朝ごはん

 そうしてジョギング感覚で発電所まで走ること約五分。

 大体一キロは有っただろうか。その距離を軽く走破した俺は息を整えながら奴らと相対していた。

 ……いや、相対と言うか一方的な敵視かな?

 だってあいつら発電所に夢中だし。


 それはそれで悔しい気はするのだが、実のところ割とありがたかったりする。

 残念ながらこっちにゃ範囲攻撃の手段なんて限られてるからなぁ。

 この数に襲われちゃ、逃げることしか出来ねぇ。

 慎重に行こう。

 と言うわけで……


「よっしゃ突撃ー」


 俺はそんなイケイケゴーゴーな感じでまったりと飛び出した。


 ……え?言ってることとやってることが逆だって?

 良いんだよ。

 俺は確かに専門家じゃ無いが、コイツらに関しちゃ一家言持ってるのだ。

 確証は無いから話しては無いが、奴らが集まっているこの現象についてもいくつか心当たりは有る。

 それを踏まえても万が一でも無い限り、今回やられる様なことは無いだろう。

 それにもし万が一が有っても逃げ出せば良いだけだしな。

 『三十六計逃げるに如かず』

 昔の人は良く言ったものだ。

 んじゃっ……


「よっ」


 俺は手にした傘を身近な一体の背に突き立てた。


「ぎっ!!?ぐ…ぐぅ……」


 刺されたソイツは思わずと言った感じに呻き声を漏らし、一瞬動きが止まったものの、その直後には再び前進しようと前に居る奴の肩に掴み掛かっていた。


 なんつーか……ホント、哀れだよなぁ。


 その光景にそんな感想を覚えつつ、俺は奴が刺さったままの傘を上に向け、ストッパーを外した。


すると……


「あ……あ?な……ん?おな……おな……かぐるし」


 ばちゅん


 そんな音を立てて刺さっていた一体の上下はゆっくりと広がる傘によって泣き別れにされた。


「はぁ……アホくせぇ」


 ぱしゃぱしゃ、ゴン、と、僅かに上へ飛んだ雨や欠片を傘で受け止めつつ、俺は傘の持ち手から手を離した。

 それに伴いスルリと抜け落ちる仕込み刀。


 トンッと地を打って、力なく倒れたそれを右手で拾い上げながら、俺はだんだんと思考が崩れていく感覚を味わっていた。


 あぁ、何故俺はこんなことを。

 可哀想に。

 ……だが、相手も殺してんだ。

 こっちも殺してなにが悪い。

 ……いや、でもそれは操られてるからなのか。

 だとすると本当にコイツ等に罪はあるのか?


