004話 旅は道連れ

 ラダ村から半日歩き続けて、国境付近の隣町に到着した。


 ちょうど昼頃だし、飯屋で腹を満たしたいが無駄遣いしている余裕はない。


 持参してきた携帯食(小麦粉とミルクとチーズを練って作った焼菓子)カロリーメ○トの劣化版みたいな物を食べて、水魔法で水分補給する。


「不味いし、全然足りない……」


 なんて愚痴を洩らしつつ、俺は町を素通り。南出口まで移動して、荷馬車に乗っている商人らしき人物を探すために待機していた。


 それがこの街に立ち寄った理由だからだ。


 俺は別に闇雲にラダ村を出たわけではない。

 最初から目的地は決まっていた。

 目指しているのは【ネスタ】という隣国だ。

 

 なぜネスタなのか?

 それにはいくつかの理由はあるが。

 まず1番の理由は冒険者ギルドがあるからだ。

 金を稼ぐにはギルドに登録して色々な仕事を斡旋してもらうのが手っ取り早い。

 

 自国の冒険者ギルドではダメなのか?

 ああ、ダメだ。

 俺の住む【ヴァイスヴァルツ王国】は魔王討伐以降から冒険者ギルドが一気に廃れた。

 自分で言うのもなんだがヴァイスヴァルツ王国は魔王討伐を果たした勇者たち御一行が住む国。   

 その権威で瞬く間に最強の大国になり。

 国の治安維持はほぼ兵士たちが担っている唯一の国なのだ。傭兵になるよりも兵士なった方が賃金もいいので国に雇われる者が一般的となった。

 

 なぜ国は冒険者ギルドを廃れさせた?

 理由は諸説あるが。

 俺やゲイルたち三英雄が単独で権力をつけないようにするための王族の策略だと聞いたことがある。

 王国を乗っ取られると思ったのだろう。


 まぁ、でも策略どおりだな。

 ゲイルは近衛騎士団長。エメラルダとリリスは今なにをしているかは知らないが、国の重要な役職に就いている可能性が高い。

 斯くいう俺は何もせずにドロップアウトしてくれたので王族からすれば喜んでいただろう。


「お、あの人は商人っぽいな」


 しばらく待っていると、やっと荷馬車が一台やってきた。 手綱を引いているのは中年の小太りな男性で、身なりも良く、荷台には木箱や布切れが積まれている。  


 俺はオジさんに急いで声をかけた。


「すみません!」

「と、おお! いきなりなんだい?」

「荷台を見るに商人ですよね? この方角なら国境を越えてネスタに行くんですか?」

「ああ、そうだよ。この国の品物を買いつけて今からネスタに帰るところさ。僕はネスタ出身だからね」


 よし。ビンゴ!

 俺は自分もネスタに行きたい旨をオジさんに伝える。


「もし良ければ、私を一緒に乗せてもらえないでしょうか。荷下ろしや道中の仕事も手伝います」

「う~ん、唐突だねぇ〜」

「お金はいりません! あと魔法に多少の心得もあるので魔物などからの護衛もできるかと」

「………無賃金で手伝いたい? なぜ? あ~僕は『魔除け石』があるから護衛はいらないよ」


 いきなりの提案に違和感を感じるオジさん。

 つか『魔除け石』持ってるのか。

 さすが商人。稼いでらっしゃる。

 う~ん、これは包み隠さず理由を話した方がいいな。


「私もネスタに行きたいのですが、通行許可書を持ってなく、国境を越えるとなると多額の通行料を取られてしまいます。なので貴方の雇われ人になれば通行料を取られずにネスタへ行けるからです」

