通勤

 そんな茶番を経て、俺たちが職場まで歩いていた道中のこと。


「あぢーーー………」


 俺は真夏の激しい日照りに呻き声をあげていた。


「ねぇ、だいじょうぶ?」


 そう俺に声を掛けるのは車椅子で押されるがままの弧白。

 その白磁の肌には汗一つ滲んですらいなかった。

 そういう体質だとは分かっちゃいるんだが……


「羨ましいなぁ……」


「そうかなぁ………でも………」


 と、一瞬の間を空けて弧白はポツリと呟いた。


「そんなに楽しく無いよ?これ」


 ………「楽しくない」……か。

 そうか……いや、そりゃそうだよな。


「いや、悪い」


 弧白はこちらを見上げてニッと笑っただけだった。










「おっ、着いたぞ。」


 その後歩くこと30分程度。

 いつの間にか眠ってしまっていた弧白を揺り起こしつつ前を向くと、そこには寂れた小学校が有った。

 

 入り口の「関係者以外立入禁止」とラミネートされたプリントは所々剥がれて黒く変色し、とっくに朽ち果て、原型も保っていない遊具の残骸は打ち捨てられる。


 そんな一見夢も希望も無いように見えるこの『高嶋小学校』だが、数の減ったこの高嶋市民からすればここは紛れもなく再生の地なのだ。


 その理由は………


「よっ、今日も時間通りか。かぁ~真面目だねぇスカーレットさんよぉ」


「……こいつの前で呼ぶんじゃねぇよ」


 校門に寄り掛かっていた目の前のコイツに有る。


 くたびれ、前の開かれた赤いシャツに半ズボン。

 こんな世にも関わらず短く整えられた栗色の髪と、右耳だけのイヤリングは、どこか軽薄そうなイメージを醸し出していた。

 そんな痩せ型で中年のおっさん。


 この男の名は時東 薫。

 この滅びた世界で商会を最初に立ち上げると言うとんでもない偉業を成した男である。


 ……だなんて、これだけ言えば、「なんだそんなことか」と思われるかも知れないが、こればっかりはあまり人を誉めない俺からしてもとんでもないバケモンだと言わざるを得ない。


 その理由として挙げられるのが、コイツが商売を始めた時期と、その手段だ。

 コイツが商売を始めたのは大体一年前の『九州中国戦争』の時期。つまりは、言葉の力が最も地に落ちていた頃の話なのだ。


 にもかかわらずこの男は、話術と脅しを巧みに使い、半年続いた戦争を一瞬で締結させた。

 その事実に関しては俺も素直に称賛を贈るし、なんなら尊敬もする。ただコイツは………


「ってあれぇ!?どしたの?スカーレット!君こんなに可愛い女友達居たんだ!なぁんだ、それなら早く紹介してくれれば良かったのに!え、どう?今のおっさんイケてる?なんか変じゃない?」


 ………コイツは大の女好きなのだ。

 そこが玉に瑕というか、シンプルに気持ち悪いというか………


「ハァ………止めろ、コレは俺んだ」


「ほぉ!?マジで!?あらー……スカーレット。君に彼女が居るって噂、ホントだったのかぁ……そっかぁ……」


「んじゃ、俺達行くから」


 自分でも分かる程度には呆れ気味に放った言葉でどこか放心したように呟く薫を押し退け、俺はどこか怯えた様子の弧白を押して歩き始めた。

 だが……


「うぉう!!ちょちょちょっと待てい!今日はお前にやってほしいことが有るんだって!」


 ………「しかし回り込まれてしまった」ってか……

 女連れてる時のコイツってダルいから相手にしたくないんだけどな……ってか今更ながら珍しいな。


「んだよめんどくせぇ……ってか別にいつもの校長室でもいいだろ。いつもみてぇにふんぞり返ってろよ」


「いやぁ、別にそれでも良いんだけどさぁ……今回ちょっと急いで欲しくてねぇ」


 突然声色を変えて真剣そうに話し掛けてくる薫。

 色々と問題のある性格をしているコイツだが、この切り替えの速さだけは数少ない長所だ。

 前の世界だと仕事はできるがモテない奴って扱いだったんじゃなかろうか。

 まぁ、コイツの色恋沙汰なんざ微塵も興味は無いのが。


「じゃあ初めから言えよ」


「うーん至極尤も……あー、んじゃ、話すけど」


 そう前置いて薫はいつもの調子で語り始めた。



「少し前にさぁ、高嶋市の発電所に『奴ら』のコロニーが出来たって話。覚えてる?」


「あぁ、数が多すぎるから掃討は無理だって断念した奴か。」


 確か1ヶ月前だったか。

 前述の通り、発電所に奴らのコロニーが出来た。 奴らの生態を考えれば、珍しくもなんとも無い出来事だったのだが、その数が異常だったのだ。

 通常、多くて200、少なくて50程度なのだが、今回のは数えるのもアホらしくなるほどの数が居たんだそうな。

 こっちが襲われる前に掃討しようと言う案も有ったのだが、可能性を潰すという保険と、実害を考えると割に合わない………というか、現時点では不可能だろうと判断されたことで後回しにされた案件だ。

 多分だが、今それを持ってくると言うことは……



「そ。それなんだけどさぁ やっぱりお願い出来たりする?」


「良いことには良いが……つまり、あっちで何か有ったってことか?」



 そう、前回断念した理由は数が多すぎるから。

 その話題を改めて持ってきたと言うことはそれの解決策……つまりは新たな兵器か、前提条件が崩れたかのどっちかなのだろう。

 加えて最近は軍事開発はしてなかった筈だから答えは自然と前提条件の方に絞られると言うわけだ。


 そう考えての発言だったのだが……


「さっすが、話が速いね」


 どうやら、当たっていたらしい。

 良かった。

 弧白の手前、ちょっと格好つけたかったのは内緒である。


「現地の斥候部隊からの報告なんだけどさ、最近急に奴らの数が減ってるみたいなんだよねぇ。」


「ん?それじゃあその残りを潰して来いって話か?」


「あぁ!?いやいや、そりゃぁ違う。なんせ元の数が数だからね。減ったとは言ってもまだかなーり残ってるわけよ。はぁー……まったく。スカーレットったら血の気が多いんだからさぁ……もうちょい楽に生きなよ。そんなんじゃ長生き出来ないぜ?」


「余計なお世話だよ」


「そうかい?まぁ、僕個人としても高嶋市代表としても君に死なれちゃ色々困るんでね。そこら辺の意図も汲んでくれると嬉しいな」


「………」


 つい黙ってしまった俺を満足げな表情で眺めると、不意にぽん、と手を打ってこう続けた。



「おっと、そう言えば急ぎなんだった。すまないすまない。じゃあ結論から言ってしまうが……」



「今回君には斥候部隊に加わって貰いたいんだ。そこで奴らの失踪の原因を見つけて欲しい。」

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