第48話 番外編 怪異と古川祥一郎とアオの日常 竜達の青春恋愛模様 2
「おっしゃ着いたぞ!葵、頼む!」
水底に沈む岩の上に、白い石が嵌っていた。
暗い底の中であっても虹のように色が分かれたり白く戻ったりする不思議な石だ。
「やってみる」
葵はスイスイの水の輪から腕を伸ばして拳骨で周りの岩を叩いて崩した。
「いけるぞ!」「葵、凄い!」
葵は岩が崩れて露出した石を掴もうと手のひらを伸ばして近付けた。
石が強く光った。
「わっ⁈」
葵は弾かれて、もんどり打ってスイスイの水の輪の中に戻って来た。アオは後ろでなんとか受け止めた。
「アオ、ごめん」
「大丈夫!水底でスイスイの外に出たら溺れるよ。葵もそんなに泳げないでしょ?」
「こんな深いところは無いけど、普通の川なら泳げるよ!」
葵はムキになって言い返した。
「駄目か…やっぱり、コイツか…」
「イヤラケロ、ダイヤ、ホシヒ」
「ダイヤはちゃんと言えるんだ」
アオは催眠が解けないように力を集中させているので笑うのを我慢している。
「執念だ」スイスイは古川の本気を見た。
古川がフラフラしているので、胴体をスイスイが、足を葵が持って構えた。
「古川殿!あれだ!腕を伸ばせ!」
「ウルヘー、メイレー、スンナー」
ズボッと古川の伸ばした腕を突き出させて石を掴ませた。
「トレターダイヤー」
「やった!」
次の瞬間、掴み出した石は眩く光ったと思うと古川の左手のひらにめり込んだ。
「いででで、何だこれ?うわ、水っ⁈」
古川の催眠が解けた。
ぐん、と古川は石に引っ張られて水中に投げ出された。
「ぐぎゃ」
「古川殿⁈」
「大変!」水凪魚はサッと古川に近寄って身体を掴もうと手を伸ばした。
「きゃっ」
ばちん、と人魚は大きく弾かれてしまい、衝撃で気を失った。
「マズイ!アオ!古川殿に我らは近付けない!」
後ろで見守っていたアオはスイスイの言ったことを聞き取りパニックになった。
思わずジャバラを古川に伸ばしたが、水についた途端に霧散していく。
「駄目だ、繋げない、どうしよう、どうしよう」
アオは半泣きになったが、古川は水中に漂ったままで、そこに見えているのに方法が無い。
「スイスイ、祥一郎の周りの水をどけて!」
「さっきからやってる!石に抵抗されて力が足りない!」
「そんな!誰か水、水…そうか!」
アオは思いついた。
「スイスイ、陸上に戻って!頼みたいことがある!」
「お、おう!」
「祥一郎、絶対助けるから!!」
スイスイは水凪魚を拾って水面に浮上した。
湖上からアオは飛び上がって、そのまま稲荷神社まで繋いだ。
一瞬で神社の境内に着いて、辺りの豊の気配を探るがいない。
「肝心な時に!」
「きゃっ、アオさん⁈」流がいつも通り悲鳴を上げた。
「良い所に!豊はどこ⁈」
目を赤く光らせて尋ねると、流は急いでこの前連れてこられた別空間の寝所へと案内した。
スイスイが水面で待っていると、間も無くアオが、豊を連れて戻って来た。
アオの目は相変わらず赤く光っており、豊は催眠にかかっているようで、ぼんやりしている。
「スイスイ、豊と一緒に祥一郎のいる所まで水を開いて!!」
「そんな無茶な!!!!ハイ」「わかった」
豊とスイスイは揃ってアオの催眠下に置かれたまま、お互いに力を最大限使って水をかき上げて行く。
「早く早く!」
2人は更に力を込めていった。
ようやく、古川が現れて、水底まで割れた中に取り残された。
アオは急いで降りると古川を抱いて岸辺まで戻って来た。
「触れてよかった、水の外だから?もういいよ!」
2人の催眠が解かれ、水は大きな音を立てて元に戻ったが、しばらく大波が続き、岸辺は大きく濡れた。
ベニが慌てて火を送って外へ出て行かないように押し戻した。
「祥一郎!祥一郎!目を覚まして!転移しちゃう!」
青白い顔で目を閉じている古川は、アオに頬を叩かれても反応が無い。
「嫌だ、目を覚まして、早く!」
咄嗟にアオは残りの力を有りったけ古川に注ぎ込んだ。
『んあっ⁈水っ』
古川はゲボっと水を吐いて目を覚ました。
「祥一郎!良かった!ごめんなさい、こんな大事になるなんて、わかってたら連れてこなかったのに!」
アオはようやく安堵して大泣きした。
古川は横向きになると咳を何回もし出したので、アオは泣きながら背中をさすってやった。
はあはあと激しく息を注ぎながらアオに文句を言った。
「もう遅い!」
「でも、何であんまり水飲んで無いの?」
「ダイヤを手を伸ばして掴んだ後、水の中に引き込まれて、その後の記憶が無い」
「そっか、多分、怖くて気を失ったんだ。この場合はよかったよ」
アオは実体を保つための力も使ってしまい、半透明になっていた。