「ああ、そういうことか」

「ダメですかね?」

「う~ん……わかった。ならいいよ!」

「ホントですか!?」

「でもちゃんと手伝ってもらうよ? 無賃で本当にいいんだね?」

「はい、お願いします!」

「じゃあ荷台の空いてる場所にでも乗りなさい」

「ありがとうございます!」


 俺が後ろの荷台に乗ると荷馬車を再び進めるオジさん。

 気の良さそうな人で助かった。

 小太りなのも親近感があって嬉しいぜ。


 こうして俺は最初の難関であった国境ごえに成功し、隣国ネスタへと向かう。


−−−−−−−−−−−−−−−


 国境を越えてネスタに入り、4日の旅路で無事に目的地の『エスタリス』という町に到着する。


 ネスタでは3番目に人口の多い町らしい。

 冒険者ギルドもエスタリスにあるそうだ。


「トトさん、荷下ろしと品物の陳列作業が終わりました。他に何かやることはありますか?」

「いやもう十分だよ、ルノア君。4日間いろいろとありがとう」

「いえ、こちらから頼んだことですし。感謝するのは私の方です」


 俺は4日間の旅路で商人のオジさん(トトさん)とすっかり打ち解けていた。

 道中も優しく接してくれたし。

 本当に楽しい旅だった。

 人とまともに会話をしなくなって10年以上経っていたので心配だったが、杞憂だったみたい。


「旅は道連れだね。いい時間だったよ! あとルノア君はけっこう力あるんだね。重い木箱を軽々と運べるなんて驚いたよ」

「はは、ちょっと頑張っただけです。30歳なのでまだ無理はできますよ」

「そうかい? 余裕そうに見えたけどね。僕みたいに太ってるだけだと勘違いしてた。ゴメンね!」


 ははは。

 トトさんの言う通り、筋力はないです。

 風魔法を使って木箱を軽くしてただけ。

 無詠唱なのでバレてない。

 腐っても元勇者ってね。

 修練を再開して少しでも早く、体力や魔力を戻さないとな。


「ははは、太り過ぎてるので痩せないとダメですね」

「う~ん。それはそうだけど。ルノア君はまず身だしなみを整えた方がいいかな。正直あまり印象はよくないよ」


 トトさんはそういうと俺の顔に目を向けた。

 

「その無造作に生えた髭! 背中まで伸びた髪! せめて後ろで束ねるとかさ!」

「あ~そういえば……」

「商人じゃなくても指摘したいレベルだよ」


 ずっと家に引きこもってたし。

 この世界に風呂という文化は平民にはない。

 前世でもそんなに身なりを気にするタイプでもなかったから、気に留めていなかった。

 さすがにヤバいか。


「商人は契約を大切するから、無賃金という最初の条件は変わらない。でもルノア君はしばらく冒険者としてここに滞在するんだったね?」

「はい、そうですけど」

「なら今後も関わるだろうし。お礼に髪を整えてあげるよ。太っているからこそ清潔感は大切さ!」

「いや、そこまでしてもらうのは申し訳ないです」

「いいから! 僕がしたいんだ。ささ、こっちに来て!」


 トトさんは半ば強引に店裏にある自宅へと招き入れてくれた。


「さ、ここに座って」

「はい」


 すぐに散髪と髭剃りタイムが始まる。

 ほぼ床屋だな。

 そしてビフォーアフターがこうなった。


 髪型

 Before ゴワゴワで背中まで伸びたウザい長髪

 After 肩くらいまでざっくり切り、残りは紐で束ねる。前髪も目元くらいのオシャンティーw


 髭

 Before 無精髭

 After 1枚刃で全剃りのツルツル


 体型

 Before おデブちゃん

 After 変化なし


 手鏡に写る自分を見たが、言われた通りだいぶマシになったと思う。まぁ、体型は残念なままだけどな。

 

「どうかな?」

「ありがとうございます。久しぶりに自分の顔を見ました」

「青い瞳に大きな目。痩せれば好青年になりそうだね」

「ははは、なれるように頑張ります。じゃあ私はそろそろ冒険者ギルドに行くので、これで失礼します。本当にありがとうございました」


 俺は手鏡をトトさんに返して、改めて深々と頭を下げた。


「ああ、そうだったね! 冒険者ギルドは大通りにあるからすぐに分かるよ。もし何か入り用なときは是非この店を利用して!」

「はい。また顔を出します」


 最後に握手を交わし、俺はトトさんと別れた。

 たった4日間の旅。

 でも俺にとっては最高の時間だった。

 最初に出会えたのがトトさんで良かった。

 村から出たときの憂鬱な気持ちが消えていたのだ。


 だからなのか。

 曲がった背中を伸ばして。

 顔を上げて。

 少しだけ陽気な笑み浮かべて。

 自然に言葉を発する。

 

「よし、次はギルドで冒険者登録だなッ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る