第45話 番外編 怪異と古川祥一郎とアオの日常 真白の羽ばたき 1

「今日もいい天気だなあ」

静かな境内に、古川が掃くシャ、シャっと軽快な竹箒の音がする。

「本当だね。結界も輝いて見えるよ」

「アオ、いい加減に出ないと消えるぞ」

「はーい」階段に張っている結界の中を横になって浮かび、くるくる回りながらうっとりしていたアオが半透明になって出てきた。


早朝、いつものように神社の掃除をする。

周辺の怪異も、直接身体から出した力でいっぺんに祓う。目に見える範囲全部だ。

「すっきり!」

「あー、まだ吸収してなかったのに」

アオがキョロキョロしたが怪異は一匹も居なくなっていた。

「神殿の裏手にまだ黒丸残している。全部吸うなよ」と差し示した。

「行ってくる」アオは時々怪異を吸収して力を補っている。

『僕が力をやったほうが、悪霊化が止めれるかな?』

アオが喜び過ぎて気持ち良さそうに悶えるので、あまりやりたくない。うん、想像するのも嫌だ。

んー、と箒の柄を両手で持って伸びをした時。




『助けて』

小さな声がした。



「どうした、アオ」

神殿の方を見たが、アオはまだ裏手に居るようだ。


「違う、誰だ」

咄嗟に周囲に結界を強化しようとして、何か覚えのある気配がした。


上からだ。上?


気配のした方を見上げると上空に白いモノがいて、こちらに向かって危なげに飛んで来ていたが、段々高度を下げて古川の上に落ちてくる。


「アオ!受け取れ、上だ!」

腕力も付いたが、変なモノは触りたくない。

「もう!僕の扱いが雑だよ!」

アオは一瞬で古川の上に来るとそれを受け止めた。

「祥一郎が好きだから従うけど?誰これ?」「ん?」

アオは目を見開いて驚いた。

「そんな、まさか」

地面に降りてきたアオが震えながら抱えているのは、

見た目は15、6歳くらいの少年の様だったが明らかに違う。

肩過ぎの白い髪、青白い肌、白っぽい着物には肩の辺りにべっとり血が付いている。

そして、背中。太腿くらいまである大きな白い羽が生えており、片方は上から10㎝以上千切れて出血している。服に付いている血はこれだろう。


「この子って天使?僕が消えないから遂にお迎えにやって来たのかな?やだよ!でも酷い怪我だ、どうしよう祥一郎?」

アオは少年を穴が開くほど見つめてオロオロしてる。


古川はアオの慌てっぷりに思わず噴き出した。

「いや、いくら何でも天使は実在しないだろ。落ち着けアオ、これは怪異だ。前に慰労会で見かけた事があるだろ?」

「え!そうなの?じゃあ」


「天狗だ。単にアルビノだから違う種に見えるけど」


「色々疑問はあるが」古川は柔和な微笑みを浮かべた。

「黒沼!」

呼ぶと古川の傍の地面に現れた。

「アオ、寄越せ」

古川はアオから白い天狗らしきモノを受け取ると、徐ろに黒沼の中にポイっと放り込んだ。

「祥一郎!」

「すぐ死にそうだし、面倒そうな案件は無かったことにする。喰え、黒沼」

古川はにっこりして、片手で黒沼に向かってバイバイと手を振った。

「えーっ!いつもながら酷い!」


ところが黒沼はプイッと吐き出して消えた。

「容量オーバーか」ちっと舌打ちして古川はとても残念そうに言った。

黒沼は自分より力の強いものは飲み込めないのだ。


(古川は黒沼に縛りをかけ、無理矢理中に入って場所移動させたり、ゴミ捨て場として有効利用している)


