顔合わせ
「ここか」
薫とのそんな会話を終え、50分程歩いた後。
俺と弧白は薫に斥候部隊の拠点として伝えられた小さな廃工場の前に居た。
「なんだか古い所なんだね……んしょ。」
珍しいことに道中眠らなかった弧白が俺の汗をハンカチで拭ってくれながらそんなことを言う。
正直、全部脱ぎたい位には服が張り付いて気持ち悪かったので普通に助かった………と言いたい所なのだが、当然と言うべきか。その拭いてくれる当の本人の服と髪は張り付くどころか、風が吹く度にバタバタと爽やかにはためいているのでまたも羨望の目で見てしまいそうになったのは内緒である。
「まぁ、そうだな。でも逆に考えたらそれを補っても余りある利点が有るって事なんじゃないか?」
そんな自分を認めないように、俺はあくまで平静を装って弧白の感想に答えた。
「りてん?」
「あぁ。ほら、斥候場所から近いーだとか、補給地点が近いーだとか。」
「おぉー!そっか!そんな所まで考えられるなんてすごい!さすがだね!こーくん!」
「よせやい照れるぜ」
「もー、こーくんったらかわいいなぁ」
「………」
棒読みで返した言葉でもそんな風にニコニコと俺の頭を撫でる弧白に堪らない様な気持ちが込み上げてきた俺は思わず髪に顔を埋めた。
それに驚いたように一瞬体を震わせた弧白だってが、直ぐにふっと微笑み、俺の頭をなでてくれた。
ずっと……こうしてられたらよかったのになぁ。
それから一、二分程そうした後。
「………じゃあ……行くか」
ふと我に返った俺は、逃げるようにして工場のドアを開いた……のだが。
「あ!おいこらテメェ!そりゃあ俺の肉だろ!!」
「こら、そんなにケチケチするもんじゃないよ。別に良いじゃないか、減るもんじゃないし。」
「アホ!さっきから目に見えて減ってんだろうが!テメェの目は腐ってんのか!」
「あぁ、いけませんよ。過ぎたる欲は身を滅ぼします。よって私がその業背負って差し上げまんぐんぐんぐ」
「殺すぞテメェ!!!!」
「シバくよキミィ!!!!」
………何と言うことでしょう。
高嶋市の命運を担った斥候部隊がわいわいと焼き肉を楽しんでいるではありませんか………
……とは言ったものの、いや、当然俺も喰うなとは言わないよ?
言わないけどさぁ……
もっとなんかこう……あるじゃん?
黙々と食べるとか、さっさと食べるとか。
斥候としてどーなんだこれは……
いや、士気を上げる点では良いのかも知れないが……うーん、行き場の無いこのモヤモヤ。
と、そんな感じに俺が一人モヤついていると、隊員の一人がこちらに気付いたらしく、こちらを見上げて声を掛けてきたのだが………
「んくっ………ぷはぁ……あら?貴方は……」
「おいコラテメェ!無視すんじゃねぇ……よ?」
「そうだぞ!ボクの肉を返……お?」
気付いたのは例の隣から肉をかっさらった女だった。
短い黒髪に世間一般で言う教会のシスターの様な装い。
先程の悪行を見ていなければ、思わず見とれてしまいそうな装いと見目ではあるものの、やはり見てしまった俺からすればそれは少し厳しいのだった。
そんな彼女は周りを気にもかけるそぶりすら見せずにゆっくりと立ち上がってこちらへ向かい………
「お待ちしておりました。隊長様。彼らが御目汚しをしてしまい申し訳御座いません。」
「………」
そんなことを言った。
この沈黙が何を意味するかは言わずもがなだろう。
なんだこの色々強い女は………って、ん?
そこまで内心呟いてふと、気が付いた。
この女、さっきなんて言った?
『隊長様』だと?
一体全体何のことだ?
………とは言ったものの、この場合、
間違いなく俺のことを指している程度のことは分かる。
分かるのだが、問題は、何故俺が隊長などと呼ばれてるのかって所だ。
しかも………そうだよ、なんかおかしくないか?
『お待ちしておりました』だと?
なんでコイツは今日俺がここに来ることを知ってんだ?
俺が薫の依頼を受けたのは今日だぞ?しかも50分前。
鳥で手紙を届けるにしても下準備が必要なのだが、ここにはその設備は無いようだ。
加えて狼煙等の連絡設備も無いように見える。
アイツの奥の手を切れば可能性は有るが……いや、アイツはこんな些事には切らないだろう。
薫はああ見えてビビりなのだ。
となると残された可能性は………
「なぁ、アンタ。いきなりで悪いが少し聞かせてもらってもいいか?」
「はい?なんでしょう」
「最後に薫に会った時、アイツから事前に何か言付けられなかったか?」
「?はい、スカーレット……つまりは貴方様を隊長として今日中に今回の件を解明するように言付かりましたが……それがどうかなさいましたか?」
あぁ……やっぱりか。
内心溜め息をつきながら確信した。
あのおっさん、最初から俺が引き受けるとアタリつけてやがったんだ。
んで事前に斥候の方には話を通して有ったと………
はぁー……んなことならこの仕事、最初から受けなきゃ良かったかなぁ。
今のこの状況。
まるであのおっさんの掌の上で踊らされてるみたいじゃないか……まぁ、受けちまった以上やりきるしかない訳だが……
「あの……すみません。我々に何か不手際でも?」
分かりやすく俺の機嫌が悪くなったのを感じ取ったのか、シスターは心配そうにこちらを伺ってきた。
………というか今思えばこの態度もおかしいよな?
客への接待みたいな……俺の機嫌を損ねることで何か困ることでもあるのだろうか?
「いや、アンタらは悪くないよ。それよりも今の『奴ら』の状況を教えてくれないか?あんまり遅くなると弧白の体調的にも不味いんだ。あ、勿論肉を食いながらでも良いからさ」
そう気にはなったものの、取り敢えずは放っておくことにした。
理由はいくつか有る。
あっちの事情はあまり気にしなくても良いだろう。あくまで一時的な協力な訳だから。と思ったのが一つ。
そしてさっきも言った通り、遅くなった時の弧白の体調が心配なのが一つ。
そして最後に………
「分かりました。ではまず………」
朝飯がまだだったのが一つ。
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