第43話 私には年下の美貌の恋人がいる

 朝の光が差し込んだのを感じて、アガーテは眼をうっすらと開けた。

 横には、自分の美しい年下の恋人が、白い裸身を晒しながら、彼女の腰に絡みついていた。まるで自分が捉えてしまった大天使のような姿だった。


 起き上がると、彼も紫水晶の瞳を開け、すがるようにアガーテを見てくる。


「おはよう、アガーテ」


 アガーテは何も言えないまま、青年の顔を指でなぞった。青年の形の良い唇に優しくくちづけた。

 青年はあどけなく微笑むと、アガーテに思い切り抱きついてきた。


「……苦しいところはない? 昨日、無体を強いてしまった」


 アガーテは「いえ」と首を横に振る。すると、ゴットフリートがアガーテの腰にすがりながら、彼女の膝を枕にした。無邪気に微笑む青年は、美しい人妻の瞳を覗き込んだ。


「——アガーテ。昨夜のことを思い出して、夫に申し訳ないから死のうなどとは考えるな」

「……」


 アガーテが今すぐそうしたいことであった。だが、ゴットフリートの指が、アガーテの唇を撫でる。彼の瞳は愛人と激しく床をともにした直後とは思えないほど真摯しんしだった。


「僕はアガーテがいてくれてよかった。僕は……いてもいなくてもどちらでもいい存在なんだ。母上にとっても。この王国にとっても。兄上など、いないほうがいいと思っているのかもしれない。でも、貴女の存在が、貴女の肉体が、僕をこの世に繋ぎ止めてくれるんだ」


 ほだされてしまう。その十二も年下の青年の言葉に、ほだされてしまう。アガーテのような、子供も産まず、夫を裏切り、あんな嬌態をみせるような屑を、王子は必要と言ってくれる。


 気づけば、アガーテは、ゴットフリートの唇を貪っていた。

 美しい年下の恋人を仰向けにそっと倒し、首筋や鎖骨、乳首、腹を唇や舌で責めてあげた。


「……っ」


 美しい恋人は身体をのけぞらせ、よじった。アガーテは微笑んで、濃艶に囁いた。


「感じやすい子。かわいい」


 青年の手を自分の豊かな乳房に触れさせた。青年が乳房を唇に含み、吸う。

 自分は死ぬこともしない屑だ。ひょっとしたらエリアスの子が特別ほしいのではなく、誰でもいいからとりあえず子を身籠りたいのではないか。それ以前に、行為自体がしたいだけなのではないか。であれば、乱れ切るなら卑猥に乱れきってしまえ、と。

 体をそっとずらし、青年の脚の間に顔を埋めた。青年は身を起こそうとした。


「何をするんだ、アガーテ、そんなところをそんなふうに——」


 恥じらう青年が愛らしい。

 果ててしまうと、ゴットフリートは、寝台に倒れこみ、息を荒げていた。

 アガーテは口を拭いて、彼の隣に寝そべる。


「どう。これはお好き?」


 彼は頬を赤らめながら素直に答えた。


「とても快かった。……でもアガーテを奴隷にしているみたいだ」

「ふふ。わたくしはもうあなたの奴隷。あなたが必要。あなたをわたくしの恋人にして差し上げます」


 ゴットフリートは、「夫ではないのか」と顔を一瞬背けながらも、くすりと微笑んだ。

 伯爵夫人は微苦笑する。


「夫はおりますもの。離婚いたします」

「してしまえ。すぐに。貴女は僕のものなのだから」


 ゴットフリートが起き上がり、アガーテを抱きしめて唇を強く吸った。その後、水盤に布を浸して身体を拭おうとすると、アガーテはそれを制し、彼女が彼の身体を拭った。まるで幼児の世話でもしているように。

 ゴットフリートは、それにも恍惚として、小さく喘ぎ声を漏らした。


「拭いてるだけよ、わたくしの可愛い方」

「意地悪だ、アガーテは」


 アガーテの薬指には、紫水晶の指輪だけが光っていた。

 こうして第二王子のゴットフリートは、孤閨を守らされている美貌の伯爵夫人の年下の恋人となった。

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