009話 苛立ちの理由

「なんでダメなんだよ!」

「オメェみたいなガキと組んで、こっちに何の得があるんだ!」

「雑用でも何でもするから!」

「だからいらねぇんだよ! 失せろガキが!」


 酒場エリアで短髪赤髪の少年が冒険者と何やら言い合っている。


 見た目からして10〜13歳くらい。

 ガリガリの体。

 ボロボロの服。

 あからさまに難がありそうな子供だ。

 

 会話内容からしてパーティーを組みたいようだが……まぁ、難しいだろうな。

 何か特別な能力があるようにも見えない。

 組むメリットはないだろう。


 横目で少年を見つつも俺は素通りして、受付にいるフレーネさんに話しかけた。

 彼女も心配そうに少年を見ている。


「こんにちは、フレーネさん」

「あ、ルノアさん!」


 あまり関わりたくないが状況くらいは聞いてみるか。


「あの子はどうしたんですか?」

「それが……」


 彼女に経緯を説明してもらう。

 フレーネさん曰く、内容はこうだ。


 赤髪の少年は小一時間くらい前にギルドに現れて「冒険者登録をしたい」と受付に言ってきたようだ。


 別に冒険者登録に年齢は問われない。

 だが少年は登録費用の銀貨1枚を持っていなかった。


 すると少年は駄々をこねる。

 少年は「出世払いするから登録して」と頼む。

 もちろん受付の人は拒否する。


 諦めきれない少年はギルド内にいる冒険者に嘆願する「何でもするから登録費用を肩代わりして欲しい」「自分をパーティーに入れてくれ」と。


 もちろん冒険者は拒否して今に至る。

 内容の把握終了。

 

「恐らくあの子……身なりからして、貧民街出身だと思います」

「あ~確か北東区画の外れにありますよね。行ったことないな」

「そうです。治安も悪いですし、私も行ったことは……」


 エスタリスほどの規模の町になると、貧富の格差が発生してくる。貧民街のようなアウトレイジな部分がどうしたって出てくるのだ。


 子供には何の罪もない。

 産まれた境遇が悪かった。

 運が悪かった。


 同情する気持ちはある。

 少年にも事情があるだろう。


 でもこればかりは社会の仕組み。

 俺にどうこう出来る問題ではない。


 世の中には少年のような境遇の子供がたくさんいるだろう。

 彼だけが特別ではない。

 

 俺は複雑な感情を抱きつつ、少年のことを見ていた。


「……………」

「あの〜まさかあの子を助けようとか思ってませんよね?」

「そこまで自惚れてませんよ。俺にそんな余裕はないですから」

「なら良かったです。では依頼ですが……」


 フレーネさんは俺の返答に安堵していたが、どこか悲しそうでもあった。

 

「先日も伝えましたが、採取系の依頼をやってみませんか?」

「あ、はい。やります」

「採取するのは『ケレネ草』という薬草10本ですね。町の近くの小川に群生してますので、簡単に採取出来ると思います」


 ついに外での依頼か。

 ようやく冒険者らしくなってきた。

 

「わかりました。しばらくは採取系の依頼があれば俺に回して下さい」

「はいッ、任せて下さい!」


 フレーネさんから依頼書を受け取り、俺はギルドを後にする。

 まぁ、依頼は簡単に達成できるだろう。


「お願いだよ!」

「うぜぇ、失せろ!」


 あ~まだ諦めないのか。

 赤髪の少年を見て、俺は少しイラついていた。

 なぜこんなに胸が痛いんだ。

 妙にモヤモヤが残った……


−−−−−−−−−−−−


 翌日


 冒険者ギルドにまた少年はやってきた。


「パーティーに入れてくれよ!」

「昨日の子か……悪いけど他を当たってくれ。人数は足りてるからね」


 若さとはすごい。

 銀のタグをつけている冒険者にめげずに声をかけている。

 俺なら絶対に心が折れてるな。

 どうせ無理なんだから。


−−−−−−−−−−−


 翌日


 また少年はいた。


 銀級冒険者は諦めたのか、次は銅のタグしかつけていないパーティーに声をかけていた。


「オレを仲間に入れてよ」


「無理。ただでさえ報酬は山分けしてるのに、役に立たない君を入れる理由ある?」

「つかお前はまだ冒険者じゃないだろ。ここから出てけよ」


 彼等の主張は正論だ。

 もう諦めた方がいい。

 無駄だよ。

 

 別に俺が声を掛けられたわけじゃない。

 関係のないことだ。

 でもこの胸のモヤモヤはなんだ。

 ムカつく。


−−−−−−−−−−−


 翌日


 少年はいた。

 だが館内には入らずに、外でへたり込んでいる。


 何がしたい?

