面会2

 ガァン


 他の病室ならいざ知らず。

 この部屋においては、異常なほどに音が響く。


 目が痛くなるほど白い床に、白い壁。

 異物が入り込む隙すら無い程の、究極的なまでに『白』が満ちた広い病室。

 それ故に音と言う異物はこの部屋では浮き彫りになるのだ。


 ただ一人の声を除いて。


「あ!!こー君!」


 その鈴が弾む様な声に向き直ると、純白の患者衣にウェーブがかった短髪眼鏡の女性。

 その髪、その肌、その瞳までも。

 一点の曇りすら感じさせない程に白いその身体は、ベッドの隣で大きく崩れた壁から差し込む光をも等しく反射していた。


「もう来てくれたの!?わぁー!嬉しいなぁ!」


「おいこら、パタつくなパタつくな。ったく……そら」


 そう腕をパタパタと上下させる彼女をたしなめつつ板チョコを放ってやると……


「わ!ありがと!」


 そう目を輝かせながらチョコを受け取り、たどたどしい手つきで銀の包装紙を破き始めたのだった。


 そんな彼女の名前は病奈川 弧白。

 俺の幼馴染みにして、いわゆる恋仲の関係にある18歳の女子……いや、女性である。

 性格は天真爛漫にして、超が付く程のお人好し……なのだが……


 チラリと目をやると、銀紙を食い破ろうと奮闘する弧白さん。


 ……ご覧のとおり彼女は少し……いや、かなり子供っぽいのだ。

 その癖、子供扱いされることをひどく嫌うため、おちおち心配することも出来ない。

 気軽に「一人で出来る?」とでも聞こうものなら、「バカ!」「アホ!」等の言葉と共に壁まで吹き飛ばされること間違いなしだ。

 例えば……


「大丈夫か?銀紙剥いでやろうか?」


「いいの!!」


「がっ!」


 ちょ、ちょうどこんな風に。


 と言うか今日は機嫌が良いらしい。

 吹き飛ばされずに腹パン一発で済んだのだから。

 ……まぁその一発が鳩尾にクリーンヒットな訳だが。



 閑話休題



「ところで……どう?今日は何か変化は有る?」


「うーんとね……うん!大丈夫だよ!今日もお山は平和!」


「そっか……」


 そう腹をさすりながら答えた俺はベッドとは反対側に有る窓へと向かい、窓枠にもたれ掛かった。



 俺の目線の先に有るのは中身にぽっかりと球状の空間が空いている山。

 しかもそれが自重で崩れることもなく屹立しているという歪な光景だった。


「もう……3年になるんだね」


「……そうだな」


 銀紙をを破く手を一時休めて声を掛けてきた弧白に俺はそう返す。


 3年……そう、3年前だ。


 ちょうど四月頃のこと。








 日本に『核』が起こった。








 そう、核が『落ちた』のでは無い。

 核が『起きた』のだ。


 未だに分からないことの方が多い現象なのであまり下手なことは言えないが、起こった結果としては単純明快。


 日本各地で爆発的なまでの光が起こったのだ。

 それこそ昔の人が『ピカドン』と呼んだ程の光が。

 それが核と呼ばれる所以だったりするのだがそれはさておき……



 話を戻すと、国は即座に各地の研究所に光についての調査を依頼。

 しかし、それは徒労に終わることになったのだった。


 その核が起きた五時間後。

 日本のありとあらゆるライフラインが突如として断絶されたのだ。


 例えば水道。

 例えばガス。

 例えば電気。


 当然、電気が止まったことで様々な連絡手段も同時に途絶えた。


 それにより研究者達の調査結果も報告不可。

 それが3年経った今尚継続中なのだ。

 仕組みは知らないから衛星電話なら通じた可能性も有るかもしれないが……そんな高級品を持ってる人なんてなかなか居ないだろうし、例え通じたとしても今さら対処するには遅すぎる。


 ……とまぁ、そんな訳で日本国としての塊は核の発生から僅か五時間で崩れていったのだった。


 そして核から3日後。


 各々が自分達の力で生活しなければならないと勘づき始めた頃。

 日本は新たな厄災に見舞われることとなったのだった。



「ねーねー!今日もおしごとあるんでしょ?はやくいこー?」



 回顧に耽っていた俺を遮ったのは、いつの間に食べ終わったのやら、口元にチョコを付けた弧白の退屈そうな声だった。

 お前待ちだっての……ったく……


「あーもー、ほら、口拭くぞ。じっとしてろ」


 そう呆れつつ親指でチョコを拭い、ズボンで拭こうとしたのだが……


「あー♪」


 目の前に大口開いた欲張りが一人。


「………」


 そんな光景を前にして、俺は思わず固まった。


 ……どうしよう、これ。


 めっちゃ悪戯したい。

 ……でも自分の口に運ぼうものなら今度こそ吹き飛ばされるだろうし……

 いくら俺でも痛いのは嫌だしなぁ…………

 うーん、どうしたものか。



 ……等ともっともらしく考えてみるのだが、実の所、最初から答えは決まっていたのだ。

 果たして俺の出した答えとは………


「さ、早く乗れよ」


「あぇ!?なんで!?なんで拭いちゃうの!?」


 知らんぷりだった。

 さっとズボンに指を擦りつけ、ベッドの下から車椅子を引き出し素早く展開、からの清々しいまでの知らんぷり。


 弧白が怒るのももっともだ。

 なんせ大好物の甘味を味わう機会を逃したのだから。

 しかもこの時代の甘味は希少。

 家の在庫が尽きれば次にいつ口に出来るか分からない。

 こう振り返るだけで俺のしたことが弧白にとってどれだけ酷なことか分かるだろう。


「ねっなんでぇ?なんでぇ??私食べたくてちゃんとあーんしてたのになんでむしするの?食べたかったのにぃ」


「ッ……ん?い、今口開けてたのか?全然気付かなかったよ」


 哀れっぽく鳴きながら俺にしがみついてくる弧白に嗜虐心で胸と言葉を詰まらせながらもなんとか誤魔化した。

 っとにコイツは……


「ウソ!ねぇウソだよ!だってさっき目が合ったもん!ちゃんと目が合ったもん!!」


「い、いやー……そんなこと言われても俺は気付かなかった訳だし……」


 そう頭をかきながら答えると、弧白の白い瞳がウルウルと潤んで行くのが見てとれた。


「や……やだよぉ………チョコ食べたいよぉ……チョコォ………」


「………分かった、じゃあ仕事の終わったらウチに寄ろう?な?」


「う……グスッ……ホント?ホントにチョコ食べて良いの?」


「おう」


「にまい?」


「いや、二枚は止めとけ無くなるぞ」


 そうして俺は辛うじてダムの決壊を防ぐことに成功したのだった。

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