第4話 同期会

 というわけで同期会だが、僕はお酒が飲めない。


 体質的にアルコールを受け付けない。それでも飲めるようになるかも、と学生の頃は赤くなりながら健気に頑張った。そしていつも負けた。

 最初の一口は美味しいと思う。いや、本当は二口目も、ビールだけでなく、ワインも日本酒もイケる。ただアルコールに弱い体質は変わらなかった。花火みたいに、酔って楽しいのは一瞬だけ、翌朝は頭痛と吐気に泣いた。酔った後は記憶がない、携帯や財布を失くしたり、先輩の家で目が覚めたり、だから外では無理をしないことにした。乾杯の一口だけ美味しく頂いて、飲めませんとお断りする。誰にも迷惑をかけない、だから好きなことをする。それが僕のポリシーだ。


 とりあえず皆んな集まったからと、福沢栄一が乾杯の音頭を取る。


「高杉くん有難う、事務改善賞に乾杯!」


 早速、営業の深澤亮介が僕にビールを注いでくる。


「で、幾ら貰ったの?何、10万円だけ?何でもっと要求しなかったの?結構、インパクトあったのに」

「要らない、そんなに飲めないだろ」


 色々と提案した中で、業績会議の改革はそれなりに効果があった。目先のことや緊急のことより中長期的なことを議論するために、翌月や半年分の売上と利益の見通しを作るのを止めにした。業績はヒストリカルに実績だけを報告して、2年後の製品の開発や品質、マーケティングを議論することにした。その結果、担当者の残業が減って、部課長が自分で考える時間が増えた。


「ついでに一律◯%の経費削減も廃止にしたかったんだけど、岡田課長に忖度して止めた」

「そうなの?高杉くんって、予算は約束だって、経費削減の鬼じゃない」と開発の渡辺典子が不満そうに口を挟んできた。

「鬼じゃなくて、サラリーマン。予算は守ってね」

「サラリーマン、怖っ」と渡辺が手を上げる。


 本当は追い詰められた時こそ頑張るべきだし、頑張るには元手が必要だから、無闇にコストカットすべきでない。利益なんかも目的にしたくない。でも敢えて言わない。

『あーぁ』って思ってる僕の隣りで、福沢と千尋は楽しそうに飲んでいる。裏表のある二人で何を話してるんだろ?表と表の話し?いや、裏と裏?でも美男美女、お似合いか。なんか腹が立つ。


「福沢さ、もっと夢のあるもの作ってよ」

「おまえの夢って空飛ぶキャンピングカーだろ?」

「そう!できれば水陸両用が良い」

「無理だな。物理的、経済的に理に叶わない」

「何で?仕事しながら釣りもできる。釣った魚を一夜干しにして、海で食べたら美味しいよ」

「駄目だよ、うちの会社は副業禁止だからね」


 千尋が言い掛かりをつけてきたが、副業なのか?売店でサンドイッチを買うのと何が違う?人事・労務だからってケチをつけるのはやめて貰いたい。


 そう言えば未だ説明していなかったが、ウチの事業部はモダンなエコカーを作っている。テスラほど売れていないが花形の事業部だ。でも僕は空飛ぶ車や、友達みたいに一緒に暮らせる車を作りたくて、ウチの会社に入った。なのに何やってんだろ?企画ではなく経理だし、事業部も違う。

 ちょっと暗い気分になっていたら、「良いじゃん、副業だって」とアウトドア仲間の向井俊(開発)と岩本恭平(営業)が日本酒を注いでくれた。

 明日の土曜日は、朝から3人で芦ノ湖でキャンピングする予定だ。何の魚が釣れるかとか、食材をどうするかとかを話していたら、「楽しそう」と企画の目黒恵子も話しに入ってきた。


「そう言えば高杉くんって山とか走るんだよね?」

「走るよ、夜も走る。真っ暗なのに空が明るくて、走るのが気持ち良くて、気付いたら朝になってる」

「やっぱり、凄い選手なんだ」

「凄くないよ、俺はペーサーだから」

「凄いよ、木村智也のペーサーだろ」と恭平。


 恭平は身内だから、そう言ってくれるけど、智也くんと僕は全然違う。智也くんは◯ツネ王者で、トレラン界のプリンス、本当に強くて優しいから、「ずっと誠と一緒に走りたい」って言ってくれたけど、僕と走っていても先がないって、お互いに分かってた。


 *** 


 皆んな少し酔いがまわって、愚痴が多くなってきた。いい加減に帰りたいが、ここから長いのが飲み会だ。


「上司が頑張りすぎ。上司って監督だろ?プレーヤーより張り切ってどうすんだ!もっと選手に気を使えって言うんだ!そうだろ、誠!」と恭平。

「別に監督がプレーヤーでも良いんじゃないか?スポーツとビジネスは違うだろ」と言ってみたものの、僕だって、今は若くても強くなれる時代だと思ってる。将棋だって子供でもプロレベルのAIと対戦できる。才能があれば、若くても強くなれるし、能力的なピークは20代だと思う。俺の背中を見て学べなんて意味分かんないし、下積みが大事とかも嘘だと思う。若い人にもっと効率よく学ばせるべきだし、任せるべきだ。


「何かつまんないよな。苦労して課題を洗い出して資料作ったって、こんなの見せれるかって、あたりさわりのないのに変えられて、説明したら、分かった、で終わり。情報ロンダリングだよな」、今度は俊だ。

「正直ものが馬鹿を見るんだって、某部長が言ってたよ」と僕が言われたことを、そのまま俊に言う。


 やってらんないよな、って酔いがまわった俊と恭平が愚痴るのは言いが、何でだろ?妙に僕に注いでくる。


「俊、俺が飲めないって知ってるよな」

「嘘だろ、飲んで走ってるじゃん(俊)」

「キャンプでだろ、ウチ飲みは良いの」

「キャンプはソト飲みだろ?(恭平)」

「いやウチでしょ、いや、だから、注がないで」

「空いたら注ぐのがマナーだろ(俊)」

「注がれたら飲むがマナーだろ」

「いやだ。注ぐから、飲むな(恭平)」

「だから、注ぐなら、飲むぞ(誠)」


「こら、あんまり高杉に飲ますなよ」って、こいつら手遅れだな、と思う福沢栄一。

 まあ、高杉は自分が思ってるほど酒に弱くない。多分、高強度のトレランで肉体的にも精神的にも鍛えてるから、本人が気付いてないだけでかなり飲めるようになってる。

 それに酔った高杉は面白い。わーって、いきなり走り出しすし、こないだは駅に向かう途中の公園で、自動販売機に大好きって抱きついてると思ったら、浮気してごめんねって、鳩に土下座して謝ってた。山だったら熊にだって抱きつくと思う。あ、でも酔っても絶対に千尋には抱きつかないって言ってたな。何故かな、と思う福沢。


「千尋って高杉に何かした?」

「どういう意味?」

「いや、何でもない。忘れて」


 ***


 入社6年目の同期会のメンバー(28〜29歳)

 経理 高杉誠 (独身)

 人事・労務 岩崎千尋 (独身)

 開発 福沢栄一 (独身)

 開発 渡辺典子 (独身)

 開発 向井俊(アウトドア) (既婚)

 営業 岩本恭平 (アウトドア)(独身)

 営業 深澤亮介 (既婚)

 企画 目黒恵子 (既婚)

 調達 佐久間康介 (既婚)





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