 ぽつぽつと。

 昇っては消え、消えては昇る。

 そんな何度考えたかも分からない塵の様な言葉は直に混ざって一つの色になった。

 それは……


「あぁ、面倒くせぇ」


 赤だった。


 赤をベースに適当な色を混ぜ合わせたかの様な醜悪な赤。

 腐敗した血がこびりついた様なドス黒い赤。


 そんな「赤」が身体に重く纏わりつくのを感じつつ、俺は手にした刀を振るう。


「え?」


 一刀の下に地に落ちた首が呟く様を無感動な目で見つめつつ、俺は声を掛けた。


「起こしてわりぃな弧白。朝飯だ。」


 瞬間、俺は温い液体が左腕を伝っていくのを感じていた。

 肩から、腕から、手の甲から。

 次から次へと、とめどなく溢れる赤い液体は重力に従い、当然の如く指先へと垂れて行った。

 それは指先までたどり着くと、まるで何かを待つかのように紅い水玉を作り滞留を始める。

 ……まぁ、何かっつっても__


「只の許可なんだけどな」


 そんな脳内で何気なく作られた文を鼻で嗤いつつ、俺は軽く腕を振った。


 それと同時に飛び出す深紅の鎖。

 指先から飛び出したそれは、まるで意志を持つかのように目の前の獲物を貫いていった。


 まずは目の前の頭を失くして彷徨う一体。

 次に同胞に踏まれて尚進もうとする一体。

 さらには同胞に引き裂かれ、打ち捨てられた一体まで。


 しばらくはそんな感じにビュンビュン飛び回り、穿ちまくっていた鎖だったのだが、直に十分楽しんだのか、満腹になったのか。


 どちらにせよ満足したらしく、心なしか楽しげに指先に帰って来た。

 たださ……


「お前が楽しかったのなら良いんだけど……どーすんだよ……これ」


 そう呟きつつ、俺は前を向く。


 そこには敵意溢れるヒトガタの群れ。

 まだ群れの一部だけだからマシな方なのだが、その光無い眼から放たれる射殺さんばかりの殺意は、自他共に認める無神経な俺でもかなりの圧を感じた。


「食い過ぎだよ、バカタレ」


 どうやら奴らの何より優先される習性を差し置いてでも排除すべき脅威と認められてしまったらしい。

 この規模ならもうちょいいけると思ったが……これは変異体を仕留め次第即時撤退かなぁ。

 本当ならさっきので仕留められれば良かったのだが……


 そう思いつつ再び指を振る。


 再度飛び出した鎖は変異体の肉に突き刺さり、動きを止めてしまった。


「やっぱだめか、量が足りねぇや」


 そう呟きつつ、鎖を引き戻す。

 当の本人はまるで動じる様子も無く、自らの血肉にまみれた鎖が俺の手元へと舞い戻る様を死んだ目で眺めていた。


 その目から感じられる物は諦観か、絶望か……

 或いは常人では預かり知ることもない新たな境地か……なんてまぁ、どうでも良いか。

 それはそれとして……だ。


「誰が名付けたんだか知らねぇがセンス有るよなぁ。身体の主導権は奪われて、精神も壊されて。残ったのは人だった物の形だけだから人形(ドール)ってさ」


「そこにそのまんまの操り人形って意味も掛かるんだ。こういう言葉遊び好きにはたまらんね。」


「なぁ、当の本人としてはどんな感じなんだ?」



 俺は挑発と、残った知性の欠片を刺激するつもりで奴らに刀を向けながら適当にそう尋ねた。

 まぁ、実際は「適当」って所から分かる様に……


「じ……し?し、死、死死死」


 最初から答えなんざ期待しちゃいなかったのだが。

 ほら、現に返事なんて無い。

 その口から溢れるのは最後に残った欲求だけ。

 ……いや、その筈だが、もしくは……


「死、死、死、死、死、死、死、死、死」


 奴らの返事が俺にとって理解出来ないだけの話なのかもしれなかった。

 

