第二夜

意識を取り戻した時は、真っ暗だった。

目隠しではなく、完全な闇にいた。


え、今日は夢を見なかった…?

薬を飲んでいないのに…!?


俺の中で、失神して眠りにつくと、悪夢を見ないが追加された。…二度とこの知識は使わないだろう。


あー、めんどくさい。脳内知的活動終わり。


意識をベッドに預けながら、周りを観察する。


照明が光っていない。


部屋のテーブルについているライトの電源をつけて。


ノートを広げる。

作戦を立てなければいけない。


生きるためだからな。これはちゃんと脳を使おう。


チラッと横を見ると、カードキーとスマホが壁にあった。


カードキーを引き抜き、裏面を観る。

そこに係があった。


名は。


『イエスマン』


「は?」


そんな素っ頓狂な声を上げた。


「係じゃねーじゃねーか」とツッコミを入れる。明らかに学校でする係の名前なんかじゃない。


下の方にルールが書いてあった。読んでみると…


『あなたはゲーム中はいずれにせよ、否定をしてはならない。なんでもイエスと答えよ。もしノーを言った瞬間、あなたがリスナーの目的の人という、偽情報を流す。』


なんととんでもねぇ係だ。


スマホには時間が表示されていた。


05:24。

それが現在の時刻だった。


いや。腕時計の方がいいな。


俺は腕時計をつけて、スマホは放置することにした。


朝の部屋を出るまでの時間で。

その間に作戦を立てる。


俺の係は、イエスマン…否定したら、俺は死ぬのは確定だ。なら、否定はできない…


え?


もしだ。昨日のことが蘇る。

「昨日、誰かのH、したの?」

なんて聞かれた仕舞いには。

「しました。誰だかわかりませんが。」

なんて答えるのか?っていうか。


「まじで昨日のやつ誰だよ…」


これも、何かの係なのか?

…また。こんな。

「私とHしてくれませんか?」

という質問には

「いいですよ」

しか、返せない。

ということは、誰にも知られてはいけない係だ。


幸い、「あなたの係はなに?」という質問には、「よくわかんなかった」とか、「嫌で見たくなかった」とかで逃れられる。


嫌なことは嫌だと言えない。これがその係か。


なんともいえない。性格の悪さがここで出ていると感じた。

流石だ。


いや、デスゲームに感心してる暇なんかないな。


「さて、んなことより、勝つ方法だよな。」


俺の勝利条件は変わらない。裏切り者を殺せば勝ち。

でも。探し出す方法も、どうやって殺すのかも、わからずじまいなのだ。


「どうしたもんかねぇ。」


というか。俺がこんなに必死になって勝つ方法を探す意味はない。死にたくないからこれを探しているだけで。


と、いうか。

昨日の耳に残っている声を思い出す。


その声は、由良木メメ。


__しょけーしゅーりょー。こうやって殺していって、目的の人を殺せば、リスナーたちの勝ち。それで…


リスナーの目的の人ってのは俺らと同じなのだろうか。


…推しの声は残りやすくていい。はぁ、録音しておきたかった。アーカイブ見れるような場所ないかなぁ。スパチャも今日の配信ではできなかったし。


って、んなこと言ってる場合かよ。

…でも。声、違ったよな。


それは、二ヶ月前の。メメの乗っ取りのことを思い出す。


俺はメメの配信をいつもリアルタイムで見なきゃ気が済まないから…授業があってもだ。


そして、その日、授業中イヤホンで声だけ聞いていたのだが。


なんとなく、声の感じが違うと思い、

『なんか今日声の調子悪いですか』

とコメントしたのだ。


すると、他の奴らが動き出して、こいつは乗っ取りだと、告発し、乗っ取りは、最小限で済んだという話がある。


その時より、違いははっきりしていないが…。なんとなく、ちょっとだけ、感情がないように聞こえるのは気のせいだろうか。


そう。なんか、ボーカロイドとか聞いているような…。


と、そんなことを考えていたら、もう7時だ。


さっさと出ないと。


…9時までに出ないとどうなるんだっけ?


