第47話 番外編 怪異と古川祥一郎とアオの日常 竜達の青春恋愛模様 1

古川とアオは外から帰ってきて一休みしていた。


暑い日でも無いのに、熱さを感じだした。

「なんか…来てるな」

古川はアオに強制膝枕をされていたが、起き上がった。

アオはテレビを見ながら答えた。

「結界厚くする?それか、ソレに繋いでも良いけど」

「面倒だな。近くまで来たら一気に攻撃するか…」


言ってる間に、どんどん近づいて来るソレは思ったより大きいが、不思議と害意が無い。

「取り敢えず結界厚くする」

古川は右手を上げて手を軽く振った。

「そんなんで大丈夫?」

「わかるやつはわかる。この結界を壊すとどうなるか」


「古川殿〜!」外の風呂場の中から響いてきた。

「あ、スイスイだ」アオが立ち上がった。

「待てよ、アオ!今来てるのは別の奴だ」

「え?上に来てるのは何?」

「スイスイの仲間っぽい!違うならスイスイに祓ってもらおう!」

「スイスイ、攻撃あまり得意そうじゃ無いのにいつも無茶振りされるね」


スイスイが玄関を開けた。

「邪魔するぞー」

玄関を見ると、スイスイともう一人、赤い髪に特徴のある目の男が立っていた。


「こいつは火竜のベニだ。最初の慰労会に来てただろ?」

「上に居たのお前か!!何しに来た!」

古川は不機嫌に言った。


火竜は古川の強化した結界を普通に通り抜けていた。

「僕の重ね掛けした結界が火竜に効かないとは!」

「こいつは特殊なんだ。火竜は溶岩の中とかでも平気だからな。面の皮が厚いんだよ」

火竜のベニはうんうんと頷いた。

「そーいう問題か?適当だな。えーと、名前名前、もう面倒くさいからそのままベニでいいや」

「…」『渾名欲しかったな』心の中で思うベニ。

「スイスイは変えろ!」

スイスイは叫んだが、

「…」古川はやっぱり面倒なのでスルーし、尊大に言った。


「帰れ。何で関係無い僕のところに来るんだよ」

「まだ何も言っとらん」

「どうせくだらない事で力を貸せとか頼みに来たんだろ?お断りだ、かーえーれ!」


「まあまあ、話だけでも聞いてあげようよ!暇してたんだし」

アオは勝手に二人を上げてお茶の用意をし始めた。


古川はアオに催眠をかけられて動けなくなった隙を突かれたので解いたものの不満たらたらだった。

「アオ〜、せっかくの暇がこいつらのくだらない話で潰されるんだぞ」


「相変わらず、ひでー言い草だな。元々ベニの関わりなんだ。俺も協力してーんだけど水以外の事は弱くてな。ちょっくら話聞いてくれや。手助けして欲しいんだ」


アオが出したお茶とスイスイが持って来た茶菓子で一服した後、スイスイが話し出した。ベニは話し下手らしい。


ベニはこの辺からはだいぶ離れた旧火山を寝ぐらにしている。この火山のマグマは長い間、少なくとも1000年位地中深くおとなしかったので気にしていなかった。

ところが近年、徐々に上がってきている。地表まで到達することは当分無いが、周りに被害が出るかもしれない。


ベニは万が一の為見回りに行く事にした。

周囲には森林が広がっているが、山裾の果てに湖があった。何気に中を探ると、運悪くマグマが真下を通るルートになりそうだった。

そうすると、この湖は干上がってしまうだろう。

此処の生き物達を移してあげたいが、と考えた時にスイスイが浮かんだそうだ。水繋がりで他の水場に移せるかもしれない。

早速ベニはスイスイのいる鳴滝神社までやってきたのだった。


「それで、スイスイが、引越しやって解決じゃないのか?」

「あらかた移せたんだが、どうしても、一匹動かないってのが居やがって。離れるくらいなら此処で死ぬと抜かしやがった」

「必死なんだ」ベニが初めて喋った。

「わかってるよ、ただなあ、みすみす死なせる訳にはいかんし、俺のところに来いって言っても聞いてくれんし」

「当たり前だ」ベニが口を出した。

「いや、少しはその気は有りそう…」

「無い!」

「即答すんな!」

「私が先だ」

「関係ねえ!お前火だろ?水と合わねーよ」

「話は合う!」

「俺の方が合う!水同士が合うに決まってっだろ!」

スイスイは兎も角、無口なはずのベニと言い合いを始めた。


「だー!!!!」険悪になってきた2人の気をぶった斬って古川が吠えた。

「黙れ!誰のことを言ってんだ!それ、僕が必要か?」

「「何とかしてくれ」」

2人は同時に言った。


「お前らの恋愛相談なんかやってられるかー!!」



湖には絶世の美女の、人魚がいたのだ。

ベニとスイスイは一目惚れしてしまった。

この湖は干上がってしまうので、スイスイなら別の水場へ移せるからと言ったが、首を縦に振らない。


なんでも、湖の底に守り石があって、人魚はおろか怪異は全て跳ね返してしまう。

それは昔から人魚が大切にしていた石で、元は人間で人身御供として沈められた人間だった。


元人間でも力が強かったから、周囲の人々が恐れ、難癖をつけてそうしたのではないか、と言われているらしい。


その石を持って行かなければ先祖に申し訳が立たず、かと言って人魚には触ることもできず、どうしようもない状態で、人魚は動かないそうだ。


「石さえ持ち出せりゃ、俺の力で水場へ連れて行けんだ。ただ、触れるのが人間だけらしい」

「ふーん」

「だから、俺が水底まで連れて行くから、ちょっとだけ手を伸ばして石を取ってくれよ。そうすりゃ」


「嫌だよ。話聞いただけだ。以上だ」

「言うと思ったから、ベニに言って、色々な宝石の元持って来た!赤や青で綺麗だぜ?」

「う、でも、この依頼は無理だ」

「水に浸かるのはちょっとだけだ」

「駄目だ」

「なあ、頼むよ」


古川はカッと目を見開いた。

「溺れるから嫌だ!」

「「え?」」

「水は嫌いだ!息できない」

「そりゃそうだ。手を伸ばせば良いだけだから、心配なら息止めてりゃいい。石を取ったら、すぐまた引っ張り込むから一瞬だぞ?」

「駄目だ、危険がある水の中に自分から浸かるなんて!僕は遥か昔に海から出た陸生動物なんだ!」


「何言ってるんだ、こいつ?」

スイスイは困惑し、古川を指差してアオを見た。

「もしかして、祥一郎水が怖い?泳げないの?」


「泳ぐ以前に、ちょっと潜る程度の水圧でも息が全く続かなくて、一瞬で溺れる。水の中は手で掻いても簡単に前へ行かないし、走って逃げる事もできないんだぞ?何て恐ろしい存在なんだ。船すら嫌なのに!舟板一枚下は地獄が広がってる!短時間なら頭からシャワーかけられるし、風呂に浸かるのも問題無い。後は禊が精一杯だ」


