番外編:どうしてそんなに知ってるの……?

 秋薔薇の香気漂うレーヴェンタール伯爵邸のテラスに、紅茶をこぽこぽと淹れる音が響く。


 アガーテは「どうぞ」と質素だが上品な衣服を身につけている青年に紅茶を差し出した。


「殿下のお口にあえば」

「ああ。貴女は今日、らあっさりした味の紅茶を出すつもりだろう? 僕もそういう味は好きだ」


 優雅に茶を喫する十七歳になったばかりの美しい青年は、アガーテの「友人」である。正確には「愛人」、「恋人」。


「あの」


 アガーテはずっと疑問に思っていたことがあった。


「何だ? 僕のアガーテ」

「あの、殿下、そのですね、ご不快にならないでいただきたいのですけれど」

「?」

「何でそんなことをご存知なんですか?」

「えっ」

「え?」

「みていればわかる……?」


 王子は首を傾げていた。アガーテは年下の美貌の恋人であるゴットフリートにすがる。


「みていればわかるって、わたくし、殿下には何も、紅茶のことをお教えしていないはずです! 淹れる紅茶の銘柄も!!」


 すると、王子は深く考え込み、さも当然というように話し出した。


「貴女は濃い味の紅茶を飲むときと、あっさりした味の紅茶を飲むときがある。濃い味の紅茶を飲むときは室内にいたいときで、あっさりした味の紅茶を出すときは外に出たいとき」

「……怖……。何も自分について気づきませんでした」


 アガーテは自分の身体を抱きしめながら震えた。


「僕は当然のことをしているだけだと思うが。貴女のすべてを把握したいだけなんだ、アガーテ」


 美貌の恋人はときどき、アガーテが不安になることばかり言う。なので、年長者として彼の金糸のごとき髪をそっと撫でて、自分の腹と胸のあいだのあたりに彼の頭を抱き寄せながら言った。


「それ、他の人にやっちゃだめですよ」

「アガーテにしかしない……、他のものの紅茶のことをどうして知る必要がある?」

「そうですね」


 どんどんと、ゴットフリートの世界はアガーテ一人しかいなくなっていくのだろうか。

 それはとても独占欲を刺激されることで、とてもまずいことで苦しいことだった。


「殿下」

「なに?」


 この恋人に、愛しています、とはいわない。恋人ではあるが、夫のように愛してはいない。ただ、可愛らしく、守りたくて、愛おしいだけだ。


「わたしのことを見過ぎて、道のわきの側溝へ踏み外されませんよう」

「なんだそれは」


 彼の額にそっと唇をつけた。彼は満足げに目を閉じる。

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殿下と私の秘めたる日々 はりか @coharu-0423

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