もう一度ルールブックを見るが。何も書いてない。

まぁ、さっさと出ればいいか。


そう思い、カードキーをポケットにしまい、部屋を出た。


部屋の看板を確認すると、昨日とは違う、s-6という部屋番号だった。周りも同じ様に変わっている…どうしてだ?


ホールに着くと、秋山先生がいた。


「おはようございます。」

「おう、おはよう。昨日はひどかったな、お前、赤銅の一番近くにいただろ。」

「…そう言えばそうでしたね。もう、思い出したくありません。」

「…っすぅー、ま、そうだよなぁ…」


「先生もお疲れ様でした、掃除してくれたんでしょう。」

「あぁ、色々したのはいいのだが…。」


「色々変というか、不思議な物を見つけてな。」

「不思議な物?」


秋山先生は、真ん中のポールをノックした。


いかにも硬そうなこの部屋を支えている大きな支柱なのだが。


ノックした時の音は。コンコンと、中に空洞があるような音がするのだ。


「…空洞?」

「そうだ。だから、俺の見解は…ここから、処刑者が出てくると思う。」

「処刑者って…」

「まぁ、名付けるとしたら、チェンソーマンだな。」

「なんですかそのセンス…。ってことは、抑える係が2人と、チェンソーマンが1人って感じでしょうか。」


「なんで抑える係が2人だと?」

「1人だと、真っ二つにきれないでしょう。2人で腕かなんかを固定したらできる殺し方です。」

「…まぁ、チェンソーで服が切れないような物を着ていない限り、それは実証だな。」


「あとは…」


そう言って、彼は、壁際にあった赤いスイッチを押す。


すると。

“ぴーんぽーんぱーんぽーん”という、学校で流れてそうなチャイムがなった。


「これが多分、連絡用スイッチだろう。小部屋に聞こえるかどうかなんてわからないが。一応クラスには不登校者も病気持ちもいるからな。あとは…」


そして、先生は自分が肩から下げていたバックからあるものを取り出した。


それは…リモコン?


「多分だが。真ん中のモニターを表示するリモコンだと俺は思う。」

「なんでですか?」

「…作った会社が同じだからだ。それだけなんだがな。」


そのリモコンを受け取って。ボタンの数がめっちゃあることに気づいた。


そこには、YouTubeのボタンもあった。

つまり。配信のアーカイブが見れる。


…これはあくまでもルールを再三確認しようとするためのもので。決して自分の欲望なんかでは…


と、電源ボタンを押したのだが。

画面がつかない。


「あれ、つかないっすけど…。」

「テレビとリモコンの種類が違うのか。あるいは…電池が入っていないかだな。」

「あぁ、なるほど」


ということで、リモコンのバックカバーを開いたが。電池はもちろん、一つもはまってなかった。


電池をはめる部分は、二つ。大きさ的に、単三電池だと思う。


と、それを見た時。

「おはよう…ございます」


と、美琴がホールに来た。

「あ、乙葉!」

と、近づいてくる。


「昨日は大丈夫だったの?」

「うん、まぁ、気を失っちゃっただけだと思う。」

「そっか、よかったぁ。いきなり、あんなことがあって…もう、嫌になっちゃう。」


ほんとだよ。何でこんなことが起きているのか理解ができないのだ。


そしてゾロゾロと、ホールに集まってくる、3-Dの連中。


その中に、赤銅大翔の姿はない。


計30人。このホールには、その人数が…


「あれ、足りない。」


隣で秋山先生がそう。


もう一度数えるが…


「26、27、28、29…やっぱり。1人いないな。」


やっぱり1人いない。

俺はそこで嫌な想像をしてしまう。

パニックを起こし、自殺?もしくは他殺?

