彼岸花

「おぉ……なにあれ」


 そう呟いたヘルメスの目線の先には、花開くように広がり、次々と獲物を刺し穿つ紅の木の枝ブランチ

 それに貫かれた黒い人形達は、押し出されて先端に幾重にも重なっており、それはまるで、巨大な彼岸花の様な様相を呈していた。


「……あっ!見て!二人とも!!」


 不意に現れたその美しい光景に目をうばわれていた三人だったが、それから目を離し、発電所に目を向ければ、そこに詰め掛けていた人形ですらもが発電所に押し掛けるのを止め、紅のほうへと足を向けていた。

 いくら紅でも、この数に襲われれば一たまりもないだろう。

 だが……


「チャンス……だな。動くなら今しかないだろう」


 紅はむしろこの事態を狙っていたのだ。

 ルートさえ確保すれば隊員が後は何とかしてくれる。

 そう信じて。

 

 その信頼を、どこまで隊員たちが感じ取っていたかは定かではないが、結論として彼らは動いた。

 

「だよね!行こう!」


 一人は成功を疑わず。


「……」


 一人は黙して語らず。


「えぇ、なるべく早く、ですね」


 一人は警戒を怠らず。


 そうして走り出した三人は幸運にも、一切の妨害無く、発電所の入り口までたどり着くことが出来た。

 が。

 そのまま中に突入しようとして、彼らは足を止めた。

 ……否、止めざるを得なかった。


「……なんだよこれ」


 思わずといった感じにつぶやく三人の前にあったのは、黒く蠢く粘菌の壁。

 時に泡立ち、時にうねり。

 常に模様を変化させるそれは、三人に謎の忌避感を覚えさせるには十分なほど不気味な威圧感を放っていた。


 そんな心理的要因もあってか、三人が最初に探ったのは壁だった。


「……シスター、どう思う?」


 そう尋ねたアギトの言葉にコンコンと壁を叩くシスター。


「行ける……と思います。幸い壁はそこまで厚くは無いようですし。ただ……」


「あぁ……言いたいことはなんとなく分かるよ」


「え?なに?一体どういうこと?」


 そう首を傾げるヘルメスに「叩いてみろ」とアギト。

 それに疑問符を浮かべながら叩くと……


「……んん?あれ?な、なんだろう。ちゃんと揺れてる感じがして壁は薄いんだろうけど……なんか硬い?」


 そう、彼らが感じているのはノックで震えるほど薄い手ごたえに、鈍い音。

 つまりは本来ありえる筈の無い手ごたえなのだった。


「うーん、なんかよく分かんないんだけど一度やってみたら良いんじゃないかな?」


 こんこんと繰り返しつつ、そう言うヘルメスに、アギトは渋い顔で答える。


「えぇ、マジかよ。もし手ごたえ通りの材質ならこっちに反動が来るんだが……」


 まぁ、やってみるか。と、アギトは『杭』を抜いた。


 バチン


 安全装置セーフティを外し、起爆剤を確認する。

 そこまでして、アギトは持ち手に両手を添え……


 ガキン!


 壁にぶつかった瞬間、起爆。

 内蔵された杭が飛び出し、発電所の薄い壁を……貫かなかった。


「ぬおぉぉぉぉぉ……」


 壁が崩れる音の代わりに響く、静かな苦悶の声。

 杭が貫けなかった反動が全て逆流し、アギトの身体を通り抜けた結果だった。


「ど、どうだ?」


 その反動を全て殺しきり、涙目で、ほんの少し期待するように尋ねるアギト。

 だが、現実はなんとも無情であった。


「うーん、ダメだね」


「ダメ……というより、無理でしょうか」


 返ってくるのは、ただ見ていた二人の冷静な現状分析だけ。

 それに肩を落としつつ、自分でも確認しようと顔を上げて……思わず笑った。


「ハッ、なるほど。こりゃ『無理』だ。」


 そう脂汗を垂らすアギトの目に写ったのは、なるほど。

 確かにアギトの放った杭は、あの薄い壁を貫いていた。

 だが、その後ろ。

 発電所の内側で蠢く粘菌の壁には微塵の傷も与えていないのだった。

 それどころか、その貫いた際に欠けた欠片さえも粘菌が拾い上げ、再び修復してしまう始末。

 アギトの漏らした「無理」という言葉にも頷けると言うものだ。


 だが、そんな光景を目の当たりにすると、気になるところが一つ。


「てか、どーなってんだ。隊長の言ってた原種でもない限り、宿主も無しに生きられ無いって話はどこ行ったんだよ。」


 そう、常温で死滅するという人形菌の弱点である。

 ほぼ唯一とも言えるその弱点が機能しているのなら、たとえ内側からとはいえ、この発電所を覆う菌など存在できる筈も無い。

 ただ……

 

「いえ、逆に良いかもしれません。そこまでの異変が起こっているのです。つまりはここで確実に何かが起きている。そういうことでしょう?」


 そう、それは探りを入れるだけの予定だった場所から、まず間違いなく何かが起きている場所に変化すると言うことだった。

 

「あ、確かに。じゃあとりあえずはやっぱりここをどうにかしないとね。」


 そう納得したように頷くと、あ、それで一つ思いついたんだけど……と、ヘルメス。

 そのまま入口を覆う粘菌の壁に向かうと……


「これ、隊長のくれたセルでどうにかならないかな?」


 そう言って、真っ赤な液体の入った半透明の球を持ち上げた。


「な……るほど。たしかにそれならいけるのかもしれませんが……いくら何でもこの量は無理なのではないのでしょうか?」

 

 そう言って、ヘルメスの手元と、粘菌の壁を見比べるシスター。

 その眼にはわかりやすく不安の色が宿っていた。

 

 それも無理はない。

 なんせ、セルは隊員にとっての生命線。

 骨折時には臨時のギプスの様な補助機器の役割から前述の通り、菌糸を伸ばすことでグラップリングフックのような役割まで。

 危険溢れるこの大地で生きてこられたのもこのセルのお陰といっても過言ではない程の万能道具だ。

 それほどまでに便利な手札を大した確証もないまま放り投げるというのは慎重なシスターからすればありえない判断だった。

 だが……


「だいじょーぶ、だいじょーぶ。残り二つもあるんだからさ。最悪一つなくしたとしてもなんとかなるよ」


「そ……」


 そういう問題じゃないんですが。

 そう言おうとしたシスターは思わず口をつぐんだ。

 ヘルメスが「とりゃ」と言う掛け声と共にセルの入れ物ごと粘菌の壁に投げつけたのだ。

 

 そのセルをまるごと投げるというヘルメスの浅慮とも言うべき行動に口をパクパクさせて絶句するシスターだったが、ふと我に返り、ヘルメスを叱ろうとして……またも口をつぐんだ。

 

 なんと、粘菌の壁に変化があったのだ。

 一目瞭然と言えるまでの大きな変化が。

 

 壁にぶち当たり、砕けた欠片は飛び散り、粘菌の壁にぶつかったものは、ずぶずぶと飲み込まれていく。

 それは、その中身も同様に。

 ただ、欠片と違うのはその中身は飲み込まれた直後からその付近が黒から赤に変色。

 ついで、その表面に脈のようなものが浮き上がったかと思うと、その脈に接している面から広がって、どんどん赤の部分が増えていくのだった。


「おいおい……どうなってんだこりゃ……」


 加速度的にどんどん広がる赤い菌を見渡しつつ、戸惑うようにそう声を漏らすアギトに、戸惑う様子のシスター。

 そんな二人を置きざりに、ヘルメスは今やすっかり赤くなった粘菌の壁に近づいた。

 そのままちょんと壁をつつくと、すっと人が二人は入れるくらいの穴が開いたのだった。


 それから、二人の方に向き直ると、ヘルメスは得意げな顔で……


「さ、早く行こうよ 二人とも」


 喜色満面でそう呼びかけるのだった。

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