「あー、なんか、嫌な夢見た。男が僕を水の中に引っ張っていって、溺れさそうとしたんだ」
古川はぼんやり言った。
「それ夢じゃ無いよ、祥一郎。左手見て」
顔を顰めて手のひらを近付けた。
「え、何だこの石、手に埋まったままだ!ダイヤじゃ無いし。うわ、気持ち悪い、誰か僕の中にいる」
古川は今度は手を遠ざけてパタパタ振ったが取れない。
「この!」
古川は力を石に入れたが、その途端に手のひら全体に激痛がした。
「ぎゃー痛いー」
「アオ、てめえ、オレら、殺す気か」しわがれた声がした。
スイスイが竜の姿でへばっていて、豊は気を失っている。
「ごめん、2人がかりなら水を縦割りできると思って。やっぱりできたね」
「死なねーけど死にそうになったわ!くっそ!」
スイスイは横で倒れている豊にやっと気付いた。
「ん?誰だコイツ」
「豊って言う元神様だよ。紫都と流のお兄さんで、昔、水神様だったんだ。今は稲荷様の神使やってる」
「元神の神使わざわざ呼んできて、こき使うとか、有り得ん!いや俺だって神の端くれなのに」
「スイスイのせいだから当然だ!」
アオは古川の口調を真似て言った。
「てめえ〜調子こいてんじゃねえぞ…」
「カミサマ?」古川の口調がおかしくなった。
「カミサマ、オレ、ムカシ、カミサマニ、ササゲラレタ、モウ、ニンゲンニ、モドシテ。こら、何勝手に言ってんだよ、離れろ!」
古川は自分の口を押さえたが止まらない。
「オボレサセタノニ、コイツノタマシイ、デテイカナイ!オレ、ニンゲンニ、ナレナイナラ、ハナレナイ。悪質すぎだろ、馬鹿が、こいつ言ってる事メチャクチャだ、は、な、れ、ろ!」
古川は今度は石に手をかけて引っ張ったが、途中で手を開いてしまう。
「操るな、しつこい!元はと言えばお前らのせいだぞ!なんとかしろー!」
「悪かったな、死なんで済んだから、いーだろ」
「初めから終わりまでお前らのせいだろが!トカゲめー、蒲焼きにしてくれる」
「うわっ悪かった!アオ、何とかしてくれ」
「えー、どうしたらいいか、わかんないよ。そうだ、豊を送って行くついでに迂迦様に聞いてみよう!」
アオは手を伸ばしたがジャバラが出ない。
「お前、もう力無いぞ」スイスイに金色の矢をかろうじて回避されて古川はムッとしてから言った。
「うわ、そうだった。ちょっと待ってね、もう少し力が回復してから連れて、あ、あそこに怪異発見!吸ってくる!」
アオはその辺に漂っている怪異を捕まえては吸収していく。
「迂迦か、頼りにならんけど駄目元で連れてけ。あまり怪異は吸うな、悪霊化が進む」
古川は仕方無く力でアオを包んだ。実体化できなくなったので直接送り込めず、思い付いて適当にしてみた。
アオは予想通り悶えて顔を真っ赤にして倒れてしまい、立ち直るまでしばらく使い物にならなくなった。
「大袈裟すぎる」古川はため息をついて、そっぽを向いた。
「スイスイ、葵を送ってあげて。葵、わざわざ来てくれて、ありがとう」
ようやく復帰したアオは葵に近付いて頭を撫でた。
「俺、あまり役に立たなかったな」
葵は少し不機嫌だったが、
「そんな事無い!じゅうぶんだよ!」
とアオはいつものように葵を抱きしめると、照れながら言った。
「また、山にも来てくれよ!」
「行く行く!赤ちゃん生まれたんだろ?会いに行くよ」
「水凪魚、大丈夫か?」
スイスイが岸辺に連れてきた水凪魚はベニに上半身を抱えられていた。
「ベニ様。大丈夫です。ありがとうございます」
「うむ、礼など要らぬ。水凪魚が無事で良かった」
「こら、お前何いいとこ取りしてんだ!助けたの俺だぞ!」
水凪魚はベニから抜け出ると、座ったままだがスイスイに向かって頭を下げた。
「スイ様、本当にありがとうございました。スイ様のおかげで、私の心残りは取れました。こんなに多くの人にご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした」
水凪魚がしくしくと泣き出した。
ベニがまたそーっと水凪魚の肩を抱こうとしているのを見たスイスイはベニに体当たりした。
「抜け駆けは止めろ!」
そうして、2人がくんづほぐれつやっている間、
「俺はいつ帰れるんだ?」葵は欠伸しながら言った。
アオはジャバラを稲荷神社に繋ぎ、豊を抱え、古川を乗せて行った。
稲荷神社に着くと、迂迦がいつもより渋〜い顔で出迎えた。
「お前、うちの豊に何をさせとるんじゃ!力が空っぽじゃないか!」
「だって、祥一郎が死にそうだったんだ、仕方無いよ!」
「お前はいつもそうじゃな。で、まだなんか用か?」
古川は迂迦と同じ位むっつりして手を差し出した。
「催眠かけられて、無理矢理この石を取らされて、そしたら、くっついて取れないんだ。早く取れ!」