それとも…


『やーやー、おはよう諸君。』


チラッと時計を見る。時刻は8:59。


『あと1分で時間…そして、29人か。まぁまぁ、よくこんなに残ったね。まぁ1人死ぬくらいいいか。』

頭で理解するより、声が先に。

「おい、欠陥だぞ!」


『…何が欠陥だと言いたいの?』


俺の声はメメに届いた。テンションが上がりそうだ。

推しに自分の声が届いて会話できるなんて…


「9:00までにこなかった場合の記載がなかった。」


『あー…そういえば。書いてなかった気がするね。どう、リスナー、どうした方がいいと思う?』


そう言うと、画面には、半分を覆うくらいのコメントが流れていく。


【なんで?いなくてもいいじゃね】

【反抗者も殺す?】

【二日休んだら殺す、とか?】


そこに一つ。


『“5分以内で連れてこられなかったら死ぬ”ね、いいじゃん、採用。』


少し、嫉妬した。

…ファンとして。


『じゃぁ、ルールはこう。今ここにいない人、全員を5分以内で連れてこられたらクリア。』


「この後も適応するのか?」


『そうそう。このゲームで採用。…ってことで、初期実験は君。クルメオトハ君。やってくれるかな?』


メメ特有のニヤニヤとした顔が画面に映る。

きっとこいつは、全部知っているのだろう。


「あぁ、やってやるさ。」


否定はしない。


「でも…その前に一個質問していいか?」


『何かな?オトハ君。』


「ここに連れてくればいいんだよな?」


「…あぁ、そうだよ?」


その声はいつもと同じような抑揚の。由良木メメの声だったような気もした。


 *


このホールには道が四つ。


一つはキッチンや物置の場所、倉庫などいろんな部屋があった。そこにはもちろん、教室まで。

そこを仮に北だとして。

東にBの部屋たち。

南にSの部屋たち。

西にOの部屋たちがある。


この、B、S、Oの部屋群は生徒、先生の個別の部屋がある。

並び方は…


「くっそ、どこがどの部屋だが全くわかんねぇ!」


きっと、適当に並べたんだろう。


俺は今Oの部屋の手前から開けようと試みているが。


全く開く気配がない。


そしてやっと。O-7にカードをかざした時。

扉の鍵が開いた。


「叢雨さん!?」


そこの部屋では。扉の近くで、着替えが終わってないのにも関わらず、ただうずくまっている、叢雨まみさんがいた。


「___!?」

言葉にならない叫びをあげたまみさんは、何かをこちらに投げた。


これは。なんとも触りたくなく、持っていても嫌な物だった。


“精子が入ったコンドーム”


それが俺に投げつけられた。

…?

って。


「いいから、さっさと着替えてください!ここで遅刻すると死ぬんですよ!!」


そう言って着替えさす。途中だったから、1分もしないうちに終わり。


「いいですか、少し我慢してくださいね!」


そう言って、まみさんを抱えて、ホールまでダッシュする。


そしてホールに着くと。


ピピーと音が鳴った。


『えーと、記録が…3分58秒!ちょうどいい難易度じゃない。じゃ、今日の朝の犠牲者はなし!ということで、朝の会終わり!』


【すげぇぇぇぇ】

【うおぃぉぉぉ】

【1人だからwなめんなwwwwww】


と、今日の朝は、犠牲者を出すことなく、終わったのだった。


 *


秋山先生の指示で、北の方にある教室に向かう。そこには、机が30個、教卓が1個。


そして。窓際の前から2番目の机に赤でバッテンが書いてあった。


そこに座るべきは出席番号順なら、赤銅大翔。

彼は。昨日の夜、見せしめとして、チェンソーで真っ二つになったのだった。


「さて。こんなことに巻き込まれたのは、嫌なもんだが…。…昨日のあれがあったから、現実味がある。だから、こんなものを開催してる企業とかいうやつを潰そうと思っています。だから、そのために絶対に生きて帰りましょう。こんなデスゲームに付き合ってやってる時間なんかない。それこそ、俺の係である『監督』が、そう言っています。」


