃は見張るものがあります!』

『ワーウルフ族のステータスは物攻と物防がともに高く、他のステータスにも偏りがない為に遥か昔から戦闘を得意としてきた。第六の最女は仮入部員の数こそ少ないものの、その質はなかなか悪くないらしい』


 川路は先程まで久遠の事を駄目な大人だと評価していたが、的確な解説を入れる彼女を見てその評価を改めた。


『なるほど、将来有望な新入生に期待が高まりますね。続いては背中に大きな盾を背負った、1年1組の「横山 咲紀」種族は『ソーントータス』ジョブは『大盾使い』です。彼女は入学テストで学年2位の物理耐久度を叩き出しました……えっ、嘘!学年2位?なんで第六なんかにいるのよ⁉』


 第六なんか。久遠は川路の発した言葉に苦笑いを浮かべつつも、自分の知っている情報を観客と共有するためにマイクを口元に持って行く。


『能動的な攻撃手段の乏しい彼女の種族は学園のテストと相性が悪かったそうだな。ソーントータス族はかなり実践的なスキルを持っていて、近距離アタッカーを完封する事もあるぞ』

『か、完封ですか……それにしてもこれだけの情報がスラスラと出てくる久遠先生も流石です。森の賢者と呼ばれるエルフ族の名は伊達ではありませんね』


「そう……いい事を教えてもらったわ」


 久遠の解説を聞いた榊原は、大楯を振り抜いた横山の一撃を剣の腹でいなした。


「カウンター型なんでしょう?」

「イオちゃん!あの解説反則じゃない⁉」


 勝負に水を差された。そういって口を尖らせる横山に長澤は鋭い視線を向ける。


「温いこと言ってんじゃねぇよ!どうせ初見殺しだったんだろうが」

「そうだけどさぁ」


 僅かな目線移動ではあるが、榊原はそんな一瞬の隙を見逃さなかった。

 彼女は縮地と見紛う程の素早いステップを繰り出すと、長澤の左腹に当てた日本刀を斜めに切り上げる。


「卑怯だったかしら?」


「……俺のミスだ」

「イオちゃんって強がる癖あるよね」

 

 しかし、彼女の攻撃力では長澤の防御を突破することは難しく、その傷が内臓にまで達する事はない。


『良い一撃だが、軽いな』

『ファーストアタックは第七学園 1年2組「榊原 美波」が決めた!種族は『鬼と雪ん子のハーフ』ジョブは「剣士」ですね』


「チャンスだね、僕たちも少し前へ出るよ!」


 奥見と姫子松が敵の前衛を崩した美波を追って前へ出ようとした時

 ザクッという音と共に、二人の足元へ一本の矢が突き刺さった。


『牽制だな。相手を負傷させるより、相手の行動を制限する方を選んだか』

『2年5組「清水 実央」種族は『スナイプホーク』ジョブは『精密射手』です。唯一の2年生である彼女の存在は今回の戦争で大きなカギとなるでしょう!』

『学年が上がる毎に5割が去るこの学園では、年が一つ違うだけで平均的な強さが格段に跳ね上がる。第七にとっては文字通り高い壁となるだろうな。


「イッ、【インプレグナブル】」


 奥見が慌ててそう唱えると、ハニカム状の半透明な板が二人の正面に現れる。


 眼前まで迫っていた次の矢がハニカムのシールドに阻まれて弾け飛ぶと、毬は体をビクリと震わせた。


『そしてそれを防いだのは一年七組の「奥見 レイ」です!種族は『コーライクイネ』職業は『剣士』のようですね』

『コーライクイネ族の種族特性は【インプレグナブル】自身の周囲数メートル以内に浮遊する盾を二枚出現させる能力だな。破壊は可能だが、これで後衛を守られたら第六の奴らじゃ突破は難しいだろう』


