夢
実家の空きスペースはそこそこ荒れている。テレビこそあれ、畳の目は歪曲し、ところどころイグサがほつれていて、介護用の大きなリクライニング式ソファだけが真新しく、妙な存在感でもって鎮座している。身内で葬式をやった時のまま、配られた経文の余りと、造花の挿してある花瓶とが放置されているのもいやな感じだし、デイケアセンターからのお祝いカードや、小さいころのシヅルの写真なんかも棚の上に飾られっぱなしで、つまるところその六畳に積もったシヅルの祖父の履歴、生活から、老衰から、死去までのすべて、色濃く残ったままだった。
「うーん」
シヅルはおそるおそる踏み込んだその部屋の真ん中で呻いていた。足裏のざらざらとした埃の感触が気持ち悪い。
「どこから行くべきか」
熟考しているようで、何も考えていない。家具の配置変更、障子の張り替え、廃棄すべきものの選定、たくさんの条件は頭のなかでゆらめいては去り順序を得ずに霧散する。そうして、また明日の自分にちょっとだけ期待して電気を消す。
「ふうせんは、かたちが自由でいいな。私たちは生まれたかたちで生きてかなきゃならなくて、しぼんだらもうふくれないし、みんな、しぼんでいくのを嫌ってる。ぱんぱんにふくらんだ、最高潮が一番で、キラキラしてて、青春で、ハイライトで、みんなそういうところばかり見たがる。愛する」
「でも私、私がしぼむのは、キライ」
「え?」
「あれ、なんていうか濃くなるでしょ」
「なにが?」
「その、模様とかが、キュって」
「えー、カッコいいと思ってたけど。ちっちゃい頃から、ふくらんでた風船がだんだん萎んできて、プリントの粒と粒の幅がすぼまってピチッとしたイラストになるの、結構好きだった」
天井に張り付くように浮かんでいたのが、翌朝になってみると腰丈くらいを力なく漂っていた、テーマパークのふうせん。実家の寝室の映像と共に頭をよぎる。
「ええ、そんなわけないよ」
「そんなわけあるよ」
「あるの?」
「あるよ」
「へえ」
そう言って、ふうせんは黙って、しばらくゆらゆらと揺れたあと、
「でも、キモくない? 何かが濃くなるって。髭とか。剃って少しして、毛穴を真っ黒く埋めてる、生え掛けの毛にぎょっとする感じと似てる」
と再び言い出す。中学に入りたてのころ、つり革にだらっと手をかけながら喋ってる友達の半袖シャツからのぞいてた黒いトゲみたいな脇毛のことが、記憶からポコポコ浮かんできた。
「そういう中途半端がイヤだから、みんな脱毛すんのかな? 脱毛してるひとって、みんながみんな毛自体を気にしてるってわけじゃないと思うな。毛が生えてる自分が他人からどう見えるかを気にして、『剃らなきゃ』って仕方なしに剃る、みたいなことの、ちょっとしたウザさを消し飛ばすモチベな気がする」
シヅルの見る夢は、夢のわりに、妙に理屈の通った会話が成り立つ。珍しいことなんだろうなとはうっすら思っていた。
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