『監督』…。

どういう係なのだろうか。

そう思ったが。それは誰かの声で掻き消された。


「ちょっといいですか。」

「どうぞ、夜星よぼし龍斗りゅうとさん」

「俺、係が対策係なんですけど、そのためにみんなで、係全部言ってもらってその上で考えたいんですけど。いいっすか?」


その言葉に。


「いや、待ってください」


異論はあった。


「なんですか?桜子さん」


彼女は、伊藤桜子。


「私も、対策係なのだけど。その案は賛成できないわ。」

「なぜ?」

「…裏切り者は、裏切り者だって言わないでしょ?」


突然、ひんやりする声。

いじめる時も同じような声を出すのだ。


「…確かにそうだ。でも、そうしたら俺たちはどうすればいいんだよ?」

「簡単よ。人質を取ればいいの。」


そう言って、彼女は…

織田川美琴の席の近くまで行き。


ポケットから…


“カッター”をとりだした


「おい!裏切り者、出てこい!出てこないと、こいつの首が吹っ飛ぶぞ!」


俺の斜め前で起こっている光景はさながらいつも通りだ。…こんな猟奇的でなければ、だが。


いじめる桜子。いじめられる美琴。

そして。


「やめてくんない?」


止めに入る俺。


「なに?あなたが“裏切り者”?」

「い…美琴を離せ。」


あぶねぇ、いきなりイエスマンの効果を発揮するところだった。


「…何よ!あなたが裏切り者じゃないなら、こいつは離さないわ!」


美琴の口から「助け…た、助けて…」


と淡く吐き出された。


桜子は、なつめのいじめが失敗してから、美琴を標的にし始めた。理由は知らない。だけど。守んなきゃ、彼氏失格だよな。


俺は。そのカッターの刃先を手のひらで握った。


「ちょ!?」

「俺から見ると、急に豹変したお前の方が、よっぽど裏切り者に見えるけどな。」


手のひらから真っ赤な液体がこぼれ落ちる。


桜子は放心した様子で、カッターを手放し、俺の手に残る。


「ちょっと誰かさー、絆創膏に包帯と、氷嚢持ってきてくんない?」


と、俺はクラスに呼びかけた。


 *


俺の右手に包帯を巻いたが。その包帯も真っ赤になっているが。


やることはやらなければいけない。


「さて、騒動もひと段落したことだし、俺がしたいのは、これだ。このゲームにおける勝ち方。」


そう言って、俺は教卓に座る。


「つーことで、隠キャ屈指のベテラン成績さん、こちらへ。」


そこにきたのは梅津浩平。影は薄いのに、成績トップという実力者だ。


「というわけで召喚されたわけだが。何から説明すればいいんだよ?」

「まーとにかく、勝利条件を。」


「俺ら一般人の勝利条件は、裏切り者を殺すことだ。」


「裏切り者の勝利条件を俺は知らないが。多分、どれだけ人を殺したら勝ちみたいなもんだろ。」


「あとは…俺みたいに、特殊な勝利条件を持つものもいるだろう。」


そう言って、浩平はカードキーを掲げて見せた。


『ゾンビ。ゲーム開始時から3日、食事を取らなかったら、その時点で勝利となる。』


「こんなもんは無理に決まっているので、俺はさっさと裏切り者が出てきて欲しいのだが。」


「出てきたとしても、それが本当かわからないわけだ。…そこで裏切り者の行動を使う。」


「どう使うの?」


「…殺人現場の、証拠として、犯人を絞っていくんだ。それで、早ければ1人で犯人が分かり…」


「…殺すの?そいつを。」


「…このあとは実際になってみないとわからないという点が大きい。そいつが死ぬほど恨んでいるのなら、殺したって構わないのだが…」


浩平は、目線を上げる。


「時に加藤、お前が裏切り者で、人を殺さなきゃ行けない時、どうやって殺す?」

「え」


唐突なことに素っ頓狂な声をあげる加藤。


「それは…というか、こんな人がいっぱいいるところで殺すことなんてできるのか?」

「そらそうだ。殺すことができるのは、小部屋か、誰もいない時間帯の時。」


一人一人に与えられた小部屋だ。


「しかも。凶器は限られる。さっきキッチンにあった、包丁や、さっきみたいに伊藤さんが持ってたようなカッターだとか。」


「これは、うちが持ってきたやつっすー」


「…だそうだ。となると、ここでいう裏切り者は殺し方が限られてくる。殺人現場の隠蔽がない限り、状況証拠で犯人を絞れるということだ。」


と、ここで。


「悪い。もう昼だから帰るな。」


と、秋山先生が言った。


「え、なんでですか。」


「『監督』は昼からは現場にいないんだそうだ。だから帰る。」


そう言って、秋山先生は、部屋の方に戻って行った。


 *


昼ごはんの時間のため。


キッチンで調理をすることに。


「料理長、食糧庫にはこれがあったけど…」

「…うどんか。まぁ、大きな鍋もあるし、いけそうだね。」


料理長は。にのまえ響子きょうこさん。一応、火乃香さんの友達的な立ち位置になると思う。


というか。


「じゃ、乙葉くんは、鍋に水を入れてもらって、それを沸かしてね」

「え?これを1人で?」

「は?できないの?うちの唯にセクハラしたくせに?」

「…はい…。すみません…」


陽キャグループの人たちは、怖いというのが俺の中でできた。まぁ許されないことなのは理解しているけどさ!でも、友達までネチネチ言ってくるとは思わないじゃん!