「このまま転がしておこう。そのうち死んで消えるだろう」

アオは、もう触りもせずに去って行こうとする古川の無情さにハッと我に返った。

「駄目だよ、助けなきゃ。天狗だったら天叔父が来てくれるから、傷の手当てくらいしよう?」


古川は見るからに嫌そうだった。

「こんな重い傷、僕にはどうにもできない」

「そうだね、天叔父の居場所や連絡方法がわからないから、葵光丸呼んでくる。ついでに手当できるかも聞くよ」


アオは古いシーツを持ってくると、裂いて傷の上からぐるぐる巻きにした。家の中に抱えて運ぶ。

「いっそ其奴を葵光丸の家に持ってけよ」

「駄目だよ。僕の移動は身体に負担がかかるから、この出血では酷くなる。それにガサツな葵光丸が看病なんかできるわけない。行ってくる!」


アオは急いで蛇腹を出すと行ってしまった。

「うーん、捨てれば良いのに」

仕方なくさっきのシーツで太めの包帯らしきものを生地を裂いて作り、傷を洗う湯を沸かした。ヤレバデキル。

用意はすぐ済んで、アオはまだ帰って来ないし、白い天狗も目が覚めないので、一人お茶を入れて飲んでいた。


しかし、平穏は終わった。

『またなんか来た』


念の為上に結界を張った所に反応があった。

無視しようとしたがこちらの方へやって来る。

天叔父が迎えを寄越したかとも思ったが、反応した力が安定せず不穏だ。

しかも、結界を壊そうとしているようだ。


「あー面倒臭いなー。やっぱり巻き込まれた!」

でも怪異に対して引く気は全く無いし、有り得ない。


外へ出ると、案の定の天狗が五匹、厳しい顔をして結界の外にいる。

「天狗共!ここは神聖なる社だぞ。何しに来た!」

古川は厳かに、且つ偉そうに言った。

「手間は取らせぬ。ここに真白い天狗が来たろう?引き渡してもらおう」

「何故?」

「其方には関係無い」

「大人しく出さないと力ずくで貰っていく」


古川は引き続き尊大な態度を崩さない。

「はっ!誰にモノ言ってる。そうだな、渡してもいいが、対価を寄越せ!無料タダではやらん」

面倒とか言いながら、自身が動く時、貰うべきものは貰う、貰わなくていい時は貰うチャンスを作る。これが古川の常識だ。


「人間のくせに生意気な!匿うなら押し通る!!」

天狗の威圧にも全く動じない。普通の人間なら立っても居られないが、古川には全く無効だ。

「うるさい。声が大きい。怪異はモノを知らんな。仕方無い、特別に教えて進ぜよう」

古川はわざと結界を無くして、にっこり笑って手招きした。

「来い!」

挑発に乗ったのか一人が勇んで突っ込んで来た。


「がはっ」

古川は金色の手を伸ばして、胸を貫いていた。


四人同時に。


バタバタ地面に落ちてくる。

「何だこれは⁈」

残った一人が悲鳴を上げた。

古川の身体は白金色に発光して、背中から同じ色の手を5本伸ばしてあちこち動かした。

「うん、いい感じ」思い通りになる力に満足して頷いた。


前は小人(しょうにん)みたいな雑魚以外、一対象にしか攻撃できなかったが、今は複数相手に同時にできるようになった。吸血鬼の影響は少なくなったが、素早さもクロードと余り変わらない。


「覚えておけ、天狗の怪異共!古川祥一郎に接する時は、最大限の敬意を払い、充分な対価を持って来い!」

ふふっと笑った。

「じゃないと殺されても仕方無いと思え!」

「なっ」


「ぐえっ」

古川は金色の手で残りの一人の首を絞めた。

「と上の者に伝えろ」

相手の返事は聞かず、そのまま思い切り遠くへ放り投げた。他の四人も金色の手でポイポイ適当に四方八方へ投げた。

その様子が自分でも面白くて、暫くゲラゲラ笑っていた。

「馬鹿な奴らだ」



「と、言う訳で失礼な天狗共は全て捨てたから安心しろ」古川はにっこり優美な笑顔で言った。


「捨てた⁈安心できるか!お前な〜手加減というものを知らんのか!!」

アオに連れられてやってきた葵光丸は、力とは少し違う妖力の糸を撚って念を込めて傷を縫っていく独特の方法で白天狗の治療を終えた。

葵光丸の大声にも気付かずに布団に寝かされ眠る白い天狗を見てから、やれやれと頭を振った。

二人はちゃぶ台越しに座ってお茶を飲んでいる。


「僕はいつでも全力だと言ったろ?今回は我慢した方だ。いつもは僕に敵意を持った時点で、若しくはその前に瞬殺だぞ」

古川は人差し指で首を切る動作をした。

「早すぎるわ!もしかして吸血鬼になったから残虐になったのか?」

「違うな、残虐も何も、ここ何十年かずっとそうしてる。怪異全ての話を聞くとか無駄だし面倒だ。消したほうが早い。今回お前の友人の一族らしいから、難しいが手加減して死にかけに留めたんだ。そのまま放っとけば死ぬ程度にな」


