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千葉はオフロード車の天井に掌サイズほどのライトを設置すると地面を照らした。白色の光は千葉の言う通り作業するには十分な光量があった。車は砂利道を進んできたが、広場の地面を覆い尽くしているのは黒っぽい土だった。まるで庭木でも育てるかのような綺麗な地面だ。
「穴の深さは二メートル以上はあった方がいい……動物に掘り起こされたら困るからな。最悪薬剤で埋めてしまうから二メートルなくても大丈夫かもしれんけど……まあでも、深さはないよりあった方が絶対ええしなあ……」
「二メートル……」
自分の身長よりも深い穴を、しかも十分な広さに掘らなければならないことを考えると先が思いやられた。
「えらい顔してるなあ。でも荷物自体は小分けになってるわけやし、思ってるより狭い範囲掘るだけで済むで。それとも追加料金払う?」
人差し指と親指で丸を作ると男は私に向けてお金のジェスチャーをして見せる。そのおどけた表情はそこらにいる遊び人の男の顔で、私に強く「日常」を感じさせる。しかし私たちを取り巻くのは滅多に足を踏み入れることもないだろう山奥の暗闇だ。「日常」と「非日常」が同時に目の前に繰り広げられ、頭がおかしくなりそうだった。
おかしくなりそうな思考の端には、平静を取り繕おうとする私もいて、男の笑顔に対して首を振るくらいの余裕を見せることはできた。
「いえ……自分でできるところまではやります」
「そっか。俺はいつでも追加のオファー待ってるから、遠慮せんと言ってな」
一見優しそうな言葉だが、実際はそうではない。白色の照明に照らされた男の顔は隈がより際立って、おどけた表情をしただけの悪魔に見えた。
千葉は後部座席の座面を持ち上げると収納スペースから道具を一式取り出して、シャベルと滑り止め付きのグローブを共に手渡してきた。そして千葉の手にはもう一種類道具が握られている。
「鍬……?」
「鍬で土を柔らかくしてからシャベルで穴掘るとやり易いで。これも通用するのは最初だけかもしれんけど……石とか岩の類はシャベルより断然こっちの方が楽に捌けるから。とりあえずどの範囲に穴を掘るか決めて、シャベルで印をつけてからが鍬の出番やな」
「……慣れてるんですか?」
「ノウハウがあるだけ。こんなん手作業でやるヤツ、ほんまの素人くらいやし……普通は重機使うから」
予算のなさ故に今回は自分で穴を掘る羽目になっているが、荷物を埋めたいという依頼をした時に重機で穴を掘る提案もされていた。その提案を断ったために目の前の男を紹介されるに至る。
お金のない依頼主で処理も繊細な荷物の対応を快く引き受けてくれる人間は人柄を選ばなければ居たものの、どいつもこいつも雑な仕事をしそうな人間だった。そのため、何人もの仲介を経て『なんでも屋』を名乗るこの男を紹介された。千葉は初対面で私を見るなり「報酬、シケてそうやな……」とつまらなさそうに言ってのけたのち、最終の仲介役だったバーコートを着た大柄な男に盛大に拳骨をお見舞されていた。
今までの人間は『荷物を埋めたら金を得られる』と考えている者ばかりだったが、この男は『報酬分の仕事はする』という姿勢だった。料金形態も細かく説明を受けることができたため、自分で穴を掘る必要はあるものの、それでも信頼出来る人間だと感じたため場所の手配と荷物運びを依頼することとなった。
「自分が思ってるよりも大きめで穴を掘りや。ある程度の広さがないと土を持ち上げる余裕がないし。とりあえず、穴掘る範囲シャベルで線書いて。はい、作業開始ぃ。時間かけても残業代出えへんでぇ」
千葉は茶化す言葉を投げると共に鍬を地面に転がした。車の戸を閉じるとそこへもたれ掛かり、再び電子タバコを取り出す。タバコを吸うために首を傾けると彫りの深い顔に真っ黒な影が落ちた。見る人が見れば被写体として撮影したくなるようなそんな光景だったろうと思う――おそらく、そんな思考ですら現実逃避でしかない。
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