 誰かが声を掛けてくれるとでも思ってるのか?


 俺は少年を無視して、依頼を受けるためフレーネさんのいる受付に顔を出す。


「こんにちは……」

「あ、こんにちは」

「何か依頼はありますか」

「ルノアさん……何か怒ってます?」

「え?」

「口調がいつもより強いです。あの少年がギルドに来てからですよね……」


 ああ、フレーネさんの言う通り。

 少年を見ているとなぜか心がザワつく。


「でも、あの子すごいですよね」

「え、何がですか?」

「自分よりも大柄な大人に、毎日頼みこんでは断られて。普通はすぐに諦めますよ。だから勇気あるな〜って……私なら絶対に無理です」

「…………………あぁ、そういうことか」

「はい?」


 フレーネさんの言葉を聞いて。

 俺がなぜ苛立っていたのかを理解した。


『勇気』か……


 俺は少年に苛立っていたのではない。

 過去の弱い自分を思い出すのが辛かったのだ。


 15年前、仲間や人々から俺はすぐに逃げた。

 惨めな思いをしたくなかったから。


 足掻くこともなく。

 やり直すこともなく。

 恥をかくこともなく。


 家の中に引きこもり。

「どうせ俺なんか」

「どうせ無理」

「どうせ意味がない」

 どうせ。

 どうせ。

 どうせ。


 馬鹿にされるくらいなら。

 恥をかくくらいなら。

 劣等感に襲われるくらいなら。


 諦めた方がマシだ……


 ずっとそんなことを考えていた。

 そんな情けない自分が心底嫌いだった。


「フレーネさん、ありがと。俺もそう思います」

「え?」

「勇気ありますよね。すぐに諦めた誰かさんとは大違いだ」

「ルノアさん?」


 弱い自分。

 今でも諦めグセが抜けていない自分。

 それを気付かせてくれたのはあの子だ。

 

 一期一会。

 話してすらいない相手に心がザワついた。

 この出会いに何か運命を感じたんだ。


 俺はフレーネさんに微笑んだあと、そのままギルドの外に出て、へたり込み蹲っていた少年に声をかける。


「ねぇ、君……」


 呼んでも顔を上げない少年。

 心が折れかけているのだろう。

 でも彼は冒険者ギルドに現れた。


「冒険者になりたいんだろ?」

「え?」


 お、反応したな。

 俺は首にかけてある銅板のタグを見せながら、笑って話しかける。


「俺もまだ銅級の新人冒険者でさ。仲間を探してるんだ。良かったら一緒にパーティーを組まない?」

「……知ってるんだろ。オレが冒険者じゃないこと」

「あぁ、でも出世払いするんだろ? なら今から登録しに行こう」


 俺の言葉を聞いた少年は、目を輝かせながらも、どこかまだ半信半疑な態度で返答してくる。


「本当にいいの?……オレまだ子供だし役に立たないかもよ」

「ずいぶん弱気だな。先日からの威勢はどうした?」

「仕方ないじゃん、ずっと話しすら聞いてもらえなかったんだから……」


 はは、不貞腐れてるな。

 この子はもう十分頑張った。

 少しくらい大人が手を差し伸べてもいいだろ?


 俺は少年の手を掴み、強引に起立させ、そのままギルドの中へと入る。


「俺がいま君の話しを聞いてるじゃん。嫌なのか?」


 手を強く握ると、少年は照れ臭そうに言った。


「イヤじゃないよ……」

「なら決まりだ。今日からパーティーを組もうッ。俺はルノア、君の名前は?」

「うん……名前は………『リノ』」


 俺はリノを受付に連れていき、フレーネさんに冒険者登録をしてもらうようにお願いする。


「今日からパーティーを組むことにしました。登録よろしくお願いします」

「はい、かしこまりましたッ」


 冒険者になって初のパーティーメンバー介入か。

 ソロを貫くつもりだったのに、また人生に変化が訪れた。


 赤髪の少年『リノ』

 まだ声変わりもしていない少年。

 さてさて、これからどうなることやら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る