「りょうりちょー、具材はこんなもんでいい〜?」

「うん、おっけいだね、じゃあとはスープを作ってもらって〜」


さすが料理長と言われるだけある。

指示も的確で、速い。


「乙葉君〜、ちょっときて〜」


と、我妻わがつま加那音かなねさんに呼ばれた。


「食糧庫の奥に謎の扉があって怖くて逃げてきたから〜、開けて欲しいの!」

「…はい?」

「怖いじゃん!ほら、開けてきて!」

「え、ええぇ。」


目の前には、明らかに錆びすぎて開かなくなった扉だ。


「これを?開けろと?」

「そうそう。大丈夫、私は、バケモノが出てきても、SAN値チェックで終わるし。乙葉君も、回避で振れば、運で避けられるから!」

「全く理解できない!」


俺は、その錆びた扉の取手を握り、思いっきり、引く…!


…ここで。力関係の話をしよう。


見た目の強さと、実際の力には、明らかな比例関係がある。例えば、きゅうりを折るには力は少なくて済むが、大根を折るには、大きな力が必要と言った具合で。


見た目の硬さが大きいほど、強い力で対処をしようとする。


そう。錆びた扉には開けるには大きな力が必要だと。思ったのに。


「うわぁぁ!!」


思いっきり引いた扉は軽く開き。俺は余った力で、後ろにバランスを崩したのだ。


もちろん、後ろには。

「ちょ、あぶな!」


加那音さんがいる。


そして。


俺は、加那音さんの上に馬乗りになって。

体制を崩してしまわないように、床に手をつこうとしたところが。


加那音さんのちょうど左の手のひらの上だった。


「…ぇ…と」

「…すみません…これは事故なんです…」


手を退けて、すぐさま、立ち上がる。


「…ぁ」


扉の方に視線を向けながら、そっちに行こうとしたら。


加那音さんの足に引っかかって…。


体制を崩して。


壁に、頭をぶつけた。


“がん”


