第5話 グローバル会議(前編)

 年度末決算が終わっても、会社法の定めに従って、6月末までに定時株主総会を開催して、決算書類を株主に報告して、配当などの利益処分案について株主の承認を得る必要がある。そのため本社の経理は監査役会と会計監査人の監査を受け、事前に取締役会で決算書類を承認して貰わなければならない。また、会社法の決算報告と並行して、金商法の規定に従って有価証券報告書も作成する。だから忙しい。

 でも、事業部の経理は4月に年度末決算、ゴールデンウィーク明けに4月決算を終わると5月中旬から6月末までは暇になる。せっかく忙しくなくなるのだから、そっとしておいて欲しいのだが、上司はそうは思わない。有為転変する、巷に溢れた情報を真に受けて、アレもコレもと気を揉むらしい。今年は6月にわざわざグローバル経理会議を開催することになった。


 今どきグローバル会議なんて珍しくないが、日本の多国籍企業の場合、実のところ、会議を開催してもグローバルに議論するようなことは余りない。僕たちの事業部もアメリカと中国に製造子会社と販売子会社を持っているが、現地でやってることは日本のコピーでしかない。製品企画も研究開発も、製造技術も販売施策も全て日本で決めてしまっているからだ。


 田村部長の受け売りだが、日本人は意識から国境がなくならないそうだ。グローバル化と言っても日本と海外を分けて考えるから、海外のリソースを有効活用できないし、シナジーも生み出せない。

 アメリカのグローバル企業は違うそうだ。アメリカも海外もない、世界はアメリカ、会社として国別に分かれていても、世界中に散らばったシニア・マネージャーは各部門のグローバル・トップにレポートする。レポートラインに国境はなく、グローバル・ワンの組織になっていて、世界中のリソースを活用しているそうだ。


 僕には良く分からないが、日本人はグローバル化が苦手で、ガラパゴス化したり、引きこもったりする傾向が強いらしい。


 日本の多国籍企業は1990年代のソビエト崩壊による冷戦終結後のグローバル化や、2000年代のデジタル化といった経済のゲームチェンジに上手く対応出来ずに、国内の終身雇用や年功序列と言った従来の日本型経営を変革せず、対症療法で問題を先送りしてしまったそうだ。

 経営者はなすべき将来投資もリスクテイクも改革もせずに、安価な労働力につられて、安易に日本から東南アジア、中国に技術やノウハウ、生産活動を移転させ、売れるモノはビルも土地も何でも切り売りし、誰でもできるコスト削減に終始し、従業員はそれでも寄らば大樹の陰と会社にしがみつき、皆んなで一緒に均衡縮小におちいったまま約30年を無駄にしたそうだ。


 田村部長曰く「日本はNo.1だと自惚れていたら、あっという間に、その他大勢になっていた」そうだ。でも、貿易摩擦もあったし、急激な円高や、バブル経済の崩壊、少子化もあった、時代の流れは一企業や個々人があらがえるようなものではないし、成功体験や仕来しきたりも簡単に捨てられるものではなかったのだと思う。

 実際、凄いのはアメリカと中国だけだし、日本はその他大勢と言っても、食事が美味しいし、安全に眠れる居心地が良い国だと思う。それに政治家やマスコミはGDP世界3位とか貿易立国、産業立国とかが大好きだが、そんなのどうでも良い。むしろ環境や観光立国、文化やスポーツ立国の方が魅力的だし、僕にとっては創造的で夢のある暮らしの方が重要だ。ガラパゴスでも良いじゃないかと思う。



 前置きが長くなってしまったが、グローバル化できてないから、グローバル会議なんかに憧れるだけで、意味ないな、って聞き流していたら、岡田課長からグローバル経理会議をオーガナイズするように指示された。


「俺ですか?国際経理係ではなく国内原価係の?」

「おまえ帰国子女だろ」


 岡田課長らしいシンプルな理由から、僕がオーガナイザーに選ばれた。仕事と全く関係ない気がするが、まあ良いか、だったら楽しも。グローバル会議で日本のガラパゴスぶりを見せつけてやろう!

 早速、先輩の原さんと瞳さんにグローバル経理会議のスケジュールと議題を説明して、取り敢えず僕はツアー引率用の小旗を作ることにした。いや〜、楽しみだ。


「朝はラジオ体操から参加して貰い、経理心得七ヶ条を復唱するか、、高杉くん大丈夫かな?また、課長と喧嘩しないといいけど」と心配する瞳。

「するよ、課長の言うこと聞くような奴じゃない、でも大丈夫だよ。だから高杉に任せたんだ。課長は小うるさいけど誠実で尊敬できる人だ」と原は気にしていない。ともかく高杉のたてたスケジュールと議題に沿って準備しようということになった。

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