 実際、呟きから始まったそれはいずれ声に。

 だんだんと声高になっていくその単語は次から次へと波のように伝わり……


「「「「「「「「死」」」」」」」」


 静かに、けれど轟くように吐き出されたその言葉を合図に、群れの何体かが飛び出してきた。


「まぁ、どちらにせよロクなこと言ってないんだろうけどな」


 そう呟きつつ俺は飛びかかってきた2体を切り捨てた。

 一体は右肩から左足まで袈裟斬りに。

 もう一体は首をスパッと切り落とす。


 この程度の相手なら弧白で全体的に数を削っても良いが……暫く動いてなかったからなぁ。

 リハビリ代わりにちょっと動くとしよう。

 変異体が出てくるまでの暇潰しだ。


 そう考えつつ、這い摺ってきた一体の腹を断ち、弧白に体表の「菌」を食わせておいた。


 あーあ、脳に寄生してんのなら脊椎潰せば終わるのに……

 体表全体とか覆ってんじゃねぇよめんどくせぇ。

 一気に処理出来たら良いんだが……うーん。


 そこから悩むこと一瞬。


 ……まぁ、良いか。

 ロクに動いて無いがリハビリは終わりだ。

 自分の意思の脆弱さが嫌になるが……まぁいい。

 ここからはせいぜい自分の性能に甘えて楽をするとしよう。


「弧白」


 そう開き直りながら呼び掛けると、弧白は俺の意図した通りに指先から拡がり、腕を覆ってくれた。


「よぅし、良くできました」


 口角が吊り上がるのを感じつつ、俺は畳んだ傘と刀を地に突き刺し「パァン」と手を合わせた。

 それに伴い右腕へと移動する弧白。

 暫くは慣れない環境に戸惑うように蠢いていたソレだったが、直に俺の意思を汲んで硬質化していった。


 そうして出来た左手は掴み、剥ぎ取るため。

 刺々しい籠手のように。


 そして右手は切り裂き、貫くため。

 鋭い刀のように。


「うん、上出来だ」


 そう呟きつつ、俺は新たに飛びかかってきた一体の腹を右手でぶち抜いた。


 よーし、感触良好。

 それに有るならここら辺だとおもうんだが…………お!見っけ!


 そのまま引き抜いた俺の右手には、黒く、やけに粘性の有る液体が纏わりついていた。 

 なんとか逃げようともがく黒い液体だったが、それは容赦なく弧白と混じるように撹拌され、その直後にはまるで何事もなかったかの様に元の赤へと色を戻していた。

 それにともない、僅かに右手の刀身が伸びたのも感じる。


 ……うん、どうやらちゃんと消化も出来るらしい。

 それなら……


「プー……」


 一気にやっちまおう。


 ゆっくりと息を吐き出した直後。

 俺は勢い良く走り出した。

 目標は言わずもがな。

 この大量の肉壁の向こうで異形の身体を形作っている変異体だ。

 そこまでに居る有象無象どもは全部蹴散らしていく。


「そら!どけどけどけぇ!!俺が通るぞ!ハハハハハハ!!!!」


 靄が掛かり始めた思考の中、左手で表面の「菌」を掠めとり、右手で消化して刃を伸ばす。

 その伸ばした刃の一振で5、6人を断ちきる。


 そんな単純作業を繰り返している内に、俺はあっという間に変異体の足下に居た。


 今の一瞬で変身は終わったようで、見上げるとそこには縦に3m、横に1mは有りそうな肉の塊が有った。


 一体どんな感情がコイツをこうしたんだろうな。


 一瞬晴れた赤の靄からそんな言葉が浮かんだが、それは同じく赤の直感により一瞬で搔き消された。


「ッ!!」


 その直感にしたがい、全力で上半身を右に傾けた次の瞬間。


 ビュッ


 そう音を立て、先程まで俺の上半身が有った場所を蒼い糸の様な粘体が通り抜けた。

 慌てて後ろを振り向けばさっきまでの俺の後ろに居た一体は糸に引かれて凄まじい勢いで肉の内側へ引き込まれて行った。


 うっわ……

 こらぁ、当たったらただじゃすまねぇが……これは使えるかもな


 そんなことを考えつつ、俺は構えた。

 次の瞬間……


 ビュッ!


 再び飛んできた糸を上半身だけで避けつつ、俺は一歩前へ。


 さてさて、コイツに連射は……


 ビュッ!