「祥一郎は無敵だと思ってたのに、まさかの致命的弱点」

「うるさいアオ!水辺には近寄らないから無敵だ」

「仕方ないから夕凪呼んでこようか」

アオはわざと夕凪の名を出した。

「駄目だ!水は危ない!絶対駄目!安全第一!」

案の定直ぐ否定した。

「たかが人魚一匹干上がるだけだ。本人が離れたくないって言ってるんだろ?放っておけよ!運良くミイラになったら2人で半分ずつ分ければ良いんだ」



「よう、滝に当たったことあるか?」スイスイが静かに言った。

「あるわけ無いだろ!」

「水って、痛いらしいぞ」

「だ、か、ら、水には関わらないと、おい、よせ、止めろ⁈」

スイスイは古川の頭の上に巨大な水玉を作っていた。

「ここで、泳ぐ練習させてやるよ」

「何言ってんだこのトカゲ!切り刻んでやる」

「やめてよ!家の中水浸しになる!」


「それなら、幽霊は水の中はいける?」

「風呂洗い位ならいいんだけど。水中では実体化できないし、通り抜けちゃってジャバラも解けてしまうよ」


「吸血鬼は水の中行ける?」

「どうしていけると思うんだ。水はそもそも飲まないし、触れない。川も渡れないしな」

クロードに遠見で聞いたが面倒くさそうに言われた。

「吸血鬼、実に残念な怪異だ」

「怪異じゃ無い、人に近いんだ。また近々行く」

「来なくていい、じゃあな」

あっさり遠見を切った。


「祥一郎が駄目なら葵は?」アオは思いついた。

「そーだ!半分人間だからイケるだろ⁈」

「頼んでみるよ。行って来ます。喧嘩しないでね⁈」

アオはジャバラを出して行ってしまった。


「お前、もしかして水張った洗面器に顔付けるのもイヤだとか?」

「当たり前だ。洗面器だろうが何だろうが顔を水に漬ける時点で駄目だ!」

堂々と主張する古川に、はあ、とスイスイとベニは揃ってため息をついた。



アオに連れられて来た葵は話を聞いて直ぐ言った。

「一応、やってみるけど、そんなに怪異を嫌がる奴が、俺を許可するかな?やっぱり祥一郎は行った方が良いよ」

「葵の言う通り!頼りになる人間は祥一郎だけだ」

アオは一応説得してみた。

「イヤだー!人間が良いなら鳴代の神主連れてけー」

「あの爺さん?無理言うなよ、死んじまう」

スイスイは思い切り否定した。


結局、ガンとして嫌がった古川はアオとスイスイとベニに力で雁字搦めに縛られていた。

「やっぱり、水に慣れなきゃ不便だよ、頑張ろう⁈」

4人は風呂場の水からスイスイに連れられて湖に向かっていた。

「いーやーだあぁぁぁぁ」

「いーじゃないか、ちょっとくらい」

「お前ら、出来損ないの怪異の癖に揃いも揃ってこの僕を嵌めやがってー、離せートカゲやろー、あくりょーたいさーん、全員殺してやるー」

「アオ、コイツ黙らすことはできんのか?腹立つ」


「今は身体の拘束だけで精一杯だよ。石取る時に本人の物凄い抵抗を抑えて最も苦手な水の中で行動させるんだよ?これ終わったら僕、力使い果たして消えるかも」

「うう、すまん」

「消えてしまえークソ幽霊ー」

「スイスイ、思いっ切り水掛けていいよっ!」

「おう!」

「イヤーソレだけはー」


ザブンと古川の上から水が塊となって落ちて来た。

「ブギャッ」

変な声を残して古川は沈黙した。

「これで静かになった!とっとと行くぞ!」

アオは古川を覗き込んで驚愕した。

「嘘、祥一郎⁈気を失ってる!本当に駄目なんだ!起きて祥一郎!」

ぐったりしている古川を起こそうとしてスイスイに止められた。

