第3話 食べるのが仕事だろ?

「飲まなくても仕事できるでしょ?」


 労務課長の出金伝票の内容を、人事・労務部で同期の岩崎千尋いわさきちひろに確認しているところだ。某部の部課長と4人で会食した後、新橋のスナックで飲んで、タクシーで帰ったらしい。しめて16万7500円(税込)だ。


「知らないわよ、課長に聞いてよ」


「聞くまでもない」と割り込んで来たのは同期でエンジニアの福沢栄一だ。僕が人事・労務部に入るのを見かけてついて来たそうだ。


「食べるのが仕事だろ?むしろ、会社が暇つぶしのためにあるんじゃないか?」


 福沢曰く、世の中で一番大事なことは食べることと寝ることだそうだ、、って、嘘つくな!

 福沢は仕事が大好きだし、将来を約束された出来る男だ。しかもかなりの役者だ。本当は世の中を思いっきり舐めているが、オフィスでは誰からも愛される控えめな好青年を演じている。

 とはいえ、僕も天狗な彼に仕事では大変お世話になっている。だから、ウザい、と思いながらも、そうだよねって頷いてしまうのだ。やっぱ、サラリーマンだからな、と思う。


「そうだ、高杉、事務改善賞、取ったんだって?」

「へー、凄いじゃない。驚いたわ」


 ついでに言うが、岩崎千尋も嘘つきだ。いつも全然、心がこもっていない。千尋みたいなのが人事・労務をやっているから会社が良くならないんだ、といきどおりを感じることが多くある。

 まぁいっか、僕が何かを改善したから貰える事務改善賞ではない。するのをやめただけ、特に苦労はしていない。僕は、田代君を使って、やめたい業務を公募、リストアップし、外部コンサルに考えて貰った費用に対する波及効果を指数で評価する方法に当てはめただけだ。


「しかも特賞らしいな」

「それ幾ら貰えるの?」

「10万円」

「でかした!それで飲みに行こう!」


 何で?とは言ったものの、おまえ彼女いないだろ、とか、金使わないよな、趣味ってランニングだろ、とか、仕事でおまえの世話してるよな、とか、別に断る理由もないが、何か変、しっくりこない。


「奢ってくれるなら、私も付き合ってあげる」

「千尋と飲めるんだぞ、決まりだな」


 千尋と飲めるか、確かに千尋は顔が良い。綺麗なのに可愛い。だから、何でもはっきりと言うのに、言われた方は嫌な顔をしない、むしろ喜ぶ人の方が多い。僕みたいに揉め事を起こさないのだ。何か、羨ましくて、素直になりたくない。


「嬉しいか?誠くん」

「うるさい、顔だけ女!」

「誠くん、早く大人になった方が良いよ」


 千尋に言わせれば、言い方の問題らしい。僕は相手に対する理解や思いやりが足らないそうだ。課長に、喚くな、スピッツなんて、小学生なみだと説教された。


「スピッツか、おまえ、良く無事だったな」

「全然、むしろ、部長に褒められちゃった。馬鹿な子ほど可愛いんだって」

「誠くん、それ褒められてないから」


 まあ、部長も他に言いようがなかったんだろうな、って思うけどさ、千尋だって、もう少し思いやりのある言い方して欲しい。


「まあ、落ち込むな。俺が慰めてやる」

「ハイキングの方が良くない?」

「駄目だ、おまえ俺らほっといて走るだろ?」


 ともかく、飲むのが仕事だそうだ。今どき職場の飲み会なんてやるか?ドラマだけだろ?って思うけど、福沢と千尋に押し切られて、僕の10万円で同期会をすることになってしまった。つづく。

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