「随分なご挨拶だよね、僕じゃなきゃ守れなかったよ」

「た、助かったんか?当たってたら死んでたで」


 先程の矢が一射目ならこの試合は開始早々に終了していた。姫子松は己の頭に風穴が開いていない事を確認すると、二発の矢を射った第六の後衛へと視線を送る。


「みとけよ……」


 そう呟いた姫子松の掌には、ゴルフボールサイズの火の玉が現れていた。

 

【ファイアアロー】


 その瞬間、彼女の掌にあった火球が凄まじい速度で闘技場の中央へと飛んでいき、榊原と清水の間で炸裂すると、闘技場の真ん中に大きな爆発を作り出した。

 熱を帯びた突風は観客席まで届き、身を乗り出していた生徒達の肌をねっとりと撫でる。


『濃密な魔力だな。潜在する能力は強力だが、危うくもある』

 

 事前に危機を察知していた長澤と清水は全身を隠す程の大きな盾を持つ横山の後ろへと隠れていたが、それでも、体に通った空気が肺の中をチリチリと焼く様な痛みを感じていた。


『第七学園1年1組「姫子松 毬」が闘技場に火の海を作り出した!彼女の種族は……あら?閲覧が不可となっていますが、これは?』

『一般生徒ではクリアランスレベルが足らんのだろう。パスだパス。次に行け』

『閲覧不可の時点である程度搾り出せる気はしますが……おっと、長澤 伊織が闘技場から姿を消したぞ!』


 次の瞬間、可燃物もないのにゴウゴウと燃え上がる火の壁の西側から、体のあちらこちらを煤だらけにした長澤が飛び出した。彼女は痛みを誤魔化す様に大きく吠えると、鉤爪が着いた右手のグローブの切っ先を姫子松の腕に突き立てる。


「よっしゃぁ!」

「クソッ」


 奥見が姫子松の前にあったインプレグナブルを横に移動させると、長澤は左手のグローブを下ろし、姫子松の腕から鉤爪を引き抜いた。


「流石にやらせてくれねぇか」


 姫子松の傷口からは真赤な鮮血がドクドク流れ落ちる。

 彼女は今までに感じた事のない様な苦痛に顔を歪めながらも、右手では再びファイイアーアローを作り始めていた。


「いやいや、嘘だよな。こんな近距離で撃ったらお前もッ……!!」

「逃がさないよ」


 その時、長澤を追いかけようとした奥見に向けて清水が弓を引いた。

 

 時間が経った事で姫子松の創り出した炎の勢いも弱まり、目くらましの効果が薄まったのだ。


 奥見は清水の放った弓に寸での所で気が付くと、ハニカムシールドを動かしてガードすることに成功した。己の耳が先程の炸裂音を聞いてから使い物にならなくなっていた事を思い出していなければ、今頃手痛い一撃を喰らっていただろう。

 

 結果として長澤に距離を置かれる事になってしまったが、奥見の足ではどの道彼女に追いつく事は出来なかった。


 奥見は一先ずの危機が過ぎ去った事実にほっと息を吐き出すと、未だ苦戦を強いられている鬼人の少女へ視線をチラリと送る。


『おや、榊原は横山に対して上手く攻撃する事が出来ていないようですね』

『それはソーントータスの種族特性である【荊棘けいきょく】を警戒しているのだろう。攻撃を喰らう度に自身の物攻と同等のダメージを近くの相手に与えるこのスキルがある限り、榊原の攻撃力ではダメージを入れるだけ無駄だからな』

『現在は横山を介して清水の射線上に入らないようにしていますが、この拮抗した状況は長く続かない事でしょう!』


「詠唱終わったで、いつでも撃てる」


 姫子松はその言葉が奥見だけに聞こえるように声を発した。


 一見、連発が可能に見える【ファイアアロー】ではあるが、実は一度放ってしまえば次に出せるのは十数秒のクールタイムCTが明けた後である。

 さらに言うと、連続して使用した場合は徐々にCTが長くなるというおまけ付き。


 しかし、そんな事にはまるで気が付いていない長澤を必要以上に驚かせるために、姫子松は不敵な笑みを作って口を開く。


「今から放つのはメラゾーマではない、メラミだ」

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