面会1
「♪~~」
後ろ手にドアを閉めた後、俺はボロアパートの階段を鼻歌混じりに降りていた。
「うわー……今日もあっちぃなぁ」
アパートの屋根から出た瞬間に照りつけてくる太陽から目を守りつつ、そう呟く。
空は快晴。
こんな世界でもセミは元気に輪唱していた。
あれが起きてからそろそろ3年と3ヶ月。
確かその日は4月だったと思うから、今の時期にセミが鳴いていてもおかしくは無いのだが、以前のような夏の風物詩としての意味合いは消え、余裕の無い今の世において奴らは、ただただうるさいだけの害虫に成り下がっていた。
ただ、それは太陽を道連れにして。
昔ならば暑いだけだった太陽も、水場も安定していない今において、ジリジリと体力を削る太陽は、侮れない脅威と化していたのだ。
今では夏場の嫌われ者ツートップである。(自社調べ)
「はぁー……さっさと行こ」
そんな太陽からの熱烈な視線にどこか気の抜けた様な気分になりながらも俺はまったりと歩きだした。
その後歩いて三十分程度。
俺はとある寂れた病院の前に立っていた。
あれが起きる前から誰も管理せず、錆びて風化した鉄の看板には『片瀬 神病 』の文字。
季節も相成って、肝試しに来た大人みたいになっていた。
尤も、暮らしているのは幽霊なんて恐ろしいものじゃないのだが……
「……」
無言で中へ入っていくと、右手に受付。
少し進むと、奥に両扉。
その手前の左は壁で、右に通路が続いていた。
そこを迷わず右へ進む。
左手に有る、たくさんの診療室を無視して突き当たりの右にある階段を上へ。
一階、二階、三階……一つ飛んで五階。
「よーいしょ……ったく、地味に長いんだよこの階段」
そんな無駄に長い階段を上りきって廊下へ出ると、5階は今までとは随分と違った様相を呈していた。
今までの階では、割れた窓ガラスは散乱し、所々には植物すら生えているほどの荒れっぷりだったが、ここはその限りでは無い。
塵一つ無いリノニウムのような材質の廊下に純白の壁。所々に有る窓ガラスにはひびどころか、指紋一つ付いていなかった。
それもそうだろう。
なんてったってこの階層は最近アイツ一人の手によって作られたのだから。
始めから説明するのならば、この病院には五階なんてそもそも存在していなかったのだ。
元々ここに有ったのは、屋上。
それを「もう少し高い所に住みたい」と言うシンプルな理由で改築したのが、今日俺が会いに来た相手兼彼女なのだった。
因みにその際「じゃま」という清々しい程のシンプルかつ理不尽な理由で隣に建っていたマンションを粉々にした同一犯であることもここに記す。
……などど、そんなことを考えていると………
「あでっ」
突き当たりの壁に頭をぶつけてしまった。
「……考えすぎるのも考えものだな」
照れ隠しか、負け惜しみか。
はたまた、錯乱しているだけか。
思わず自分でも訳が分からないような言葉を口走りつつも、俺は逃げるように左側に一つだけある病室のドアを勢いよく開いた。
「おーい、開けるぞー」
そう声だけ掛けて。
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