第49話 番外編 怪異と古川祥一郎とアオの日常 透明な心
古川は以前子供達の失踪事件を解決し、その後小人の里として売り出した集落の集まりに呼ばれた。夜にいろいろご馳走になって、ついでにイベントを見ていると、帰りが遅くなった。急いで駅まで送ってもらってなんとか終電に乗れた。
無人駅に来た電車は空で、乗ったのも古川だけだった。ドアが閉まって電車は静かに動き出した。
「何処へ行くんだ?」
田園が続くのか、小さな灯りがたまに光る暗い景色が続くのをぼんやり見ながら古川は言った。
いつの間にか、電車の振動が無くなっている。
酔っていたからだろうか、別の世界に入り込む前に気付かなかった。
「さあね」いつの間にか横に座っていた男の子が言った。
「やられた。多分最寄駅には着かないんだろう?」
天を仰ぎ見て不機嫌に言った。
「着く必要ないよ」
電車は次の実在する駅を停まらず通り過ぎた。
「私は家に帰ろうと」
出入り口でワンピース姿の女がキョロキョロ辺りを見ている。
「僕は帰りたくない」
スーツ姿の男は疲れ切った様子で呟いた。
急に電車内がザワザワして来た。半透明な人がちらほら現れたのだ。
窓からの景色が遮られて見えなくなるほど混んできた。
ただ、誰も古川を認識していない様だった。いつもなら遠くからでも飛びかかってくるのに。
「ここにいても仕方ない。この電車が何処にも行かないのなら、もう僕は降りる」
男の子は頷いた。
電車が駅に着いた。もはや駅名の看板すら無い、ホームだけが遠くまで伸びて果てが見えない。
古川は躊躇いなく降りた。
電車内の人々は何人か降りたが、ホームに両方の足が付くと消えていった。
男の子は古川の後ろについて、同じ様に降りた。その子は消えなかったが、少し背が高くなった様に思えた。
線路沿いにある道を歩いて行く。緩やかに線路から離れて行くが歩き続けた。街路樹が植えられ、赤っぽい電灯が先まで点っていて、道だけを照らしていた。
空気が冷たい。それでも深呼吸すると、周囲の空気の流れが白っぽく見えてきた。
呼吸に意識を向けていたら、気が付くと古川自身、色が薄くなって指の先が透明に近くなっていた。
「ああ、こんな風に馴染んでくるのか。身体が軽い。此処にいるのも良いかもしれんな」
古川は付いてくる男の子に振り返った。
「どうする?霊達が住む狭間の世界なら心安らかにいられて悪霊化しない。その姿のままでもいられる」
「あなたは?」
「僕は生きているから、一緒にはなれない。此処に居続けるのはできるかも。年齢で転移される事に縛られている古川祥一郎から逃れられる。此処では時の流れは関係無いから」
「確かに僕には心地良い所だ。でも、ここでのあなたは、違う人みたいだ。とても希薄になってる」
「それは仕方ない。外面が剥がれて、本来の僕が現れているんだ。転移で全て奪われたままの、どの古川祥一郎でもない名無しの僕が残っただけだ。もうすぐ今の記憶も消える」
男の子はまた大きくなった。
「どうすれば良いの?」
「催眠を掛けてまで此処に連れて来たのはお前だ。真っ新になった僕で良いなら、此処に居ればいい。ずっと2人きりになりたかったんだろ?」
「そう、僕はあなたと居続けたかった。此処ならそれが叶うし、僕も悪霊にはならない。でも、あなた自身を失ったら全く意味無いなあ」
青年に戻ったアオが古川の手を掴むと、透明になりかけていた古川は徐々に元に戻った。
「帰ろう、いつか転移で離れても、それまではいつもの傲岸不遜な祥一郎がいい」
「酷いな、さすが悪霊!」ふふっといつものように古川は笑った。
気が付けば、また電車に乗っていた。古川は1人で、横にアオがいて頬を突かれていた。
「起きて、もう直ぐ降りる駅だよ、寝過ごしたら、もう帰れないよ」
「帰って来て良かったのか?」
古川は鬱陶しそうにアオの指を払って意地悪く言った。
「うん、僕はもう病院の世界の様な所はいいや。やっぱり今はここが僕の居場所。それに、いつか終わりがある方が悪霊っぽい」
「終わりがあるのは人間もだろ?でも僕は終わりが無い、若しくは終わって始まる、人間の例外だ。それか、僕は古川祥一郎を演じている人間じゃ無く、怪異の類なんだろうか」
車窓に映る自分を見てみたら、あまり深刻そうな顔はしていなかった。思ったより平常運転だ。
帰宅したら、家に居る夕凪に会いに行こうかな、幽体離脱で。
うっかりアオに意識を読まれてしまった。
以下念話。
「会うだけじゃ無いでしょ!」
「幽体離脱の練習だよ、もちろん」
「嘘ばっかり!僕も付いてく」
「憑いてくるな、悪霊めー、とっとと祓ってやる!」
古川は背中から金色の手を出したが、アオの方が早かった。
「夕凪に警戒するように言っとく」
アオは浮かび上がると手首からジャバラを出した。
「あ、こら、余計な事すんな!」
古川は金色の手を縄に変えて浮かんだアオを縛り上げた。
「うわぁ酷いー!」
「風船みたいだな」紐を握りしめ、人前なので笑うのを我慢する古川は、そのままアオを浮かせたまま連れて帰った。
「ちょっと、いつまでこの格好なの?早く解いて!」
「じゃあ、ちょっとだけ夕凪の所に行ってくる。起こすなよ」
布団を敷いた古川はコロン、と横になって目を閉じた。
「やられたー」為す術無く浮かんで不貞腐れるアオだった。
「まあ、僕が悪かったんだけど」
「…と、まあ、色々あってアオが来てから、碌な奴が来ないんだよ!」
「ふーん、へー、ほーお?」夕凪はべったり抱きつきながら延々とダレる古川をやっと引き剥がした。
「何だ、もっと驚いてよ!」
「もう寝ると言うタイミングでの古川さんの登場の仕方に毎度驚かされるんですけど!!」
「それは慣れしかないね、そうだ!僕の吸血鬼化見たい?見たいよね⁈」
「眠いのでそれ見たら帰って下さいよ!」
「本体の所まで来て!何でも見せてあげる!」
「…見たくありません!寝るから帰って」
「じゃあ、今度僕の慰労会する時来て!全員怪異だけど揃うから」
「…遠慮しておきます」
「そっかー、でも、怪異に夕凪見られるのは嫌だし、いっか。あれ、そろそろ時間切れだ。帰る」
「おやすみなさい。もう2時間もいる新記録…きゃっっ」
古川は身体を伸ばして夕凪をぐるぐる巻きにした。
「応用ができる様になったんだ、凄いでうわっっ」
今度はすごい勢いで元に戻っていって窓越しに後退して行った。
「おやすみ〜」
「怖すぎる…」夕凪はまた眠れない夜を嘆くのだった。
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