二者面談(鋼視点)

1


 第七の時計台といえば直径が5mにものぼる、灯台のようなサイズ感をした煉瓦の塔を指す。

 俺は自販機で買ったココアを片手に時計塔の台座に腰を下ろし、沈みゆく太陽を眺めていた。


 普段のこの時間帯ならば学生のカップルが寄り添うようにして乳繰り合っている光景を見る事ができる筈なのだが、この時ばかりは辺りに人っ子一人も見当たらない。


 それもその筈、第六の最女が新学期早々に宣戦布告をしたという情報は風よりも早く学園中に知れ渡っていたのだから。

 耳の速い上級生はお祭りが始まったかの如く、早々にやって来ては観戦席の設営や売り子の確保。そして、賭け事の大本までをも仕切り始めていた。


 幸か不幸か第七の最女も土地だけはそれなりの面積を所有していたので続々と現れる学生達を次々と収容している。


 異様な盛り上がり方をしていた会場に新入生や学校の教職員を問わず多くの人が現れた頃、ふと俺の頭上からクールな女性の声がかかった。


「隣いいかね?」


 そう言った久遠先生は俺の答えも聞かずに時計の台座へと勢いよく体を預ける。

 

「先生はあのお祭りに参加しなくても良いんですか?」

「普段ならば最前席で野次を飛ばしているさ」


 ろくでもねぇなこの教師。


「この状況を楽しんでいる方がおかしいですよ。相手は名実ともに格上ですし、新入生が蹂躙される様を見て何が楽しいのだか」


 言っては悪いがこんな物は弱い者いじめだ。

 仕掛けた者と見に来る者。何方の気も知れたものじゃない。


「物事を俯瞰で見る事が出来るんだな。優秀だが、実に面白くない生き方だ」

「面白味のある人間なんて一握りですよ」

「そうかもな。しかし、どのような状況でどのような感情を抱くか。その自由は全ての人間へ平等に与えられている」


 確かに自由だ。しかしそれがこの惨状を生んだというのなら、忌むべきは人間の奥深くに宿る暗い感情なのかもしれない。


「古代のローマでコロッセオが流行る訳ですよ」

「確かに状況は似ているが、彼女等はグラディエーターじゃないよ。捕虜でも奴隷でも、雇われの殺し屋でもないんだから」

「そうであるならば、ここに集まっている人間はより一層悪趣味で非人道的な連中という事になりますが」


 刺激が欲しいならバンジージャンプでもしていればいい。

 アリの巣に水を流し込む様な遊びは小学生までに卒業するべきで、成人にほど近い人間が寄ってたかって面白おかしく騒ぎ立てるのは門違いだ。


「悪趣味でも非人道でも、法律の範疇であるならば許されてしかるべきだと思うがね。勿論君がそういう連中をどう思うかも自由だよ」

「そうは言いますけど、先生だって内心は俺と同じなんじゃないですか?」


 悟った様な事を言う久遠先生だって放課後は不機嫌だったし、今日は物見遊山に出ていない。それが何よりの証拠だ。


「さあな、言える事は一つ。大人と子供の違いは年齢や心身の成長度合いではなく、酒を飲めるかどうかだよ」


 酒を飲んで忘れたと。その割にはつい先程まで引きずっていたんじゃ……もしかしてここに来るまでに飲んだのか?


「天網恢恢疎にして漏らさず、悪が栄えた験しなし。まぁなんやかんや言いますが、結局この世は悪に対して優しいですよね」 

「この世には絶対の悪も絶対の善も存在しないよ。存在するのは絶対の正義。この国なら憲法とか法律とか、そういうフワッとした物がそれに当たるな」


 そう言って久遠先生は何かを小ばかにした様にカラカラと笑う。


「じゃああそこで賭け事に興じている生徒と教員は、全員賭博罪で検挙されますね」


 俺が群衆を指さすと、先生はそれまでの表情を一転させて真顔になった。


「魔法学園は日本国と数多くの亜人国が親交や交流の象徴として創り出した物でもあるから、謂わば治外法権。勝手に裁いたら国際問題だよ」

「知っています。入学前には諸々の契約書に同意させられましたから」

「ではお祭りの渦中にいる私の教え子達も、こういった事態になる事は事前に受け入れているんじゃないかね?」


 ……それは、どうなのだろう。


「君はあの祭りに参加している全ての人間を悪者のように言うが、それは彼女等が絶対的な弱者であり、負ける事を当然だと思っているからじゃないのか?」


 そんな事はッ!