という衝突音が響く。


「…あの、大丈夫です、か…?」

「…あ、治療で振ってくれます?」

「初期値なんですけど…」

「じゃ、いいや。ゆっくりしてればさ、目眩もなくなってくるから…。」

「ほ、本当ですか!」

「うん、大丈夫…大丈夫。」


…危ない。変なことで死ぬとこだった。


 *


「扉の向こうって…」

「…体育館みたいな感じしますね。」


扉の向こうには。その名の通りの体育館があったのだ。


バスケコート二面分。


それくらいには広い、体育館があったのだ。


 *


「…怪しいと思った。」

「なんだ唐突に」

「さっきの先生の『監督』ってやつ。」

「それが怪しいって?」


昼ごはんを食べながら、色々話し合う。

さっきの話し合いで団結力が高まったと言えるわけではないが、隠キャも陽キャも関係なくなってきた。


「…でもよ、あの先生があっちの味方しているとは思えないんよな。」


と、河井かわい遼兎りょうと


「…そうだよね。だってあの秋山先生だよ?秋山先生は、私たちをあれから救ってくれたじゃない。」


こっちは我妻わがつま加那音かなね

ちなみにさっきのことは何もなかったかのように振る舞おうと2人で決めた。


「あれ…って?」

「あぁ、そうか、久留米君はあの時いなかったけ。4/26。体力テスト?かなんかやったんだけど…」


4/26。

俺はメメがゲームの大会に出るってことで、その配信を一日中見ていたかったので、学校に行かなかった日だ。


「そん時、Aクラスの人たちから嫌がらせされ続けたんよね、私たち。」

「あぁ、なんか聞いた、確か美琴にそんな話をされた気がする。」

「ん、でね、その生徒ら秋山先生に叱られて、一時間くらい。その後、キッパリAクラスからのいじめもなくなったよね。」

「あぁ、それか。あれだよな、それで確か…」

「桜子がきたんだろう?」


急に会話に入ってくる、浩平。はっきり言って怖い。もう、うどんは食べ終わったのか、机に伏していた。


「だから俺たちに恨みがあってもしょうがないと言ったんだ。あいつが裏切り者なら、どさくさに紛れて殺す可能性もあるからな。」

「えー、だとしても。」


「でも、恨みならみんなあるでしょ」


と、黛さんは言った。


「私だってこんなクラスにいるのは不本意だもの。でも仕方ない。私が私でいられるのはここだけだし。」


ちょっとの静寂。みんなの顔は、黛さんに向かっている。


「…なんか、黛さんってこんな人だったんだって気持ちが今更…」

「は?」

「いや、なんかすみません…」


こんな嫌な話題は飲んで忘れよう。

俺はあったかいうどんのスープを冷めないうちに飲み干した。


 *


そういや。


「これ、なんだったんだろうか。」


ポケットに入っていたのは、叢雨さんを連れてきた時に投げつけられた、精子入りのコンドーム。


なぜかポケットに入れていたが…。


「気持ち悪くて持ってられないや、本人に返そう。」


なんで今まで気づかなかったんだろう。


叢雨さんを探していたら。


『ハローみんな、元気してる?』


と、テレビがつき、メメの配信画面が映し出された。


『あと30分で投票を始めるから、オトハくん、そこの全員呼び出しボタンを押してー』


と、言うから、ボタンを押してやった。


程なくして、全員が集まった。


『うんうん、人数は全員。出席と。』


ここで俺は、先生がいないことに気づいた。


まぁ、居れないのかもなと思いそれはスルーした。


『さて、投票に移りたいんだけど…その前に、こんなタレコミがあったんだよね〜』


彼女はババンと言いながら、それを画面に写した。

そこには。


『夜間にうるさい音が聞こえていた。まるで…セックスしてるみたいな』


と、書いてあった。俺は、即座に。

“あ、俺だ”と冷静に感じ取った。


『さーて、こんな状況になって何してるのかな?ねぇリスナー、カップル潰さない?』


という、メメの声に反対なんかするものはいなくて。


むしろ。


【メメ様に殺されるんだからむしろ嬉しいだろ】

【むしろご褒美】

【これにはハイクニキもニッコリ】


と、正気の沙汰ではないコメントがついていた。


そういや、メメのコメント欄はいつもこんなだっけか。


『さーてさて、カップリングはっと…』


ペラペラとめくる音が聞こえてくる。

それは名簿のような気がして。ここにいないものがまるでそれを渡したかのような。


『せんせー、この人たちじゃないの?』

「せんせー、だと?」


そういえば昨日も。先生が、放送で。


思考をしようとしても、メメの声でかき消される。


『えーと、カップリングその1、クルメオトハとオタガワミコト!』


どういうことか知らない、何でそうしてるのかもわからないが。俺らに一層明るいスポットライトが当たる。


『その2!ユリキョウカとヨボシリュウト!』


その2人にもスポットライトが当たる。


『その3!アイソリンとジンキュウヤ!』


え、付き合ってたの?という組み合わせだった。