古川はふふっと笑って言った。

「ただ、こうして処理した後、実に爽快な気分になるのは人外に近くなったからかもしれない」


「祥一郎に逆らう者は死んで当然だよ、葵光丸」

アオは怒って言った。

「アオまでそうなのか」

「忘れちゃ困る。僕は祥一郎に憑いてる霊だよ?心安らかな祥一郎さえ居ればいい」

アオは古川を背中から抱いた。


「最近ではアオが僕の心を一番乱してるぞ。こら、お茶が飲みにくいから離れろ。ついでにお菓子取ってきて」

「仕方無い。一口饅頭でいい?」「いいよ」

アオは狭いのでフワフワと浮きながら寝ている白天狗の上を越えた。


「うわあ!!」

見ると白天狗がアオを見て驚いている。

「目が覚めたか、大丈夫か?ええっと名前なんだっけ?」葵光丸が声をかけた。

アオは「やあ」と言って饅頭の箱を取ってまた越えていった。


白天狗は震えながら辺りを見回した。

「ここは、神影神社?」

「そうだ、お前さん怪我して落ちてきたのをアオが助けたんだ」

葵光丸がアオを指差すとほっとして言った。

「ありがとう。天父さんに何か遭ったら神影神社に行けって言われて」

「おい、勝手に決めるなよ。それに助けたの僕」

「祥一郎は黒沼に喰わそうとしてたでしょ!」

「…じゃあ、助けたの黒沼か」

「祥一郎?」アオが胡乱な目で古川を見た。

「冗談だ。でもその後追手を撃退したのは僕だからな!」


白天狗は痛みを堪えるようにゆっくり起き上がった。

「古川様?追手をやっつけたの?」

「そうだ。半殺しで遠くに投げてやったから安心しろ、継羽紗つばさ

継羽紗の意識を軽く読んで古川は一口饅頭を口に放り込んだ。


「信じられない!僕は逃げるのも、やっとだったのに」

「お前本当に天狗か?弱い奴だな」

「身体が弱くて鍛錬させてもらえなかったんだ。色無しって馬鹿にされて、目立たないようにひっそりと生きてたのに」

「じゃあ、なんでそんな目に遭ってるんだ?」

「父さんの後継とか許さん、殺すって突然兄が。そんなの知らないって言ったのに聞いてくれなくて」

継羽紗は泣き出した。

「逃げようとしたら後ろから切りつけられたんだ」


古川にどうにかしてと目で訴えられたアオが慰めて横にならせた。

「ここなら安心だから何も考えずにゆっくり休んで。祥一郎に全部任せたら大丈夫だから」


古川はもう一個饅頭を口にすると

「慈善事業はやって無い。天叔父から依頼料貰ってこい」

と言った。

「天叔父と連絡が取れなくてな。あいつなら何かくれるだろう。どっちにしても、もうちょっと預かってくれ」

葵光丸は頭をガリガリ掻きながら気まずそうに言った。


「うちは託児所じゃないぞ。一刻も早く連絡取れるようにしろ。追い出すぞ」

「祥一郎、僕が面倒見るから」

「任せた。もし馬鹿兄が来たら殺して良いんだな?」

「どうしてそうなる!いきなり殺すな!何か誤解しているのかもしれん。話くらい聞いてやれ」

「じゃあ、話聞いた後で殺す。後継問題も解決。これで全て良し」


「よくない!命が惜しければ誰も来るなと言ってくる」

葵光丸は埒があかんと渋々立ち上がり出て行った。

アオも一度場所が分かれば繋ぎやすいからと付いていくことにした。


「くれぐれも、大人しく、しといてね」

アオからもダンダン釘を刺され、古川は「子供じゃないから!わかりました」と不貞腐れて返事した。


継羽紗が泣きやまないので、イラっとした古川は催眠を掛けて強制的に眠らせ、いい加減に布団を直すと気分転換に結界の様子見に外へ出た。