 ……出来るらしいな。

 面倒臭ぇ……

 だが、相手が菌を使う以上、俺に敗けの目は無いのだ。


「弧白」


 弧白に呼び掛け、手を合わせることで弧白の全身を右腕に集める。

 それに伴い、今や5m程にもなった刀身で囲もうとしていた後ろの奴らを切り捨てた。


 ……うん、こんぐらいありゃ十分か。


 後ろの奴らから更に奪った「菌」で更に伸びた刀身を溶かし、右腕に集める。

 それを盾の様に構え、俺は再び変異体に向き合った。


「さぁ来い!バケモン!!」


「ーーーーーーー!!!」


 俺の声に反応したのか、くぐもった低い声をあげ再び糸を出す変異体。

 再び飛び出してきた糸を右腕で受け、引っ張られる流れに身を任せて俺は奴の肉に右腕を突っ込んだ。


「今だ!!」


 そう叫んだ瞬間、俺は、右腕から奴の身体へ向かって何かが伸びていくのを感じた。

 まるで植物が根を伸ばすが如く、枝分かれを繰り返すそれは一瞬で分厚く、硬い肉を貫き……


「ーーー!!!」


 ソレを短く叫ばせ、瞬く間に死に至らせた。

 あっという間に穴ボコまみれの惨殺死体が出来上がりだ。


「ふぅ……」


 ズゥンと、後ろで肉塊が倒れる音を聞きながら俺は弧白を内側に戻していった。


「おっとっと」


 その際、少し目眩の様な感覚に襲われ、転びそうになったものの、倒れ込んだ肉塊で身体を支えることで無理やり視界のグラつきを押さえつける。


 良くあるんだよなぁ、これ。

 割りと困るというか、隙を晒すことになるというか……

 「弧白」と言う名の感覚器官を急に無くしたことによるふらつきだから多分無くなることは無いんだろうけどな。


 困ったことにそれほど嫌いでは無い感覚から脱しつつも辺りを見回すと……


「……まぁ、そうなるよな」


 俺の周囲には相も変わらず殺意の籠った視線を向ける人形達が居た。


 ただ、変異体を殺したことで一筋縄では行かないことを理解したのか、今のところ一定の距離をおいて眺めているだけだ。

 これなら弧白で一点突破すること程度造作もないだろう。


「ってなわけでもっぺん頼むよ弧白さんや。」


 そういう判断の下でそう声を掛けたのだが……


「…………弧白さん?」


 ……おかしい、戦闘中にここまで弧白が反応しないのは初めてだ……って、ん?


 より深くに弧白を感じようと内側に感覚を集中していた俺は、だんだん何かが膨れ上がって来ている様な感覚を覚えていた。


 この感覚……あ!まさか!


「弧白!お前寝てんのか!」


 そう、滅多に無いことでは有るのだが、弧白は眠るのだ。

 感覚としてはそれが起きるのは割りと不定期。

 その事について、昔尋ねた所、「女の子の日に近付くほど多くなる」なんてふざけてるのかも良く分からない様な返答を貰ったことがあったのだが、未だにその真意は掴めないままであった。

 女の子の日なんてもう来ないだろ、お前。


 ……じゃなくてだな……よりにもよって今弧白を使えないのは少し困る。

 だが、無い物ねだりをしても仕方ねぇってか。

 何か代案が必要な訳だが……そうだな。

 安牌としては……


「腕の一、二本程度犠牲にすれば……」


 そのくらいの予測を立てた時だった。


「……?」


 不意に感じたピリつく空気に思わず空を仰ぎ見ると、そこには豆のような二つの影が有った。


 この感覚にあの影……間違いない。


「……電爆だ」


 俺がそう呟いたその瞬間、俺を囲っていた人形達の左右外側に大きな衝撃と共に影が突き刺さった。

 それと同時に……


 ドーン バチバチバチッ


 突き刺さった衝撃の音と共に電気が跳ね回る様な轟音が鳴り響いたのだった。


「アァァァァ!?」


 その雷に焼かれ、地に伏す人形も居たものの、人形の大半はその身が焼けるのも気にせず電爆へ突っ込んで行く。


 これは……アイツらか。


 そう思いつつ、俺が来た方向を向くと、手を振る人間の姿が有った。


 間違いない、後続組だ。

 本来このための電爆じゃ無かったんだが……

 俺の先走りでこうなった訳だからなぁ。

 やっぱ隊長なんて器じゃねぇんだよ。


「あー!クソッ」


 頭を掻きながら、俺は綺麗に空いた包囲の穴に向かって走り出した。

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