付き合ってたのか、相蘇凛とじん久弥きゅうやって。


その6人にスポットライトが当たり。


『さて、この6人から、投票しようか』


なんて言うから。焦らざるを得なかった。


「待ってくれない?メメ。」

『…呼び捨てとは失礼だね。なんだねオトハ君。』

「これが落ちてました。」


と、俺は精子入りのコンドームをポケットから出した。


「これが廊下に落ちてたんです。」

『…へぇ、君のかい?』

「そうかもしれないな。でもこれがある時点で、全員が容疑者になったんじゃないか?」


『…というと?』


「きっと合宿でヤっちまうつもりだったんだろうが。こんなことになってお先真っ暗、死ぬかもしれない。だったら。」


俺は昨日のことを思い出してしまう。


「無理矢理にだって一回ヤっておいてから死にたいって思う奴がいるってことだよ。」

『なるほどね。』


そう言った、メメはコメントを見始めた。


【こいつ必死すぎて草】

【ってかこいつ人の精子持ってたってこと?】

【うわー引くわ正直】


と、散々なコメントが。


『ちなみに、そのコンドームどこで拾ったの?』

「いつだったかは覚えてないけど。朝、叢雨さんを連れてくる時にもう拾ってた。」

『へぇ〜、ふーん…』


と、あからさまな雰囲気を出してきたメメ。

ちなみにメメは彼氏いない歴イコール年齢の女だ。


嫉妬でもしているのだろうか。


【じゃ、叢雨は確定か?】

【いや、嘘の可能性もあるだろ】

【早く投票したいよー】


そんなコメントを見ていると違和感に気づいたのだ。


叢雨…漢字がバレたか?


いや。変に変換したらああなるからあながちバレてないと思うが。

見つけたにしても早すぎる。


まぁ、叢雨さんが、ネットに自分から名前を披露していたのなら話は違うが。


そこで、俺の視界に一つの腕が上がった。


『ん?どうしたんだい、クサガヤキクタ君』


「僕が…僕が叢雨さんを襲った張本人です」

『…証拠は?』

「別にいいですよそんなもん。叢雨さんには、目隠しもしたし、口も塞いでやった。だから変な音とかは聞こえなかったと思うんだけど。」


【こいつかよ!!ってかキショすぎ!!】

【ヤリチンが】

【こんな可愛い女の子襲っておいてのこのこ生きられると思うなよ】


『投票を開始する』


そうして。


『そんなことをした人は苦しく死んだ方がいいよね?しょけーかいし!』


草茅くさがや菊田きくたは。上から吊るされたロープに首を引っ掛けられて。


宙に浮いたまま死んだ。


『しょけーしゅーりょー。…あぁ、うん、回収してきて。』


そこでこの部屋の真ん中の支えが開き、1人の防護服を着ている男が俺の元にきた。


『コンドームを渡せ』


そう言った。ので、俺はそれを渡した。


そして。その日は終わりかけていた。


何もしたくないなぁと思いながら、部屋でぼーっとしていると。


「ごめんちょっといい?」


織田川美琴が。…下着姿で部屋に入ってきた。


「え、いや、なんで?」

「あ、違うの。これはHしにきたわけじゃなくて。」

「…何かあったの?」

「うん。」


「あのさ、H


すごく、悪寒が走った。

おれ、こんなに早いテンポで“あ、やべ”とか思ったことないんだけど。


「…はいそうです。すみませんでした」

「いや、謝らなくていいの。そもそもとして…」

「…?」

「何時に襲われたの?」


そして、よく考えてみると。


「何時だっけ?」

「いつやられたかわかんないんでしょ?」

「そう、だね。」

「ルールがまだ分かってないのに、そんな行動に移せるのって、おかしくない?」


言われてみればそうだ。夜の行動は11時まで。そのあとは部屋から出てはいけない。そう言う決まりだ。


それを事前に知らされてはいない。ただ部屋のルールブックに書いてあるだけだ。


だから…。


「だから、乙葉を襲った人は多分、裏切り者なんだと思う。」

「…なるほど。ちなみに、目星はついているのか?」


「火乃香ちゃんは違う。」


と、突然出てくる、火乃香唯の名前。


「だって、火乃香さん、今日話したけど、乙葉のことただのパンツ見た変態扱いしていたもん。」

「あぁ〜。そう言う経緯で知りましたか美琴さん」

「そ。だから、乙葉は下着好きなのかな〜て思って。」


そんなこと…な…くはない。


結局、Hはすることなく。美琴は帰っていった。


「俺、変に冷静だな。」


そんな独り言を言いながら今日の夕ご飯を考えていた。


唐揚げでも食べたいなと思い、紙に書き、ダムウェーターに入れようと扉に手をかけるが。


「開かねぇ。」


と、そこでカードを入れないと開かないことに気づき、カードをポケットから取り出した時。


「あれ?」


裏面が変わっていた。


『あなたはイエスマンを放棄したので、偽情報を拡散します。』


と。


「は!?いつだよ!?」


そう、叫んだ。


俺は、気づかなかった。

誰かいつだったか教えてくれよ!

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