取り敢えず家の周り180度全方位ドーム型に結界を再展開した。

階段は敢えて解いて、その分を回す。


「おおーい!」

何かやってくる。またかよっとイラついたまま上を見た。

蔓で編んだ手提げカゴを持った天狗の少年が近付いて来た。

「ここは神影神社さんだよね?」

「お前も殺されに来たのか」和かに言いながら、殺気を飛ばす。

「え、違うよ、俺は、でっ」


ビタン、とぶち当たる音がしてそのまま墜落した。

どうやら結界が見えてなかったようだ。

「間抜けめ。天狗の癖に結界がわからんのか?」


少年天狗は赤くなった顔をさすった。

「痛ーい。何で壁みたいなのがあるの?入れてー!怪しい者じゃないよ。継羽紗の様子を見に来たんだ。怪我してるって聞いて」

ほら、薬草、とカゴから出して見せた。


古川は仕方なく結界を解くと手招きした。

「変な素振り見せたら即死だからな」

「殺さないで!そんなの、絶対しません!継羽紗の従兄弟の羽瑠夏うるかと言います。入れて下さりありがとうございます」

「まあな。そうやって殊勝な態度なら僕もあんな事までしなかった、かもしれない」


「あんな事って何をしたんですか⁈」

「殺しかけた」

ヒエーっと羽瑠夏は悲鳴を上げた。


中に入って継羽紗の様子を見た羽瑠夏は、許可を得て持ってきた鉄瓶に水と薬草を入れて火にかけ、煎じ始めた。


「よもぎ団子の匂いがする」

古川がヒクヒク匂いを嗅いでると、羽瑠夏はカゴから葉っぱに包んだ物を出した。

「煮出してる薬草の一つが蓬なんです。余ったので蓬餅にしました。良かったらどうぞ」


古川はすっかり機嫌を直して、受け取ると早速食べ出した。蓬の風味大好き。

「継羽紗は可哀想な奴なんです。名前に天狗を意味する羽の前に継ぐって字を入れられたばっかりに天叔父の後継者だと勘違いされて。

次の族長をちゃんと決めないから兄さんも焦って継羽紗にこんな事を」


「色無しって言われてるらしいな。それは駄目なのか」

「駄目じゃ無いけど一人だけ真っ白で身体も弱いから役立たずって思われてる」

「そうなんだ」

「でも、薬草の事について一番よく知ってるのは継羽紗なんだ。これだって考えたの継羽紗だよ?なのに!」


「天はどうした、天は!元凶が来ないのは何故だ」

羽瑠夏は沈んで言った。

「天叔父は、兄さんを味方する親族に囲まれて出られなくなってる。落ち着かせるまで此処には来れないと思うよ」

「あいつめ〜、慰労会は張り切って来て、最初から最後まで散々飲み食いしてたのに!」

「いいな、僕も行きたかったんだ。今度呼んでください」

「もうこれ以上人数増やしたくない」

「じゃあ、善哉持ってきます!蓬の寒天入れても美味しいですよ」

「よもぎの寒天入り善哉…蓬餅も持ってきたら許す」

「やったー!必ず持って行きますから、お願いします」


話しているうちにやっと煎じた薬湯ができあがり、継羽紗を起こして飲ませた。

羽瑠夏は薬湯の出来を気にして継羽紗の様子を窺ってたが、継羽紗は弱々しく笑った。

「ちゃんとできてるよ!ありがとう。態々来てくれて」

「何言ってるんだ!心配したんだから。お兄さんが刀を持ち出してたって聞いて、まさかと思ったんだ。お兄さんは継羽紗の事嫌ってたからね。

亜耶叔母さんが心配してたよ。まさかこんな事に、切られてたなんて、酷いや兄さん!」

「母さんは大丈夫なんだね?」

「父さんが守ってる」

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