「簡単に言うな!お前が取れんのにわしができるか!!」
「やっぱり頼りにならん。カミサマ、カミサマ、ワタシヲ、ニンゲンニ、モドシテ!オネガイイタシマス」
古川はいきなり迂迦に土下座した。
「何じゃ、いきなり!」
「僕じゃない!お前また!」古川はうぎぎと抵抗したが姿勢を元に戻せない。
「ク、屈辱…」
「カミサマ、オネガイ…」
古川の中にいる石はこれまでの経緯を語った。
「成る程、人身御供として湖に沈められ、前の湖の主だった怪異によって、守り石に変化させられた時に、お前に元々あった力が湖を守ってきたんじゃな。人と怪異に、その様な目に遭わされて哀れなことよのう」
「オネガイイタシマス!オネガイイタシマス!デキナイナラ、セメテ、ヒトノカタチニ、ナリタイ、成れるかそんな簡単に」
迂迦はうん、と頷いた。
「わかった。わしの神使として仕えるなら、人の姿を取れるぞ!どうじゃ?」
「え?そんなの有り?散々僕に迷惑を、ホントウデスカ⁈オネガイ、イタシマス、アリガタキ、シアワセ、ジュウブン、デス」
古川はポロポロ涙を溢した。
「よし、では我らの神殿の方へ」
古川は「何泣いてんだよ!」と鼻を啜りながら、嫌々後に付いて行った。
その神殿は、普通の人間が入って来れない異空間の方にあり、迂迦は古川を座らせて、その前で古川が聞いたことがない祝詞を言い始めた。
一時間後、やっと石は外れて、そこから人の姿になった。
金色の髪に赤い目をしている美青年男性になった。背は古川より高いが小柄だった。
「何故お前の神使は僕より皆背が高いんだ!」
「それは神使それぞれだ。わしにはどうにもならん」
男は古川に頭を下げた。
「すまなかった。どうしても人間に戻りたかった。お主の協力に感謝する」
そして握っていた手を開いた。あの石だった。
「私の力と繋がっている。守り石として、また使える。人魚に持って行ってやってくれ。今は怪異でも触れる」
「もう触りたく無い…お前も対価を寄越…せ…」
男が神使になる際、古川の力が全部持っていかれた。文句を言いながら古川は倒れて眠ってしまった。
アオは嬉しそうに抱いて帰った。
「祥一郎の寝顔、綺麗で、可愛いんだ」
「ほんに厄介事ばかり持ってきおって!」
迂迦はぶつくさ言いながら見送った。
元・石は4人目の神使、
後日、石はアオからスイスイに渡され、スイスイから貰い受けた水凪魚は、泣きながら礼を言って、スイスイに抱きついた。
そしてベニがその上から二人に抱きついて、また二人の対立は再開するのだった。
3人がかりで利用された古川は怒りすぎて、送って来た菓子を直ぐに食べ尽くし、「美味しい水」と共に以後毎月送ってくるように厳命した。
ベニには、もちろん価値のある鉱石を持ち合わせ全部を送らせた。只今鑑定中だ。
水ノ人は神影神社の手伝いを対価として古川に示した。
そして、土日は売り子として参拝客の相手をしている。夕凪以外には無愛想な古川と違って、丁寧な応対が見た目の良さと相まって好評だ。
アオは追い出されて境内までしか入れて貰えなかった。アオは例によって外で泣き喚いたが、今度は完全に放置されたので、最後は仕方なく葵光丸の家に行った。
葵光丸家では、光と亜子と名付けられた双子の女の子が生まれたので、アオが率先して面倒を見て大活躍だった。
やっと古川が落ち着いて、添い寝禁止で掃除要員としてアオも許された頃、スイスイとベニがやって来た。
水凪魚はスイスイの近所の大きな泉のほとりに住み始めた。2人は日参しているが、水凪魚の気持ちは2人を傷つけたく無いので、どちらにも決めかねているらしい。
それで、相変わらず2人で揉めている。
「それで?何で僕のところに来るんだ!!」
「いや、どうすれば水凪魚が、決めてくれるかなと」
「知るか!!!」
古川は2人を思い切り金色の手で突き飛ばした。
「うわー」「ひえー」
叫びながら遠ざかって行く竜達を見送って、やっと古川の溜飲は少し下がった。
古川が相変わらず、否、今まで以上に水嫌いになってしまって、風呂に浸かるのさえできなくなった。
頭へのシャワーと禊は死ぬ気でやっていた。
アオはそのうち平気になると思っていたが、いつまで経っても意外と古川は水には駄目駄目だった。
結局いろいろ工夫して、濁る入浴剤を入れて水中が見えないようにし、古川が浸かってる間だけアオが傍についていると、アオに見られるのが嫌で、やっと一人で入れるようになった。
できれば入浴中も傍についていたかったアオは、複雑な心境だったけれど。
「先ずは顔付けからだ」古川が新たなる挑戦を始めた。
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