隠し事

AZUMA Tomo

1

「そろそろ目隠しとイヤホン取っても大丈夫やで」

 両耳に挿したイヤホンから低く落ち着いた、しかし艶かしさも感じるような男の声が響く。カラッとした声色だったが、間延びした関西弁の影響なのか、それとも今日一日の天気が悪いからか、やけにじっとりとして聞こえた。

 男の指示通り、私はイヤホンを外し、次いで視界を覆っていた真っ黒の目隠しを取り払う。

 何十分経ったかわからないが、この車が悪路を走行し始めて随分経っていたため、山道を走っているのだろうと思っていたが案の定だった。街灯の類はなく、スモークフィルムの貼られた車窓から外の景色を見ることはほとんど難しかったため、ここがどんな場所なのか確認するためには運転席越しにフロントガラスを見るしか方法がなかった。空は厚い雲に覆われて月明かりもなく、ただでさえどんよりとした天気なのに、背の高い木々で覆われて鬱々としていた。道の両側にはただひたすら真っ暗な闇が広がっており、ヘッドライトが照らす砂利道と闇の表面に位置している木々の姿を確認できるのみだった。ほとんど車道として整備されていないような道を走っていて、何度も車体が跳ね上がり、座りっぱなしの臀部が固いシートに何度も打ちつけられて痛かった。

 運転席に座る男はゆるい癖のある黒髪を車両の振動に揺らしながら、電子タバコをふかしていた。バックミラー越しに映る男は彫りの深い整った顔立ちをしている。長い睫毛の生えた、闇夜にも光りだしそうな大きくて明るい茶色の目が印象的だが、その下に浮かび上がっているくっきりとした隈が不気味さを感じさせる。不気味だが、男前とはこういう人のことを言うのだと思った。

「あと十五分くらいかなあ……俺も久しぶりに来るところやから、ちょっと道に自信ないんやけど。そういえばお尻痛なってへん?」

「あ……いえ、大丈夫です」

 勿論嘘だ。痛い。しかし、今後のことを考えるとそんな問題は些細なことだった。

「荷物、小分けにしといてくれたから助かるわあ。もしかして初めてじゃないとか?」

 この男は千葉と言うらしい。ケラケラと笑う男とバックミラー越しに目が合った。ギラリと輝く瞳は獣のような獰猛さで笑みを作っている。千葉は軽口を叩くのが好きな様子だが、私は到底そんな気分になれず目を逸らした。

「……いえ、初めてですし、二度とごめんです」

「それもそやなあ……案外、仕事にしたら向いてるかも?」

「そのつもりもないです」

 荷物の内容が強制的に脳内へ蘇り、全身が一気に冷や汗で覆われて胃が不快感に満たされて何かが込み上げてきそうになる。男の目から逸らした視線をヘッドライトの照らす道へ向けることによって、なんとか気を紛らわせようとした。

 男の語る荷物は車両のトランクに詰め込まれていた。


 ここは私有地らしいがその詳細を聞かされることはなかった。木々が生い茂った狭い山道から突然こざっぱりと拓けた場所が目前に広がる。但し、道の両側に生えていた木々が見当たらなくなったというだけで、真っ暗であることに変わりはないため、どの程度の広さなのかを把握することは出来なかった。

 男はそのちょっとした広場へ辿り着くと停車した。バックミラー越しに再び目が合う。

「到着しましたよ、お客さん」

 獰猛な瞳がニヤリと笑う。その笑顔を見て、直感的にこの人は「悪い人」なのかもしれないと感じた。そもそもこんな仕事を引き受けているのに、一般的に「良い人」なわけがないのだが。

「……こんな真っ暗な中で作業ですか?」

「大丈夫大丈夫。ちゃあんとライトも持ってきてるから。作業するには十分。それより――ほんまにひとりでできるん? あんまり力があるようには見えへんけど」

「――追加料金が発生するんでしょう? そんなお金私にはないので、やるしかないです。場所を用意していただいて、運んでいただいて……お金はそれで精一杯なので」

「そう? あんま時間かかったら延長料金もらうで?」

 千葉は純粋に私の非力さを心配しているというよりは仕事を早く済ませて帰りたいという思いらしい。それは私も同意見だが、無い袖は振れない。

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