006話 それにしても痩せたな、お前
「ふぅ〜、雨漏りの修繕完了っと。ステラさん、これでいいかな?」
「ルー君、ありがとね〜。有り合わせの木材でこれなら十分よ。大工さんに頼むと高いから、助かったわ!」
「いえいえ、依頼ですから。じゃあ俺はギルドに依頼達成の報告に戻りますね」
「今日は外で夕食を取るのかい?」
「いえ、もう依頼がないので今日はネコ屋で食べます」
俺は民宿『ネコ屋』の女将であるステラおばさんに、そう言い残しギルドに戻った。
−−−−−−−−−−−−−−−
エスタリスの町に住み始めてから半年が過ぎた。いや、本当にあっという間だ。
今の俺の現状を報告するなら、けっこう上手くやっていると思う。
幸先が良かった。
初依頼のネコ探しを依頼してきたのが、ステラおばさんで『ネコ屋』という民宿を夫婦と息子で営んでいたのだ。
長期滞在するのを条件に、少し安い値段で寝泊させてもらっている。
依頼もフレーネさんの言われるがまま、町人から出された難易度の低いものをこなす毎日。
まぁ〜報酬は安いが、その日暮らしなら別に困ることなくやっていけている。
あとこの町に滞在した日から修練を再開しているので身体能力、魔力ともに上がってきている。
筋トレに瞑想。
隠れてシャドー戦闘訓練。
まだまだ勇者時代には及ばないが、エスタリス周辺の魔物討伐くらいなら苦もなくできるだろう。
「お、今日もおつかれさん。雑用君!」
「いったい何時になったらルノアちゃんはまともな依頼を受けるんですか〜?」
「もう半年も生きてるよ〜。賭けに負けちまったじゃねぇか!」
「つか半年ずっと町の雑用って、冒険者する意味あんの?」
「「「ギャハハハッ!」」」
だがこの通り。
魔物討伐系の依頼をまったく受けないので他の冒険者たちからは『雑用君』と命名されていた。
「フレーネさん、今日の依頼達成です」
「あ、ルノアさん。お疲れ様です!」
「はい」
「あの……いつものことですけど、あんな人たちのこと気にしないで下さいね」
「ああ、大丈夫ですよ。気にしてないですから」
弱い犬ほどよく吠えるってな。
アホは無視にかぎる。
おっと、いけない。
過去の自分を改めているつもりだが、相手を(アホ)などと思っていてはまだまだ。
まぁ〜根本の性格に難があったので仕方ないか。
「今後も簡単な依頼があれば回して下さい。俺には性に合っているので」
「はい、任せてください! 冒険者になって半年ですし、そろそろ町の外に出るような依頼も検討してみますね。採取系などはどうでしょう?」
「町の外ですか……」
力や感覚は徐々に戻ってきている。
別に討伐依頼も受けようと思えばいつでもできるし、そろそろ依頼の幅を増やすのも悪くないか。
「はい、フレーネさんにお任せします」
雑用君というアダ名もこれで卒業か?
でも雑用依頼も本当に悪くなかった。
むしろ楽しんでたし。
そのお陰で町の人たちに、だいぶ顔を覚えてもらえた。
依頼を受けると「ありがとう」と感謝してもらえるのが、俺にとっては嬉しいのだ。
【勇者】という肩書きではなく。
『ルノア・オルティー』として信頼してくれている。
誰も過去の俺を知らない。
それが心地良い。
受付嬢のフレーネさんも、その1人だ。
真面目に依頼をこなしていたのが良かったのか、対応が日に日に優しくなっている。
「あ、あの〜ルノアさん!」
「なんですか?」
「私も今日はもう上がりなんですけど……こ、これから食事でもどうですか⁉」
なんて食事にもちょくちょく誘ってもらえるようになってきた。
でも勘違いしてはいけない。
彼女は仕事のパートナーとして、声を掛けてくれているだけ。
(ワンチャンいけるのか?)などと思ってはいけないのです。
30歳を越えて19歳の少女に手を出すにもいくまいて。つか引きニートだった時期が長すぎて、恋愛などの自信はとうに無くなっている。
ブレイクハートされたくない。
この時期のオッサンは少女より乙女なのだ。
「すみません。今日はネコ屋で食事するとステラさんに伝えてあるので、また今度誘って下さい」
「あ、そうですか。残念です……」
あからさまに寂しそうな顔。
あれ?
やっぱりワンチャン……
いや、止めておこう。
ヘタレの俺には無理だわ。
「あ~俺の報酬額はフレーネさんが1番知ってると思うので、高級料理屋には行けないですけど、次に誘ってもらえたらご馳走します」
「本当ですか! 絶対に行きましょうね!」
「はい、じゃあ今日は帰ります」
「お疲れ様でした!」
俺はフレーネさんの満面の笑みに、内心はニヤついていたが、必死に隠しつつギルドを出た。
もう30歳なんでね。
ニヤついてたらキモいでしょ?