 しかし俺の発した反論は、祭りの喧騒によって容易くかき消されてしまった。


「オッズを見たまえよ。彼女等に勝ってほしいと思っている人間も、全体の3割位は居るんだ」

「……賭けた金を回収する為だと思いますけど」

「それがどうした。金の為でも彼女等を応援する人は沢山いる。君こそどうなんだね。無償の信頼で彼女等を応援する事が出来るのかい?それが無謬と胸を張って」


 なまじ納得してしまった手前、俺はその問いに返答する事が出来なかった。


「少し早いが私はもう行くとしよう。戦争が始まってからではおちおち酒も飲んでいられんからな」


2

 

 時は夕刻。

 辺りは不気味な赤銅色に染まり、春の疾風が冷たさを帯びて来た頃。

 何時もなら静寂に包まれていた筈のその場所には、幾つもの照明によってライトアップされた特設の戦場が作られていた。


 それは、直径が20mもある円形の闘技場。

 土を操る事に長けた生徒達が魔法を使い、十数分という僅かな時間で観光名所になり得る建造物を建ててしまったのだ。


 闘技場の周りを取り囲む階段の様な観客席は八百人以上もの観客を収容出来るというのにも拘らず、全ての席が熱狂した生徒達によって埋められている。

 

『皆様長らくお待たせしました!両陣営の準備が整いましたので、早速ではありますが始めていきましょう!』


 マイク越しに発せられた女子生徒の声が、観客席の至る場所に設置された大型のスピーカーを介して大音量で流れ出した。


『申し遅れました、今回実況を務めさせて頂く第1学園 2年3組川路 千尋です。解説には、観客席で酒を飲み始めた為に風紀委員に連行された久遠 文芽くおん あやめ先生をお呼びしております!』

『解説なんて聞いていないぞ私はここでなら酒を飲んでも構わないと』

『聞くところによると久遠先生は今回宣戦布告を受けた第七学園女子最前線部の顧問だそうですが、それは本当なんですか?』

『聞けよ話を……まぁ顧問に関しては事実だな。新学期が始まってから二日目の事だったから、職員の中にさえ今知った者もいるだろう』


 川路は律儀に話題を拾って答える久遠に適当な相槌を打つと、一拍だけおいて話を続ける。


『それでは今回の組み合わせについて久遠先生のご意見をお聞かせ下さいますか?』

『私が知っているのは担任を受け持っている生徒だけだぞ。解説なら君がその手に持ってるタブレットで事足りるだろうに』


 カップ酒を片手に持った久遠は、先程適当に流された恨みも込めてそう言った。


『相変わらずお厳しいですね。それではこの戦争が起こった経緯からご説明いたしましょう』


 二人がいる場所は観客席から隔離された場所だとはいえ、こんな駄目な大人の見本が解説を務めても大丈夫なのだろうか。

 川路は頭の片隅でそんな事を考えながらも、久遠の言う通り手元のタブレットに視線を落とした。


『皆様は第一学園の最前線部をご存知でしょうか?彼の部活といえば、この学園が始まって以来常に優秀な成績を収め続けている事で広く知られていますよね。それもその筈、部員は実技と筆記両方のテストで第一学園に振り分けられただけではなく、仮入部で行われる厳しい審査から選び抜かれたエリート中のエリートだけで構成されているのですから!』


 現在川路が手にしているタブレットには、戦争に出る生徒の情報しか表示されていない。

 久遠はアドリブで解説を挟む彼女を眺め、うまいものだと思いながら再び酒を煽った。


『去年の冬に行われた遠征で全国の大会を総なめにした事は皆さんの記憶に新しいでしょう。それらの理由もあって第一最前線部へ入る為だけに魔法学園の戸を叩く者は後を絶たないのです』


『第一魔法学園の最前線部は凄い。強い。最強。うなぎ上りで上がっていく評価に交じって、時には「第一最前線部以外の最前線部に入る者は軟弱だ」とまで言われる機会も増えてきました』


 実況の川路は元来武闘派の人間である。幼い頃より種族の中でも特に強いと持て囃されて来た彼女は、自分が入る事のできなかった第一最前線部に下駄を履かせるきらいがあった。


 久遠はそのことに気が付いたうえで、観客が川路の実況で盛り上がっているのであれば、それはそれで構わないと傍観に徹している。


『今回宣戦布告をした第六女子最前線部も、その様な煽りを直接受けてしまった部活動の一つです。毎年の如く入部する生徒が減って行き、現在では廃部寸前まで追い込まれてしまいました』


『そんな彼女たちが目を付けた者こそ、部を設立して四日目の第七女子最前線部でした。新設されたこの部は、なんと、全ての人員が創立部員であるために戦時学園法の適応外となっていたのです。追い込まれた第六の最女が部員を補給するにはお誂え向き。天が与えたもうたノアの箱舟といったところでしょう』


『勿論!第七の最女も黙って部員を引き渡す筈がありません。うまく懐に潜り込み、格上の喉元に喰らい付く事が出来るのでしょうか?』


『両陣営共に部の存続をかけた世紀の一戦、間もなく開催です!』


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