第7章 喪失した再会

第34話 姉との会話(1)

 すでに季節は秋の気配があちこちに漂い始めていた。


 八月に十七歳を迎えた王国第二王子のゴットフリートは、何も相変わらずひたすらに勉学に励んでいた。

 変わったことといえば、一つは、背丈がまた伸びたことだ。人と話しながら歩いていたら、小さめの扉をくぐるときに額をぶつけた。もう一つは、雰囲気が老成し始めた。生真面目そうな「少年」から、謹厳そうだがやや陰翳いんえいのある「青年」へと変化していた。


 青年は、誕生祝賀の行事から王宮に逗留とうりゅうしつづけている姉と、お気に入りの庭を散策していた。繊細な姉のラインフェルデン公爵夫人——ドロテア王女の目を楽しませるため、木々の紅葉の目立つところを歩いた。

 ゴットフリートにそっくりな、紫水晶の瞳、まっすぐな金糸の髪を持つ王女は、静かに微笑んだ。


「ありがとう。気を遣わせてしまっていない?」

「……いえ」


 ゴットフリートは、誕生日を迎える前に比べて言葉少なになった。迎える前も決して話し好きではなかったが、殊に十七歳の日を迎えてからは寡黙になった。


「座らない?」


 王女は繊細な手を白樺の根方ねかたにある白い木のベンチへと伸ばす。ゴットフリートは頷いた。

 姉の魂は、今日は穏やかなようだ。夫の老公爵と共に王宮に来たせいだろう。姉夫婦は随分と年の差があるのに、驚くほど仲睦まじかった。もっとも、夫婦という間柄というより、父と娘、叔父と姪という間柄に見える。


 ベンチに座ると、姉はゴットフリートの髪の毛を撫でた。


「随分と大人になってしまったわ。わたくしが嫁いだ時はまだ本当に声変わりが始まったばかりだったのに。あなたの声に慣れないわ」

「もう十七ですから」

「時が経つのは早いわね」


 姉の青白い顔に、ほのかに血が通い、その薄薔薇うすばら色の唇が優しい弧を描く。姉は平らな腹に手を当てた。


「この子もそうなるのかしら」


 魂が穏やかな時の姉は、老公爵の子を授かっているという空想を常にしている。周囲は顔を青ざめさせているが、老公爵だけが、慈父じふのように、幸福そうな姉の頭を撫でている。楽しみだね、ドロテア、と。

 ゴットフリートは、壊れ切ってしまった姉の魂をこれ以上傷つけないために、穏やかに寄り添った。


「まあ、歩いていて扉に額をぶつけるようだと苦労します」

「まったく、ゴットフリートは。そういう物言いをして!」


 姉は心底から笑った。ゴットフリートは、今の姉になら相談できるかもしれないと、ある話題を切り出す。女性でこのようなことを相談できるのは姉しかいない。


「……姉上、僕はあるひとをひどく傷つけてしまいました」


 その繊細な面輪おもわが、ゴットフリートをまじまじと見た。


「その女性を愛していたの?」


 彼は静かに頷いた。今でも愛している。夢に見ない日はない。


「あなたの誤った言葉や行いで、直接傷つけたの? それとも、あなたの言葉や行いが巡り巡って、その女性を傷つけたの?」

「……後者だと僕は信じていますが、前者かもしれません」


 ドロテアは沈思するように顎に手を当てた。


「もし、あなたがその女性に不誠実を働いていないなら、あなたの立場がその女性を傷つけるのなら、なるべく真心をもって接して差し上げたほうがいいわ。きっとその女性は、グラスに溜めた涙の水がいっぱいになってしまったのね……」


 ゴットフリートのほうも、姉をまじまじと見た。

 姉が、アガーテと重なる。

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