「ちぇッ! あんな雑用に優しく対応する必要なんてねぇだろ!」
「あ~あれはフレーネちゃんの哀れみだよ」
「だな、雑用君は冒険者にお友達が1人もいないからねぇ〜!」
もう半年だし、コイツらの嫌味にも慣れたが。
さすがに「飽きないのか?」と言いたくなるな。
まぁ、こんなふうに面倒ごともあるが……
半年前まで引きニートだったことを思えば、だいぶマシになっただろ?
−−−−−−−−−−−−−−
ギルドを出てネコ屋に戻ると、既に夕食が出来上がっていたので1階にある食事カウンターの席に腰かけた。
壁際にある1番左の席が俺の定位置になっている。
「よぉ〜ルノア。おかえり! 母ちゃんから聞いてたし、もう夕食できてるぞ」
「ああ、ただいま。フロック」
明るく挨拶してきたのは、ネコ屋の厨房を担当しているステラおばさんの息子フロック。
歳は俺より3つ下だが、この町で1番歳の近い知人。俺は友達だと思ってる。いい奴なんでね。
「ほいよ! 野ウサギの丸焼きステーキだ!」
「おっ、美味そうだな」
「銅貨2枚なッ!」
「2枚か〜高いな」
「悪いが今日は安く出来ないぜ。なんせまるまる一匹使ってるからな!」
「そっか。なら素直に払おう」
「毎度ありッ。その代わり黒パンとスープはおかわり自由! っと、なら他のお客の対応もあるから、欲しいときに声をかけてくれ」
「ああ、ありがと」
フロックの飯は上手い。
俺は出された野ウサギのステーキを食べ進めていく。
「うん、今日も美味い」
塩味加減も丁度いい。
黒パンもスープに浸して食べれば、柔らかくなって美味い。
転生したばかりの頃は異世界の飯がマズくて嫌だったけど、今ではこの世界の味が基準になっている。
まぁ、たまにチェーン店の(牛丼、みそ汁セット)なんかを食べたいと感じることもあるが……
醤油、味噌はやはり最高だよな。
いつか料理研究を挑戦してみるか?
大豆を発酵させるんだよな?
でも発酵ってどうやってするんだ?
うん、やっぱり無理だわ。
魔法以外はまったく現代知識を活かせてない。
料理詳しくないから仕方ないけど。
「ふぅ~上手かった。ご馳走さん」
などと考えている内に、完食してもうた。
「お、キレイに完食だな。スープのおかわりいるか?」
ひとしきりの客をさばいたのだろう。
一息つきにフロックが話しかけてくる。
「いや、大丈夫。お腹いっぱいだ。美味しかったよ」
「そうか、なら良かったぜッ! それにしてもお前は痩せたな〜」
最近フロックは暇さえあればこの話題を振る。
まぁ、でも本当に痩せた。
依頼+修練を日々おこなっていると、自然と贅肉が削ぎ落とされた。
30kgは落ちてると思う。
そして筋肉量は逆に増えた。
ムキムキになるつもりはないので、この筋肉量を維持しつつ、あと少し体重を落とせばベストな肉体になるだろう。
「まぁ、最初に出会ったときは酷かったよな」
「おうよ。豚みたいな身体してたからなッ」
「おい……もう少し言葉を選べ。だからお前はモテないんだよ。結婚相手が見つからないぞ」
「どの口が言う。お前だって独り身の中年じゃねぇか!」
俺達は悪態をつきながらお互いの顔を見て、ほくそ笑む。
「フロック、このやり取りもう何回目だ?」
「あ~20回はしたな!」
「そろそろ止めない?」
「いいじゃねぇか、友よ! エールを1杯奢ってやるから独り身同士で乾杯しようぜッ」
友よ……か。
何より嬉しい言葉だ。
村を出たとき、俺は一生卑屈な人生を送ると勝手に思い込んでいた。
でも最近は少しだけ前向きになれてる気がする。
まだまだ自信なんてものは無いし。
唐突に不安になるときもある。
過去の後悔を思い出すときもある。
でも……
楽しいと思える時間が増えた。
フロックとの会話だってその1つ。
「お前そうやって、いつも2杯以上飲ませて金を取るよな」
「ルノア〜。そこは商売上手と言ってくれよッ」
「たく、低賃金なんだから加減してくれ」
なんて言いつつ。
俺は注がれたエールを受け取り、乾杯するのだ。
「「乾杯!」」
そして朝日を浴びる頃に起床し、修練に励み、依頼をこなす。
これが今の俺の日常。
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翌日。
「あ~頭が痛い……でも集中だ」
昨晩は結局フロックと談笑が続き、エールを5杯ほど飲んでしまった。
だがいつもどおり早朝には目を覚まし、町外れまで移動して、人目につかない場所で日課の修練を開始。
「採取系の依頼を入れるってフレーネさん言ってたし、そろそろ本格的に攻撃魔法の修練していきますか~」
魔力量も魔力操作もだいぶ戻ってきている。
次は四大源素を組み合わせた【複合魔法】を試してみよう。
そろそろ俺TUEEEEEモードに突入か?
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