第1話 手掛かり

堕突鬼きとつき事件」が、ひと段落した数日後。

 その日、薬屋「葵堂あおいどう」には、みつる半鬼はんきの茜、天狐てんこの桜、そして俺——銀星ぎんせい——が、店の奥にある部屋で火の付いた囲炉裏を囲み、今後のことを話し合っていた。


「父は『ムラセレイ』に会えと言ったんだな?」


 茜が確認するように、隣に座る充に聞くと彼は大きく頷いた。


「うん。でも、名前だけで手掛かりになるもの? 探すのは骨が折れそうな気がするんだけど……」


 茜の父である絳祐こうゆうは、六年前に邪道じゃどうの術者たちによって、「鬼墨きぼく」にされた。

「鬼墨」とは、「操墨そうぼく」という術を行うときに用いる墨の一種で、本来はから切り出した木を炭にして墨の術具にする。


 だが、より強い力を求めるようになった邪道が、強い妖怪や鬼を墨の原料として求めるようになり、絳祐はその餌食えじきとなった。彼は弱い鬼ではないが、人間に心を許していたのでその隙を狙われたという。


 ここに集まった面々は、鬼墨になった絳祐を取り戻すために、行動しようと試みていた。

 しかしそれにも情報がいる。分かっていることは二つ。


 一つは、絳祐を元とした鬼墨は六つに分かれ、最低でも六人の術者の手元に渡ったということ。

 もう一つは、「ムラセレイ」という人物を訪ねること。


 前者は天狐の桜が以前から調べて知っていたことで、後者は沙羅の「堕突鬼きとつき事件」で思いがけず収穫できたものだった。

 だが、「ムラセレイ」という名を聞けたからと言って、見つけることが容易でないことは誰もが分かることだろう。同姓同名がいることも考えると、これが手掛かりになるのか、充は疑問に思っているのだ。


「確かに、名前に備わっている意味が分からなければ難しいだろうな」


 俺が問いに答えると、彼は囲炉裏を挟んだ向かい側から神妙な面持ちで聞き返した。


「意味?」

「苗字に『ムラ』と付くのは、ある組織に属している人間だけだ」

「ある組織って?」


 再び尋ねると、俺から見て充の左隣に座る天狐がすかさず答えた。


「東の隠密おんみつのことだよ」

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