「せっかく静かになったのに寝かせとけ!!」


「絶対人選を間違えている」ベニはぼそっと言った。

「人コイツしか居ねーからな。仕方無い」

「お主、あの娘にいいとこ見せようとして」

「何故そう取る?俺だって嫌だよ、こんな奴に任せるの」

「でも、お前は張り切って娘に言うだろう。『心配するな、俺も付いてる』とな」

「よくわかってっじゃないか!水の中は俺の領分だからな」

「くそ、手助けできんのが悔しい」

「でも、俺はあの湖が干上がるとかわからんかったし、親切に教えてやったろ?それでお前の出番は終わり。後の事は俺に任せろ」


湖から岸に出ると、人魚が気配に気付いて近寄って来た。

美しい青緑の髪に同じ大きな瞳で愛くるしい顔をしている。

アオは2人が惚れるのも無理ないと思った。

「スイ様、ベニ様、え、そちらの方は?」

「幽霊の鹿波碧、アオと呼んで下さい。これは多分人間の退魔師、古川祥一郎です。今回の切り札です」

アオはびしょ濡れで気絶したままの祥一郎を抱きかかえたまま挨拶した。

水凪魚みなをと申します。この方は何故水に濡れて、気をやってるのですか?」


4人は揃ってため息をついた。

「コイツしか頼れる奴がいないのに、水が苦手で嫌いなんすよ」

スイスイが言った。

「えーっ!そんな方に無理強いするなんて、やめて下さい」

「まあ、スイスイが付いてるし、大丈夫だよ。僕、タオルと着替え取ってくる」

「おめえ、この距離繋げんのか?」

「一回行けば、距離はあまり関係ないんだ。時間が多少かかるけど、僕の繋ぐ道は縮むから普通より短くなるんだ」

「すごいな、幽霊ってそんな事できんだ」

スイスイが感心すると横から葵が言った。

「アオは特別なんだ!他のと違うんだ」


「褒めてくれてありがとう、葵。祥一郎見ててね。行ってきます」

葵の頭を撫で、アオはジャバラを出すと姿を消した。


「さて、古川殿頼りだが、大まかな作戦としては俺がこいつと葵を弾かれる石の前ギリギリまで寄せる。葵がまず石を取れるか試してみる。駄目なら古川殿に交代だ。水凪魚さんは横で待機して、万が一2人が俺の手から離れてしまったら助けてやって欲しい」

「すみません、お手数かけます。それなら容易いです」


アオは戻って来てピクニックシートを広げてタオルを敷くと古川を転がして身体を拭いて着替えさせた。

古川はやっと気が付いた。また3人に縛られている。

「うー水がー」

「祥一郎!頑張って!」アオは催眠を思い切りかけた。


「古川殿?俺が石の所まで連れて行くから、片手を伸ばして石を掴め。そしたら俺が思い切り引っ張るから、濡れるのは腕だけだ」

「イヤラー」古川は催眠にかかっていても抵抗した。

「往生際悪いな」葵が呆きれて言った。


「祥一郎、その石、ダイヤモンドの原石なんだって!取れれば祥一郎にくれるって」

「ダイヤ…」

「え?そんな」

水凪魚は聞き咎めたが、アオは水凪魚にニッコリ笑ってウィンクしてみせたので、口を押さえた。

「凄いよね、欲しくない?」


「ダイヤ欲しひ」

古川は普段なら、こんな子供騙しには引っかからないが、アオの強い催眠の力で歪まされて欲望を引き出されている。

「よし、行って!」アオが大声で言った。

「水凪魚さん、気を付けて」

ベニが恥ずかしそうに応援した。


スイスイは古川とアオを水の壁で包むと猛然と底へ泳いで行く。水凪魚も後を付いて素早く潜った。

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