第9話 部長と焼肉(其のニ、やりたいことって何?)
「高杉、食ってばかりいないで何か言え。おまえら何を議論したんだ?若いのに出来ない理由ばかり並べてどうすんだ、出来るできないの前に、自分はどう思うか、どうあるべきか、どうしたいかだろ!」
『若いとか、若くないとか関係あるのか?』と釈然としないまま、「今の時代、現状維持で十分って思う人の方が多いんじゃないですか」と応える僕。
「甘いこと言うな。俺には今の若者は巣離れしない雛のように見える。無理して頑張るより、ありのままの自分でいたい、与えられたものだけから自分の好みに合うものを選んで、新しいことにはチャレンジしない」
「ナンバーワンでなくても、誰でもオンリーワンですからね、ガツガツするのは格好悪いし、嫌われるからじゃないですか?」
「おまえはガツガツ食ってるよな、嫌われたくないなら、真面目に考えろ」
「だって奢りでしょ、ガッツきますよ。そうだ、部長のお子さんはどうなんですか?」
「俺の息子か?おまえみたいにガッツかないが、何考えてるのかさっぱり分からない」
「ですよね。みんなちゃんと自律してますよ」
「話しを逸らすな。俺は息子が世間の荒波に揉まれるように育てている」
『なんか不味い、反省会みたいになってきた。もっと集中しないと渦に巻かれる』と、ビールを一口飲んで牛タンを噛みしめる、『これだ、旨い!』。今度はビールを一口飲んでカルビーを噛みしめる、『やっぱり、旨い!』。次はミノかな、、
『あ、部長、
「なんだ、高杉は飲めるようになったのか。良いね、飲みニュケーション、平成の香りがする」
『いや、俺、飲めないんですけど』って言えない。不味い、さすが部長、平成のサラーリマンだ。どんどん
「ところで、高杉のやりたいことって何だ?」
「やりたいこと?一杯ありますよ、やりたいことだらけです、って言うか、やりたいことって考えるようなことですか?」
「例えば?」
「今週末は天気が良さそうなので釣りに行きたいです。三浦半島まで東神奈川から40km弱、竿を背負って走れば、2時に出て5時に着く、日の出が滅茶苦茶気持ちいいですよ」
「走って行くのか?」
「ええ、その方が気持ち良いでしょ。あ、仕事も頑張ってますよ。こないだのグローバルミーティングで打ち合わせた変動費と固定費をグローバル・ワンで管理するインフラ作り、進めてます。米中欧の収支構造の違いが見えて、お互いの為になるし、日本と海外の重複作業も減らせると思います」
「楽しいか?」
「ええ、牛タン、もう一皿貰って良いですか?」
「良く食うな、まあ良い、好きなだけ頼め」
***
「俺たちも、好きなことを仕事にすれば、働かなくてすむ、やりたいこと見つけて、24時間、365日、いつでも働けるって頑張ってきた」
「そうですか、僕は逆ですね。働くのって気持ちが良いですよ、だから仕事って好きです」、何だろ、部長と噛み合っていない気がする。やりたいことの前に、もっと大事なことがあると思う。
「ともかく、大事なのは何がやりたいかだ。それがないから、会社では決められたことしかしない、ワークライフバランスを大切にして残業せずに帰る。ありのままの自分でいたいから、自分探しなんかするより、家でまったりゲームしたり、チャットしたり、料理したりする。嫌なことは避けて、リスクも取らず、知らない世界で自分を磨こうとしない、高杉はそれで良いと思うのか?」
『何か違う気がする』
「部長が言われたことも分かる気がしますが、それって僕らだけの問題ですか?」
競い合わずに、無理せずに、ありのままでもオンリーワンな、僕たち。デジタルネイティブだから、マイノリティーでもネットでつながって共感する。LGBTだってカミングアウトしなくても、マッチングアプリで密かに逢える。多様な価値観が受け入れられ易くなってるし、今の日本は未だ経済的にも豊かだ。人と競う必要も、無理する必要もない。
それ以前に、僕らは行き過ぎた利益の追求や競争が格差を広げて、環境に大きなダメージを与えるのを見てきた。旧世代の世界平和や社会保障のシステムがいずれ破綻するのも分かっている。だからって、人口構成上のマイノリティーで、若くて立場も弱い僕たちが、民主主義の政治や資本主義の企業活動にどう抗える?僕らの将来は誰も保障してくれないし、世の中が成長しないのに、あるべき世界や自分の成長を夢見て何になる?
「現状維持すら難しいのに、リスクを取れって、勝手なことばかり言はないで下さい。それに、やりたいことや、自分らしさって、本当に必要ですか?」
「高杉には必要じゃないのか?」
「僕はやりたいことや、自分らしさって考えるようなことじゃないと思うし、それ以前に、もっと大事なことがあると思います」
トレールランナーとして、智也くんのペーサーをしていた時、僕は自分のことなんて忘れて、無我夢中で走るだけだった。恰好悪くても良いから、死んでも離れない、そう決めて走ってた。ただそれだけだったけど、僕が諦めない限り、最後に勝つのは智也くんだった。誰よりも恰好良くて、強くて、誰よりも優しくて、大好きだった。
「自分とか、自分らしさとかもどうでも良いです。青よりも赤が好きとか、甘いものより辛いのが好きとか、趣味とか仕事とか、好きとか嫌いとか、そんなのどうだって良い。僕にとって走り続けることが生きることだし、楽しいから夢中になるんじゃなくて、夢中だから気持ちが良いんです」
「俺も高杉の言いたいことは分かる。我武者羅なのも嫌いじゃない。でも、世界には考え抜いてリスクテイクする奴や、オンリーワンよりナンバーワンを目指す奴が幾らでもいる。俺は3年、10年後の自分ではなく、世界を考えるのも大事だと思う。40年近く前の日本はJapan is No.1だと浮かれていた。でもあっという間に、その他、大勢になった。俺はこのままだと、その他大勢にも残れないんじゃないかと思ってる」
「部長、それ前にも聞きましたけど、だいたい、部長たちは何をやってたんですか?俺たちも犠牲者だなんて、ふざけたこと言ってちゃダメですよ!何もしないで見て見ぬ振りをするのは、主犯者でなくても、共犯者でしょ!」
「高杉、おまえ、それ
「言えますよ、って言うか、飲んでたせいなんかにしませんし、もっと言いますよ」
「今の若者はとか、Z世代はとか言うけど、今の年寄りだって同じでしょ、なんかチャレンジしてますか?リスクテイクしてますか?って言うか、自分たちは好き勝手なことして、世の中を滅茶苦茶にしておいて、僕らには何も残さないで、リストラとか、コスト削減とか、後始末ばかりさせて、何もやらせてくれないのに、やりたいことはないのかとか、昔は良かったとか、俺たちは頑張ったとか、偉そうなこと言うな!未来を語れって言うんだ」
『やばい、また、やらかした、、』と酔った頭で思ったが、何故か部長は愉快そうに笑っている。そうか、皆んな同じじゃないのか、誰もが其々で闘ってきたんだ。
「分かった、部長とか部下とかなしな。奢るのもやめた、割り勘にする。だから、何でも良いから、言ってみろ」
分かった、『何でも良いから、やってみろ』だ。僕はそう言われたかったんだ。
「分かりました。これから割り勘にしましょう。だって、田村さんはさっきまでは部長でしたよね、それに約束でしょ、奢るって言いましたよね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます